平成ドラマ史を振り返る評論家座談会【後編】 再編成される会社ドラマと、純度の高い恋愛ドラマ

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2019年04月30日 10:21  リアルサウンド

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 1989年から2019年の30年間に渡った「平成」。ドラマ評論家による座談会の後半では、同じくドラマ評論家の成馬零一氏、ライターの田幸和歌子氏、大山くまお氏を迎え、2000年代以降を中心に登場した脚本家や劇的に変化したドラマの作り方について深掘りしていく。


【参考】平成ドラマ史を振り返る評論家座談会【前編】


■会社ドラマの再編成


田幸和歌子(以下、田幸):今はドラマの作り手と受け手(視聴者)の距離が本当に近くなっていますよね。リアリティを何より求められるようになった。『獣になれない私たち』(2018、以下『けもなれ』)、『わたし、定時で帰ります。』(2019、以下『わた定』)なんてまさにそうで。


成馬零一(以下、成馬):「定時に帰る」ことが論争になってしまう。これは私のリアルと違う、という話になっちゃうわけですが、昔はそこまで私と似てるかどうかで喧々諤々やらなかったと思うんですよ。もうちょっとお話として見ていたからこそ、ドラマとして楽しめたし、素直に憧れることもできた。今は現実との答え合わせばかりが先行していて、ちょっと息苦しいですよね。これはどちらかというと受け手の側の問題なんだと思います。あと、平成最後っていうことでいうと会社ドラマの再編成はちょっと起きてる気がします。会社をもう1回ちゃんと考えなおそうよっていう動きがドラマに出てきている。


大山くまお(以下、大山):ホームドラマ的な家族は完全に解体されたんですけど、会社が今後解体されていくのかどうか。


成馬:基本的に今の会社モノは、所属する人たちの動機がバラバラでコミュニティとして機能しないことを前提に作られているんですよ。上の世代も下の世代もみんな考えてることがバラバラなんだけど、お金稼ぐために一緒にいるっていう理不尽な環境自体がドラマになっている。学校で10代の高校生を主人公にしても今はドラマにならない。せいぜいイジメやスクールカーストが題材になるくらいですけど、会社を舞台にすると労働問題から女性差別まで全部描けるのでネタの宝庫なんだろうと思います。


田幸:でも、学校を舞台にするものでは、『今日から俺は!!』(2018)は原作ファンの中年層と、リアルな学生と、親子世代を取り込めた上手な作りでしたよね。


成馬:あれは80年代ノスタルジーを描いたコメディだから受けたのであって、現実の学校とは別モノだと思います。『3年4組―今からみなさんは、人質です―』(2019、以下『3年A組』)も学校よりもSNSに対する関心の方が大きかったですし、リアルな学園ドラマは今作るのは難しいですね。あと、時代の移り代わりを象徴しているのが、遊川和彦さんの変遷だと思うんですよね。遊川さんは80年代から活躍している脚本家なんですけど、本当の意味で彼の作家性が確立されていたのが『女王の教室』(2005)。そこで作った方法論を発展させたことが『家政婦のミタ』(2011)の大ヒットに続いていくんですけど、遊川さんは一貫してコミュニティの話を書いていて、どんどん家族や夫婦の話に集約していくんですよ。そんな遊川さんが最近書いた『ハケン占い師アタル』(2019)は会社の話で、今までは家族や恋人に救いを求めていたのが、会社で問題を解決という方向にシフトしている。おそらく『過保護のカホコ』(2017)で家族の話はやりきったんでしょうね。今度は様々な立場の人が集まる会社というコミュニティを通して、社会と向き合おうとしているように見える。


田幸:遊川さんの作品は、このところ作風がすごく優しくなりましたよね。


成馬:時代の変化も大きいですよね。90年代は野島伸司ドラマを筆頭に露悪的な作品が受けていたけど、『半沢直樹』(2013)をピークにして炎上狙いの露悪的な作品に対する目線が厳しくなっている。『半沢直樹』以降、メガヒットが出ないのも、それが原因でしょうね。


大山:イヤなものが見れなくなりましたよね。


田幸:勧善懲悪のドラマがわかりやすくたくさんある一方で、悪役はそれほど「悪」じゃないんですよね。ホラー要員かお笑い要員のどちらか、あるいは両方を担っていて、本当の悪役じゃない。


成馬:みんな仲良しだったり、わかりやすく不快なものや悪を描かなくなっている。「誰も傷つかない平和な世界」が今、一番求められている。それだけ震災以降の現実が波乱万丈で過酷なんだと思います。


