500マイルの激戦を終えた佐藤琢磨を迎えるオーナーのチップ・ガナッシ 第107回のインディアナポリス500マイルレースは、最後の15周で3度の赤旗も出る異例のレース展開となった。そして、最後にそのビクトリーサークルに立ったのはチーム・ペンスキーのジョゼフ・ニューガーデンで、日本期待の佐藤琢磨ではなかった。
チップ・ガナッシ・レーシングに移籍してから“Month of May”と呼ばれるインディの5月を迎えた琢磨は、まずは順調にクルマを作り上げてきた。
試行錯誤を繰り返しながらトップタイムをマークする速さを見せ、予選こそセッティングの読み間違いで8番手に甘んじたものの、決勝で優勝候補に挙げられてもおかしくないスピードは持っていた。
カーブデーで最後のプラクティスを終えた後、「マシンは90%やり切ったと思う。後の10%はレースで修正できる範囲のはず」と、14年間出場し続けた中で最も完成度の高い状態で決勝を迎えていた。
決してその言葉はブラフではなかっただろう。
チップ・ガナッシのチームメイトでも琢磨のスピードとセッティングのノウハウと秘密を探りたくなっていたし、今年挽回してきたシボレー勢に予選で対抗できたのはホンダ勢ではチップ・ガナッシだけだった。
レースでも琢磨を含めたレースでどんな活躍をするか注目を集めた。
レース前には多くのゲストがガレージやカーナンバー11の周りを取り囲んだ。単にスポンサーだけでなく、琢磨のレースに期待をする関係者ばかり。
グリーンフラッグが振られると、ポールポジションのアレックス・パロウ(チップ・ガナッシ)を先頭にターン1に進入していく。琢磨はアレクサンダー・ロッシ(アロウ・マクラーレン)とサイド・バイ・サイドでポジションを争いながら1周目に8番手をキープした。
先頭のパロウとエド・カーペンター・レーシングのリナス・ヴィーケイは順位を入れ替えているが、それ以降の順位はこう着状態のまま。
今年のクルマは先頭はポジションチェンジできるけど、後続の列の中に入ると順位を上げられないと琢磨は言っていたが、まさにそのような展開になっていた。
琢磨は8番手を維持していたが、一度ペンスキーのウィル・パワーに抜かれてしまう。スタート時に気温も高くなかったせいかシボレー勢の健闘が目立つ。
1回目のピットストップは30周目を境に前後して各マシンが入って来たが、琢磨も31周目にピットインしコースに戻る。そして、しばらく10番手のポジションからなかなか上がれないもどかしい周回が続いた。
90周を過ぎたあたりでイン側に入り過ぎて路面のゴミを拾ってポジションを落としたりするものの、なんとか挽回して徐々にポジションは戻している。しかしトップ10内から上位に上がることができない。
150周を過ぎて2度目のイエローが出た時に琢磨は5度目のピットに入ったが、174周目に6度目のピットインを敢行してフレッシュタイヤでポジションを上げる作戦を取った。
ピットイン後はポジションを落とすが、ピットアウト後には自ら追い抜いてポジションを上げていかないといけない。
琢磨は「早くピットインするのはパロウと同じ作戦でしたが、彼のように追い上げるスピードがなかった。気温と路面に合わせてダウンフォースをつけるようにしていったんですが、ちょっといき過ぎてしまった」と悔しげに語る。
そして終盤の波乱だ。184周目にフェリックス・ローゼンクヴィスト(アロウ・マクラーレン)とカイル・カークウッド(アンドレッティ・オートスポート)で接触するアクシデントで赤旗中断。そして再開後すぐにパト・オワード(アロウ・マクラーレン)が壁に接触してイエローコーションから再びレッドフラッグ。
残り6周の超スプリントバトルとして再開するもスタート時にアクシデントが発生。さすがにこれでコーションのまま終了かと思いきや、レースコントロールは残り2周でレースを止め、最後の1周で勝者を決めようとする。
琢磨は2度目のレッドフラッグからの再開直後にマシンの右側をヒットさせていたが、そのまま最後のグリーンフラッグに臨んだ。
コースインしてその翌周にレーススタートするという前代未聞のスタートで、琢磨は意地を見せる。
グリーン直後にアウト側からアプローチすると、ヴィーケイとコルトン・ハータ(アンドレッティ・オートスポート)、コナー・デイリー(エド・カーペンター・レーシング)という3人の若手を交わして7番手に浮上してチェッカーを受けた。
「今日は集団から前に出ることができませんでしたね。気温の上昇を見越してダウンフォースはつけて行ったんですが、途中でいき過ぎてしまい、ハンドリングに苦しみました」
「トップ争いに加われなかったのが残念です。今日はスポンサーやファンの皆さんがインディに応援に来てくれましたし、このプロジェクトを実現するために多くの皆さんに応援してもらいました。本当にありがとうございました。残りのオーバルのレースも頑張ります」
琢磨があれほど仕上げたマシンも、決勝レースでは上手く機能せずに終わるとは。そしてプラクティスや予選で一度もトップに立っていないペンスキーのニューガーデンが優勝してミルクを飲む。これがインディ500の奥の深さなのだろうか。