昭和と令和のロマンスファンタジーに違いは? 『コンサルタント嬢、アマルティアの婚姻』(C) 橙乃モト/シーモアコミックス 昨今、ますます勢いを増す電子コミック。男性向けでは、根強い人気の異世界転生やレベルアップ系の作品からヒットが生まれている。一方で女性向けでは、中世ヨーロッパのような世界を舞台とした西洋風ロマンスファンタジーが人気。こうした設定の少女マンガは『ベルサイユのばら』など昭和に流行したが、平成以降はリアル志向になっていたような…。原点回帰かノスタルジーか? 電子コミックという最先端のエンタメで何が起こっているのか。女子マンガ研究家・小田真琴氏が、歴史や背景を語る。
【マンガ】“ベルばら”とどう違う? 令和で人気の少女マンガ■「花の24年組」も…、昭和の少女マンガにあった“海外への憧れ”
明治・大正時代から存在していた少女小説が、形を変えて少女マンガとして開花したのは戦後のこと。そのころから女性作家も活躍していたが、顕著な台頭が見られ始めたのは70年代から。そこで描かれていたものの一つが、「西洋文化への憧れ」だ。
「この時期にはすでに少女マンガ雑誌の市場が広がっているのですが、特に週刊少女マンガ誌の表紙には白人の女の子が頻繁に登場します。少女マンガがライフスタイルやファッションのお手本として、受容されているような側面もありました。わかりやすいところで言えば『王家の紋章』の細川智栄子先生なども、おしゃれな海外作品を描いています。オードリー・ヘップバーンの映画などに影響されて高まった欧米への憧れを引き受けて、当時の少女マンガという文化はありました」(小田氏/以下同)
このころにはさらに「花の24年組」と呼ばれる女性マンガ家が活躍。作家陣でヨーロッパやロシアを旅して見聞を深めるなどして、「海外の解像度を上げ、作品にフィードバックしていった」という。70年代には、そうして萩尾望都の『ポーの一族』、竹宮惠子『風と木の詩』、山岸凉子『アラベスク』など、海外を舞台にした様々な名作が数多く生まれている。
その後、ホラーやSFなど少女マンガのジャンルの裾野は広がり、80年代になるとマンガ誌『りぼん』では、『ときめきトゥナイト』『ちびまる子ちゃん』『お父さんは心配性』などバラエティ豊かな作品が同時に連載されて人気に。一つのピークを迎えていた。
その後、90年代には『花より男子』や『美少女戦士セーラームーン』など、今も読み継がれている大ヒット作も生まれていく。一見、代表的な学園モノ、子ども向け作品のようにも見えるが、社会や意識の変化を背景に“戦う女の子”像を確立していった。そして、少女マンガにとって新たな変革を迎えたのが95年ころ。サブカルチャーの影響も受けて、かつて“憧れ”を描いた少女マンガは、“現実”を見始める。
「大人になったかつての少女たちは、少女マンガでよくある絵空事、“いつか白馬の王子様が…”はウソだと気づいたのです。マンガ誌『FEEL YOUNG』では、内田春菊先生、岡崎京子先生、安野モヨコ先生らが活躍。少女マンガでは敬遠されることが多かった性的な要素を前面に出す作品が、読者の支持を集めました」
2000年代にも、『NANA』、『はちみつとクローバー』など、数々のヒット作が誕生。ドメスティックな作品も多くなっている。かつて描かれた“海外への憧れ”は、海外が身近になりすぎた時代にはテーマになりにくくなったのだろう。
■昭和に逆戻りではない、WEB小説やアニメ配信などデジタルカルチャーの影響も
昭和では海外への憧れを、平成では身近な学園恋愛モノやリアル路線へ、そしてよりドメスティックに…と変化してきた少女マンガ。意識や社会情勢を反映しているあたり、まさに時代の写し鏡ともいえる。
ただ、令和の今、前述の通りマンガ界の最先端であるはずの電子コミックでは、昭和に流行ったような西洋風ロマンスファンタジーが人気。中世ヨーロッパ風の絢爛豪華な王宮などを舞台に、王族や貴族たちが恋愛模様を繰り広げる。その中では、虐げられた令嬢が愛を勝ち取ったり、政略結婚があったり、離婚劇からの復讐が始まったりと、展開はドラマティック。舞台だけ見れば、昭和に逆戻りしたようにも見えるが、このような作品の人気は2020年ころから始まっているそう。電子書籍サービスのコミックシーモア・杉山奈々子さんによると、そこにはデジタルカルチャーの影響も見えるという。