大山:人殺しみたいな犯罪者だったら描けるんですけどね。日常にある本当に嫌な奴とか倒すべきものとしては、『けもなれ』の社長役の九十九(山内圭哉)さんがいますよね。


成馬:同じく野木亜紀子さん脚本の『逃げるは恥だが役に立つ』(2016、以下『逃げ恥』)は見れたけど、『けもなれ』は辛くて見れないと拒絶した人が多かったですよね。『逃げ恥』が成功したのも、うまく悪人や不快な要素を排除していったという配慮があったからなんでしょうね。


田幸:確かにシリアスなものに1クールかけて向き合えなくなっているのはすごくあります。朝ドラでも1週間の中でだいたい解決しますし、悪人のいない優しい世界を描く作品が増えている。


成馬:TBS日曜劇場でやっている池井戸潤の原作のドラマだと「残業当たり前」みたいな世界で「みんな徹夜していいものを作ろうぜ」という価値観が良きものと思える昭和世代がいる一方、「定時に帰りたい」と思っている平成世代もいて、会社の中で分裂が起きているわけですよ。『けもなれ』はそんな会社内での世代間の価値観の違いを的確に描いていました。


大山:『下町ロケット』(2015-2018)なんて完全にコミュニティものなんですよね。「会社というのは家族なんだ」という昭和っぽさがあって、良いんだけどそれのカウンターとして『けもなれ』と『わた定』が出てきてるわけですもんね。


成馬:バブル崩壊以降、会社モノがどんどん描けなくなっていて、刑事ドラマや医療ドラマでしか組織が描けなくなった。おそらくドラマで恋愛が描けなくなるのと同時に会社も描けなくなっている。会社内で出世していくという『課長島耕作』(1993-1998)的なものにリアリティを感じなくなって、社内恋愛も見かけなくなって、会社と恋愛が描けなくなった結果、コミュニティの話がされるようになった。


■テレビだけでドラマ史を語れるのは平成まで


ーー大河ドラマはいかがでしょう?


大山:『いだてん 〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(2019、以下『いだてん』)はものすごく面白いんですけど、従来の大河ドラマの視聴者には見放されてる感じがするので、今後どう立ち直していくか。


成馬:『いだてん』は『あまちゃん』(2013)のスタッフが作っているのですが、朝ドラで実績を残したチームが大河ドラマを作るようになってきているので、ある程度の成果を出すのではないかと期待しています。ただ、毎週決まった時間に見るという視聴環境が限界にきている印象があります。『いだてん』の予算の掛け方や豪華なキャスティングを見ていると本当に総力戦で、テレビドラマ史に残る最高の表現をしているんだけど、これを失敗作だと判断されたら、今後保守化が進みそうでつらいですよね。


大山:次が長谷川博己の明智光秀で、元の視聴者を取りにいこうとしてるんじゃないかと。視聴者を丸ごと入れ替えるぐらいのことですよね。


成馬:ただ、テレビが高齢者向けコンテンツになっているので、若い人を取り込むことができるのかという問題がありますよね。『3年A組』が若い視聴者に受け入れられたのは希望かもしれないけど。10代向けコンテンツとしてのドラマの影響力は90〜00年代に比べると明らかに落ちている。そもそも「テレビドラマ」という言い方自体が「テレビで放送されているドラマ作品」という意味で。今はNetflixで有料配信されているものやYouTubeで配信される作品も面白くなっている。テレビだけでドラマ史を語れるのも平成までかもしれません。


 一方で面白いのは、ドラマの作り手が若返っていることですよね。『おっさんずラブ』(2018)のプロデューサーの貴島彩理さんも90年生まれで、20代後半から30代くらいの年齢で新しいことをやろうとしている人がポツポツいるんですよ。そういう人たちが活動する場としてのプラットフォームとしてはテレビは残って欲しいし、まだ予算かけられる場所ってテレビぐらいしかなかったりする。


■恋愛ドラマは純度が高く


ーー最近は刑事、医療、弁護士モノがすごい増えてきている一方で、恋愛ドラマが減っている印象はあります。90年代と今の恋愛ドラマでは、どう変わってきてるのでしょうか。


成馬:90年代はまだギリギリ、トレンディドラマの影響下にあったけど、『電車男』(2005)以降は、恋愛できない人の恋愛ドラマが流行っている。恋愛をして恋人を獲得すること自体がアイデンティティになっていて、あまり楽しそうじゃないんですよね。


