人はそれぞれの事情を常に抱えている。
家に戻ってきたのはいいけれど
今年のゴールデンウィーク初日に出産を終えて、赤ちゃんとともに退院したサエリさん(38歳)。8歳と6歳の子がいるので、少し間を置いての第3子となった。「夫が迎えに来てくれたのはいいんですが、ひとりだったんですよ。上の子たちも来るはずだったのにどうしたのと言ったら、『朝、いきなりおふくろがやってきたから見ててもらってる』と。
思わず『えーっ』と声が出てしまいました。『まあ、苦手なのはわかるけど、ちょうどいいじゃん、手伝ってもらえるから』と夫は言いましたが、こっちが気を遣わなければいけないのは明らか。産後、自宅に戻って気を遣うのは嫌だなあとため息がでました」
すると夫は、「こっちだってせっかくのゴールデンウィークに、どこにも行けずに子守なんて、やってられないよ」とつぶやいた。
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そんな簡単にコントロールできるものではないし、する気もなかった。すでにふたりの子がいるのだからわかっているはずなのに。
帰宅するなり義母は言う「待ってたわよ、跡取り」
車中の雰囲気が険悪になりかけたころ、自宅に到着。ゆっくりと車を降り、子どもを抱いて家に入ろうとすると、中から義母が飛び出してきた。「お帰りなさい」
そこまではよかった。だが次の一言がサエリさんを怒らせる。
「ようやく男の子を産んでくれたのね。待ってたわよ、跡取り」
その言葉に彼女は反論する。
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後ろで義母の舌打ちが聞こえ、サエリさんは驚いたという。
「3人目だから大丈夫」という謎の言葉
その日は義母がお祝いにお鮨をとったからと言い出した。だが、サエリさんは、体力を失っているときのなまものは気が進まなかった。夫にさりげなくそう伝えたが、夫はサエリ、お鮨大好きだもんなと、義母に阿(おもね)るように言った。
「そもそも私に何を食べたいかとも聞かずに注文していたんですよね。私は実はなぜか豚肉の生姜焼きが食べたくてたまらなかった。それとサラダ。病院食はおいしかったけど、個人的には嫌というほど、レタスとトマトを使ったサラダを食べたかった」
冷蔵庫を開けるとレタスとトマトはあった。夫にサラダを作ってほしいと頼んで、サエリさんは赤ちゃんの隣で少し横になった。
「ママ」という声に目を覚ますと、長女が立っていた。ママのごはん、作ったから持ってくるね。長女が運んできたトレイを見ると、豚の生姜焼きとサラダがあった。
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8歳の娘に妻の食事を任せた夫、それをなんとも思わずに酒を飲みながらお鮨をつまんでいる義母。なんなのこの構図、とサエリさんの中で何かが爆発した。
「お義母さんもあんたも、いったい何してるわけ? こんな小さい子に食事の支度をさせて。私はあなたに頼んだのよ、と夫に言うと、『オレ、疲れちゃってさ』って。出産した私のほうがよほど疲れてる。
子どもたちに先に食べさせてやってくださいよと義母に言うと、『ごめん、私、さっきから飲んじゃってるからさ。でもそもそもあなた、3人目でしょ。慣れてるじゃないの』って。言い訳にもならない」
結局、サエリさんは娘ふたりとダイニングのテーブルに移動、子どもたちの分のお鮨をとりわけ、長女が作ってくれた生姜焼きやサラダを分けあって食べた。
夫と義母への憎しみが湧く
「ショウガは皮がついたままだったし、サラダもレタスがちぎってなかったりしたけど、娘の気持ちがありがたかった。一方で、せっかく退院してきたのにどうしてこんな思いをしなければいけないのだろうと夫と義母に憎しみがわきましたね」ひたすらお祝いしてもらいたい日に、なんともやるせない気持ちにさせられた。義母はそのままリビングで寝込んでしまい、翌日の昼過ぎにようやく帰っていったという。
「何をしにきたのか、手伝うどころかビールの缶をいくつもそのあたりに置いたままです」
その後、カレンダー通りに仕事をしている夫は、平日3日間、毎晩飲んで帰ってきた。
連休後半は予定がなさそうだったので、上のふたりをどこかに連れて行ってあげてよと言うと、「無理だよ。ふたりとも連れていくのは」と夫ははなからやる気がない。
結局、昼間はひとりでぶらりと出かけていた。
「近所のママ友に頼んで、ふたりを公園に連れていってもらいました。ママ友がひどく同情してくれて、『子どもの日、うちの子と一緒に遊んでくれない?』と言って、子どものためのイベントにも連れて行ってくれた。
その家のパパも一緒です。うちの子たちもすごく楽しかったみたい。最後は外で食事までさせてもらって……。なんだか情けなかった。うちの夫は自分の子さえろくにめんどうみないなんて」
自分が軽々と行動できるならいいが、乳飲み子を抱えてあとしばらくは身動きがとれない状態。そんなときに寄り添わない夫に、存在価値があるのだろうか。
サエリさんは身も心も重くけだるいと涙声になった。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))