武内夏暉のボールはなぜ打ちづらい? トレーナーが解説する西武ドラ1ルーキーの投球のメカニクス

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2024年05月11日 08:10  webスポルティーバ

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 2023年のドラフト会議で最多タイの3球団から1位指名を受け、評判どおりのピッチングを披露しているのが、國學院大学から西武に入団した左腕の武内夏暉だ。

 4月3日、開幕5戦目のオリックス戦でプロ初先発初勝利を飾ると、ここまで(5月10日時点/以下同)4試合に投げて2勝0敗、防御率1.55。登板間隔を空けて起用されているため規定投球回数には達していないが、4試合ともクオリティスタート(※)を達成している。
※先発投手が6イニング以上を投げて、自責点を3点以下に抑えること

【ベテラン捕手も驚く修正力と対応力】

「徐々にレベルアップしているというか、対応力にびっくりしています」

 4月10日のロッテ戦後にそう話したのは、今季6年ぶりに西武に復帰し、オープン戦から武内とコンビを組む捕手の炭谷銀仁朗だ。かつて菊池雄星(現・ブルージェイズ)を成長させたベテラン捕手の言葉に耳を傾けると、武内の非凡さが伝わってくる。

 そのひとつが修正力だ。7回を4安打、2失点に抑えた4月10日のロッテ戦は序盤、左バッターに対してツーシームとチェンジアップが抜け気味になるなど、決して本調子ではなかった。

「でも球の強さはあったし、中盤以降は修正してきました。『(チェンジアップを)外に構えて、外で使おうか』と言ったら、『はい、できます』と。それでポランコを三振に打ちとりましたからね。大したもんですよ」

 そう炭谷が語るのは5回のシーンだ。昨季本塁打王の左打者のグレゴリー・ポランコに対して、ツーシーム、スライダー、カーブで1ボール2ストライクとすると、最後は外角低めに落ちるチェンジアップで空振り三振に仕留めた。

 一般的に左投手が左打者にチェンジアップを投げると、ストレートより緩いシュート回転のボールがいくために打たれやすいと言われる。だが、武内が左打者の外角にチェンジアップが使えるのは、抜群の制球力を有していることと、その軌道に関係がある。

「ふつうチェンジアップは落ちると思うんですけど、伸びるようなイメージで投げています」

 本人がそう語るように、武内のチェンジアップは打者に近づいてからストンと落ちていく。決して"緩い球"ではないのだ。

 4月10日のロッテ戦では、もうひとつ非凡な能力を見せた。それが対応力だ。炭谷が振り返る。

「打者の膝もとに曲がり系の球で空振りを取りにいくのは課題のひとつです。前回のオリックス戦(4月3日)では、右バッターの膝もとへスライダーを1球も使っていないなかで『今日は使うよ』と言って、カットボールとスライダーを投げました。対応力にびっくりしましたね」

 右バッターの膝もとにスライダーやカットボールを投げることで、外角のストレートやツーシーム、チェンジアップも生きてくる。こうした攻めをすることで、武内は全球種を決め球として生かしている。

【大学時代から変わらぬ平常心】

 そのうえで軸となるのが、最速154キロのストレートだ。

「今日はイメージどおりのリードができました。そこに投げきってくれたルーキー、すごいっすね」

 炭谷がそう声を弾ませたのが、5月3日のソフトバンク戦のあとだった。3番・柳田悠岐、4番・山川穂高、5番・近藤健介を中心とする強力打線に対し、武内と炭谷のバッテリーはカーブを効果的に使った。

「カーブをもっと使っていこうと話していました。武内も『自信を持っている』と話していたので。どちらかと言うと、真っすぐ、ツーシーム、チェンジアップに目が行きがちですけど、カーブもいい球ですよ」

 0対0の6回表、武内は二死三塁のピンチを背負った。打席には3番の柳田。目を見張ったのは2ボール2ストライクからの6球目、内角に投じた149キロのストレートだ。

「本当に厳しく投げました」

 武内が振り返ったように、この1球は柳田の体の近くに外れた。

「あそこでそうやって考えてくれているのがすばらしいこと。僕は武内のインコースを信用しているので」

 炭谷がそう話したように、ともすれば厳しく攻めようとするあまり力が入って甘くなり、痛打されることも珍しくない状況だ。だが、炭谷の意図どおりの球が投げ込まれた。

「あの球は外れても全然OK。はなから『ボール球を投げろ』ではなく、『勝負しにいくなかで甘くならないように』という話なので......」

 そしてフルカウントからの7球目、外角のカーブで柳田を空振りの三振に仕留めた。

 武内は「左バッターの内角へのストレートは自信がある」と言うが、恐ろしいほどの状況判断力と落ち着きぶりだった。なぜ、あそこまで冷静に投げられるのか。試合翌日、武内に聞いてみた。