大山:恋愛を“側”にして、実は違うものを描いている。


田幸:私は実は純愛度が高くなってると思うんです。『おっさんずラブ』(2018)は対象が男性同士なだけで、実はものすごくピュアな純愛ドラマで。『中学聖日記』(2018)も教師と生徒の恋愛ということでタブー視されて最初は批判も多数ありましたが、感情で突っ走るのではなく、自分の気持ちをひたすら隠し、抑えようとしながら、すべてを失っても愛のために待ち続けるっていう、純愛。『昼顔』(2014)も不倫と言いながらも実は純愛ですしね。やっぱり純愛ドラマは今の時代にも需要があって、テーマとして「恋愛」をまっすぐには描かないけど、根底に流れるものに純度の高い愛があるというか。


成馬:『東京独身男子』(2019)は久しぶりにこういうの見たなと思いましたね。時代錯誤感もあるけど、ゲームとしての恋愛をみんなで楽しんでる感が懐かしかった。


大山:80〜90年代のある時期は恋愛ドラマが全体の70〜90%を占めていた時期があったけど、今は医療ドラマや刑事ドラマなどジャンルが増えて、その中の10分の1ぐらいを占めるものになりました。色んな意味で、誰かがあまり不快にならないドラマが今後増えていくでしょうね。『逃げ恥』の時に、劇的にドラマの質が変わって、ドラマの中で男性が女性の話をちゃんと聞くようになったと感じました。それまでは狂人の武田鉄矢が「僕は死にましぇん」と言ってたのが、平匡(星野源)はちゃんとみくり(新垣結衣)の話を聞いて、それを理解した上でライフスタイルや恋愛に反映していくようになった。やっぱりそこから話をちゃんと聞く男が出てくるようなドラマが人気があったし、『アンナチュラル』(2018)でも実は中堂(井浦新)はめちゃくちゃではありつつも、人の話をちゃんと聞くんですよね。特に女性の話をしっかり聞いたり、女性の立場を代弁したりすることができるようになっていく。変わりつつある現実をちゃんと1回噛み砕いた上で反映されたドラマがこれから増えてくるし、そういうものが残っていくんじゃないかなと思います。宮藤官九郎もそういうものが上手くて、『監獄のお姫様』(2017)はそういうところに意識して色んな目線を持って書いてたと思いますし。


成馬:野木さんが作った流れかもしれませんが、理性的に振る舞う人間を美しく描こうとする作品が増えてますね。『中学聖日記』には『青い鳥』(1997)や『魔女の条件』(1999)といった90年代のTBSドラマの影響があるのですが、90年代のドラマって逆なんですよね。感情を優先して禁じられた愛を選び、社会から逃避することにある種の美学を見出していたけど、今はなんとか踏みとどまって理性的に振る舞うことの方が美しいものとして描かれる風潮があります。


大山:その社会の中心は今はSNSになるんですかね。


成馬:『3年A組』で驚いたのが、最後に批判する対象がSNSだったこと。『未成年』(1995)と最後がすごく似ていると思うんです。ヒロ(いしだ壱成)が屋上で演説する場面があって、あれはテレビを通した視聴者へのメッセージになってるけど、『3年A組』の柊一颯(菅田将暉)はSNSを通してみんなに伝えようとする。テレビ(のワイドショー)よりもSNSの方が敵として肥大化して見えているのが今風だなと思いました。


■アニメ界、お笑い芸人のドラマ参入への期待


ーー00年代以降に現れた脚本家で印象に残っている方はいらっしゃいますか。


成馬:野木亜紀子さん、安達奈緒子さん、『女子的生活』(2017)の坂口理子さん、最近では『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』(2019、以下『腐女子』)の三浦直之さんが素晴らしいですね。『腐女子』が放送されているNHKの「よるドラ」枠は最近面白くて、外部から優秀な脚本家を連れてきて、新しいことをやろうとしている。


田幸:私は、1月期の「よるドラ」の『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』(2019)の櫻井智也さん。埼玉発地域ドラマの『越谷サイコー』を手掛けてからの抜擢でした。NHKは実験の場が結構あって、地域ドラマや「よるドラ」、単発ドラマなどで書いて、上手くいくと朝ドラ、さらに大河に持ってきてという流れがある。渡辺あやさんはもともとNHK広島制作の『火の魚』、NHK大阪制作の『その街のこども』を経て、朝ドラ『カーネーション』(2011)への抜擢でしたしね。安達奈緒子さんがフジテレビで書いていた『失恋ショコラティエ』(2014)なども面白かったんですけど、『透明のゆりかご』でこんな作品を作る人なんだなと驚かされて、今期は『きのう何食べた?』(2019)が良いですよね。