「2020年ころから、ロマンスファンタジーのWEB小説のコミカライズが多数展開され、原作読了後にコミカライズ作品を探すという行動が増えたことも、ジャンルとしての確立を見せた要因の一つかと。また、コロナ禍以降はアニメの配信文化が広がり、こちらも視聴後そのまま検索して電子コミックを購入するという導線もできました。毎年開催している『みんなが選ぶ!!電子コミック大賞』でも2021年度から異世界部門が立ち上がり、今回もロマンスファンタジーが多数エントリーされているように、人気は続いています」(コミックシーモア・杉山さん)
こうした状況を踏まえつつ、なぜ今、西洋風ロマンスファンタジーは求められるのか。小田氏は分析する。
「西欧やロシア、アメリカを舞台とした70年代の作品は、海外への憧れを描いてきました。一方で今の西洋風ロマンスファンタジーは、BLと同じで“まったく違う世界”だから絵空事として楽しめるのではないかと。また、中世ヨーロッパ風を舞台としているからこそ、現代では時代錯誤な男性上位の男女関係、身分や差別などドラマティックな設定も描きやすい。読者にとっても、その世界に没入しやすい設定と言えるでしょう」
一見、ベルばら的な昭和の少女マンガと似ているようにも見えるが、現代の西洋風ロマンスファンタジーは、単なる原点回帰でも、読者のノスタルジーでもないということだ。
「似ているように見えて、実はベルばらとは逆。もちろんベルばらにはフランスへの憧れの要素もたくさんありましたが、それと同時に読者は“男社会で生きる女性”としてのオスカルに自らのアクチュアルな問題意識を投影していました。今日の西洋風ロマンスファンタジーにはそうした“重さ”はあまり感じません。純粋にエンタメとして楽しまれている。それはそれで別段悪いことでもなく、読者にとってよい息抜きになっているのではないかと思います」
■“令和の少女マンガ”の代表、ロマンスファンタジーもさらに細分化
電子コミックで生まれた西洋風ロマンスファンタジーの流行も、さらなる変化や細分化を見せている。特に“令嬢”モノは女性読者にも人気で、「それ以前にも人気作品はありましたが、特に『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(一迅社)のアニメヒット以降、令嬢系と呼ばれる作品の認知力がさらに向上した印象」(コミックシーモア・杉山さん)とのこと。
そして最近では、逆境に立たされたヒロインが自分自身の力で這い上がり、理想の相手からも愛され幸せをつかんでいく…という展開に人気が出ているという。これはある意味、90年代に流行った強い女の子像をも彷彿とさせる。
「芯があり、生き抜く強さと知識があるヒロインが問題解決に向かう姿は共感を得ています。また、そうしたヒロインが、ある程度地位のあるヒーローとカップルになったり、周りのキャラクターがヒロインに惹かれて味方になったり…といった描写も多く、理想的なハッピーエンドを求められる傾向にあります。少女マンガにおける『思いあうが故のすれ違い』も、ロマンスファンタジーでも定番かつ人気な展開です」(コミックシーモア・杉山さん)
今年の『電子コミック大賞 2025』大賞を受賞した『拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます』(KADOKAWA)、異世界部門受賞作品の『華麗に離縁してみせますわ!』(アルファポリス)も、そうした傾向を反映している。少女マンガ的な「思いあうが故のすれ違い」は、『魔女の娘エリザと王子の恋』『コンサルタント嬢、アマルティアの婚姻』(シーモアコミックス)といった作品にも受け継がれているという。
このような、“令和の少女マンガ”の代表とも言うべき西洋風ロマンスファンタジーについては、「作画の美しさ」を魅力として挙げる読者も多い。もちろん、昭和の作品の美麗なイラストも印象的だったが、電子コミックの作画技術や表現方法は、現代ならでは。時代は変われど、読者が惹かれる部分は変わらない。
「形を変えていこうと、理想的な異性に愛されるという展開は魅力的ですし、そこが煌びやかな世界であればさらに惹かれるのは、非日常を体感できるマンガ作品の醍醐味じゃないかと考えます」(コミックシーモア・杉山さん)
時代やデジタルカルチャーの影響を受けながら、長い時間をかけて変化してきた少女マンガ。現代の電子コミックにおける読者は、現実とかけ離れた“絵空事”に没入しながらも、やはりどこかに自分の願望や理想を見ているのではないだろうか。単純な原点回帰でもないが、共通点もある。そんなゆらぎや変化も、歴史ある日本の少女マンガの豊かさといえる。少女マンガの進化系は実は、電子コミックにこそあるのかもしれない。
(文:衣輪晋一)