「ピンチでも平常心なのはずっとそうです。性格的にそうなるんだと思います」

 武内が卒業した國學院大学野球部の鳥山泰孝監督は「先で伸びる人材育成」を掲げ、心身の土台づくりを徹底してチームを強化してきた。武内がピンチに動じないメンタリティを身につけるうえで、そうしたバックボーンも関係があるという。

「マウンドで感情を出さずに淡々としているのは大学からです。鳥山監督はいろんなミーティングをしてきました。人間性などですね。そうしたことも関係あると思います」

【まだ伸びしろがある】

 186センチ、90キロの長身左腕投手は高いレベルの心技体を備え、ドラフト前から「完成度は群を抜く」と評されてきた。早くもその実力を示している格好だが、少し異なる見方をする者がいる。2022年7月、武内の大学3年時から個人指導している『DIMENSIONING』の北川雄介トレーナーだ。

「武内くんは、伸びしろがまだかなり残されていると思います。今年に入って体重が4、5キロ増えていますし。すごくいいピッチャーだけど、完成はしていません」

 北川トレーナーは個人の感覚や思考法を把握し、身体の特徴と組み合わせて伸ばしていく独特のアプローチで、メジャーリーガーからNPBの選手、ドラフト候補まで多くの選手から信頼を寄せられている。

 では、武内の伸びしろはどこにあると見ているのか。

「体のフレームに対して、筋肉を増やしていくことがひとつ。もうひとつは、もう少し胸郭を柔らかく動かせるようになれば(リリースまでの)距離がとれるので、そこでもう少し球速も出せるかなと。本人も自覚していて、だいぶ動くようになってきています。そこがプロ入りして3、4カ月で変わってきているところですね」

 北川トレーナーが「まだ伸びしろがある」と言うのは、大学3年夏から武内の成長を目の当たりにしてきたからでもある。

「球を速くしたいという武内くんの希望があり、腹斜筋という脇腹の筋肉を使うことと、背中のほうから腕を長く加速できるようにしていきました。脇腹を使って体幹の回旋を腕に伝えていくのはできるようになっています」

 簡潔に言えば身体の連動性が高まり、パワーアップした格好だ。北川トレーナーが続ける。

「もともとツーシームを左バッターの内側にしっかり投げられて、ストレートは単純に強くなりました。ステップも右足がしっかり受けられるようになっているので、よりバッターに近いところで体を回して、リリースポイントが前になっている。だからリリースのタイミングとしてちょっと変則的な感じというか、体(左腕)がいきなりバッって出てくる感じになると思うので、バッターも差し込まれる。それがクイックでもあるのかなと思っています」

 武内の投球フォームは打者にとって「タイミングが取りにくい」と言われるが、こうしたメカニクスがあるのだ。

 さらに、北川トレーナーが武内の内面をこう表す。

「いろいろ話したときに、落ち着いているなって感じです。瞬間的に反応するというより、噛みしめるような反応なので。深いところまで理解しようというか、味わおう、体感しようっていう感じですね。自分が接していても、上から『こうやるんだよ』と言おうと思わない。意見を尊重したくなるような雰囲気があります。あれはすごいですね」

 今季の西武は極度の貧打に悩まされるなか、先発投手は長いイニングを少しでも少ない失点に抑えることを求められている。なかなかタフな状況だが、エース格の投球を続ける今井達也と同じように、支配的な投球を見せているのが武内だ。

 周囲から完成度の高さを評価される一方、炭谷も北川トレーナーも「伸びしろはまだまだある」と口を揃える。底知れないルーキーは、まずはどれくらいの数字をプロ1年目に残して終えるのか。これから対戦相手の研究は進んでくるはずだが、新人王はもちろん、ほかのタイトルや賞も狙えそうな気配すら漂わせている。

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