成馬:民放で宮藤官九郎さんが許容された時のような、ボーナス枠が今はあんまりないんですね。昔だったら、キムタク(木村拓哉)のヒットドラマがある一方で、宮藤さんや堤幸彦さんのドラマがマニアックな視聴者を引きつけるという多様性があったんですけど、今は民放に余裕がなくなっていて作家性の強い脚本家は書けなくなってきている。いろいろ批判されるフジテレビですけど、「ヤングシナリオ大賞」が新人脚本家を輩出してきたことによる業界への貢献はホント大きくて、安達さんも野木さんも「ヤングシナリオ大賞」から出てきた。NHKもテレ東もゼロから才能を生み出す場所としてはあんまり機能してないので、もっと若い才能を発掘して育ててほしい。


ーー令和の時代に、平成のドラマはどう引き継がれていくのでしょうか。


成馬:80-90年代生まれの脚本家が今後、何を書くかに注目したいです。山田太一さんや向田邦子さんがテレビドラマで書いてきた主題を、岡田惠和さんや宮藤官九郎さんといった後続の脚本家が継承したことで平成のドラマシーンは盛り上がったのですが、第三世代となる80年代生まれ以降の脚本家がそれをどう引き継ぐのか、あるいは全く別のものになるのか。


大山:60年代から70年代のテレビドラマは、映画で食えなくなって流れてきた人たちが『傷だらけの天使』(1974)とか1時間もののミニ映画をいっぱい作るんです。だけどもう一方で山田太一さん、倉本聰さん、向田邦子さんたちの世代がテレビドラマの60分×10作というフォーマットを作った。山田太一さんが「尺があるから色んなものが描けるんだよって。色んな人たちの機微が描けるんだ」とはっきりとおっしゃっていて。やっぱりそのフォーマットをどう使うかが今後も問われてくるんじゃないでしょうか。


田幸:実は60分×10作を書ける方っていうと限られてきますよね。大根仁さん、福田雄一さんなど、ディレクターも脚本も全部一人でやるような人は増えてきています。


大山:それをテレビドラマっていうフォーマットでどう生かすかですよね。実は朝ドラは15分×100話以上というフォーマットを上手くアップデートしてる。フォーマットを再発明するのか、あるいは山田太一さんたちが作ったものを受け継いでいくのかが今後問われるのかなと思います。


成馬:山田さんたちの時代は、戦後中流家庭が成立したからこそ『岸辺のアルバム』(1977)のような家族の欺瞞を暴くアンチホームドラマが作れたんだけど、今は壊れていることが前提で、格差はどんどん広がっていくし、家族観もバラバラになっていく。令和は生涯独身がどんどん増えていくだろうし、結婚しても子供を産まないというライフスタイルも当たり前になっていく。そういう兆しをみんな感じているから、今『きのう何食べた?』がウケてるんだと思います。NetflixとFODで配信されている『夫のちんぽが入らない』(2019)も最終的には子供を作らない夫婦がどう生きていくかという話になっている。そういう新しい家族をどう描くかのかが課題としてあるかもしれないですね。


大山:『義母と娘のブルース』(2018)も血は繋がっていないですしね。


田幸:色んな家族の形が表現されるようになってきていますよね。


成馬:今後、期待したいのはバカリズムに続くお笑い芸人のドラマ参入ですかね。ドラマとバラエティは本来、パラレルな関係にあると思うんです。作り込んだコントを見せるバラエティ番組は、00年代以降、ほとんど消えてしまったけど、実は宮藤官九郎さんや福田雄一さんがコントバラエティのテイストを持ち込んでことで、ドラマの中で延命したと思うんですよね。優秀な芸人はたくさんいるので、ドラマのフィールドで、もっと才能を活かしてほしい。


大山:新しい才能を発掘する場所としては、特撮モノやアニメーション畑からドラマに進出してくる人だっていますよね。


田幸:原作モノの多いドラマ界に比べて、優秀なストーリーテラーは、実はアニメの世界に行っている気がします。11年ぶりの新作『地球外少年少女』の構想が昨年発表された『電脳コイル』の磯光雄監督や、『けものフレンズ』『ケムリクサ』のたつき監督など、原作・脚本・監督をすべて手掛けるアニメーターの才能には、ワクワク感があります。ドラマと違って、制限が少なく、表現の自由度が高いからでしょうか。でも、わかりやすい作品が好まれるドラマと違い、かなり複雑で何度も観ないとわからない難解な作品でも、ちゃんとファンはついていくことがアニメでは実証されているんですよね。


大山:岡田麿里さんみたいな方がドラマに入ってきたら面白いですね。


(大和田茉椰)


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