ECのレコメンド機能、商品訴求だけでは不十分 購入につなげる「他の要素」とは

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2024年05月13日 07:50  ITmedia ビジネスオンライン

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ユニクロの公式Webサイト(画像:ユニクロ公式Webサイトより)

 ジェフ・ベゾス氏が自宅のガレージでオンライン書店「Amazon.com」を創業したのが1994年。およそ30年たった今、小売企業にとってECはもはや切っても切り離せない存在です。


【画像】ユニクロのECアプリでは通常のページでは展開していない情報を掲載している


 Amazonや楽天市場のようなECモールだけでなく、自社独自のECサイトやアプリを展開する企業も増加。いかにECに人を呼び込み、購入を促すかを考え「データ活用」や「パーソナライズ」に注目する企業は少なくありません。


 ECにおけるデータ活用やパーソナライズの例を調べると、「閲覧履歴や購入履歴に基づいてレコメンドを出す」「ユーザーが入力したデータに基づいて、商品広告バナーを出し分ける」といったものが多く、多くの企業が生活者の過去の行動やデータに合った商品情報の提示によって、購入を促そうとしていることが分かります。


 しかし、本当にそれで商品を購入したくなるかというと疑問が残ります。過去に買った商品に似た商品の情報が提示され「もう似たようなモノがあるから、要らないのに……」と感じた経験、皆さんはありませんか?


 ユーザーの体験を意識しないと、良かれと思って提示した情報(レコメンド)によって、逆に購買意欲が削がれてしまう──といったことにもなりかねません。


 では、さまざまなECサイト・アプリが溢(あふ)れるこの時代に、あるべき「良いECの体験」とはどのようなものなのでしょうか。この記事では、ユーザーの購入体験という側面から、あるべきパーソナライズやレコメンドの姿を考えていきます。


●レコメンドすべきは「商品」ではない 購入につなげる「他の要素」


 ユーザーの購入体験を考えるにあたって、今回は購買意思決定の行動モデル「AISAS」を使いたいと思います。AISASとは、以下のようなユーザーの行動・思考を表す頭文字から名付けられた行動モデルです。


・Attention:何かしらのきっかけで商品を知る


・Interest:興味を持つ


・Search:さまざまなサイトや口コミを見て比較検討する


・Action:購入に至る


・Share:その過程や結果をSNSなどでシェアする


 このモデルに沿って、パーソナライズやレコメンドがユーザーにどのような影響を与えているのかを見ていきましょう。


 例えば、パーソナライズの施策としてよく行われる商品情報提示は、商品を知るきっかけを作る「Attention」および、人によっては興味を持つ「Interest」の一部を担えますが、比較検討まではカバーしにくい仕組みといえます。


 自分が商品を買うときの行動を思い出してみてください。買う前にもう一度検索エンジンで類似商品を探し、性能が類似したさらに高品質な商品や低価格な商品も含めて比較検討を行うのが一般的かと思います。


 これだとECサイトから離脱してしまいますし、他のサービスや商品に興味が移ってしまう可能性もあります。単に商品を提示するだけでは、購入の決定打にならない。現行のパーソナライズ施策の限界ともいえるでしょう。


 しかし、最近では商品ではなく「ストーリー」を提示することで、この壁を突破している例が出てきています。


 例えば、ユニクロのECサイト(アプリ)では、商品単体ではなく、その商品が販売されるまでのストーリーを特定の商品を閲覧したユーザーに対して掲載しています。


 ここでは通常の商品ページでは見られない、シルエットのこだわりや使用感、コーディネートなど、その商品のスペック以外の情報をアプリのお知らせ機能を通じて提供しています。


 一般的に、閲覧した商品を再度おすすめする場合「気になっているこの商品を購入しませんか?」と商品自体をレコメンドしますが、切り口を変えて、商品の魅力を伝えることにより購入意欲を高める工夫がされています。


 価格やスペックではない価値を提示する意義は、他社の製品との比較検討を「させない」という点にあると考えられます。商品独自のこだわりやストーリーは、他と比較できるものではありませんし、コーディネートなど情報は口コミによる「安心の担保」と似た効果が得られます。結果として「Search」の部分を飛ばす形で、スムーズに購入へと進めるのです。


●利活用イメージやシーンの押し出しは、実店舗での手法と似ている


 以下は、そんなユニクロの公式Webサイトのトップページです。


 商品一覧のような表示にはなっておらず、シーンの提案に近いスタイリングが前面に押し出されています。クリックすると「短い動画」「サイズ感ごとに整理されたラインアップ」「コーディネート例」などが表示され、そこから商品ページに飛ぶことができます。


 ニトリのECサイトも、ファーストビュー(Webページにたどり着いた際に最初に見える範囲)には商品一覧がありません。「春色で暮らす」といった季節に合ったコンテンツや、「おすすめ特集」が配置され、利活用シーンの提案が徹底されています。


 このようにシーンやライフスタイルを提案し、そこから商品を紹介するのは一見新しい手法のように感じますが、見方を変えると、実店舗で行われていることをECに適用しているともいえます。


 IKEAやニトリなどのインテリアショップで、部屋をまるっとコーディネートしたブースを見たことがある人は多いでしょう。ライフスタイルやくつろぎ方の提案を通して商品を紹介する、これは先述したストーリーの提示にほかなりません。


 また、最近ではSNSを用いて動画配信を行い、そこから購入できる「ソーシャルコマース」にも注目が集まっています。動画での商品紹介は、試着や試用をせずとも、使用感の想像がつきやすいという特徴があります。


 紹介している人やブランドそのもののファンになってもらえる可能性もあり、「お気に入りの人が紹介しているものだから買いたい」という思考も生まれやすくなっています。


 価格やスペックなど、比較検討しやすい情報ではなく、別の情報で価値を感じてもらう──ここまで紹介した例は、どれも商品提示から一歩踏み込んだ情報を提供し、ユーザーの共感を得ています。ユーザーに共感してもらえる情報をどう提供するか。これは今後のパーソナライズやレコメンドのポイントになるのではないでしょうか。


●優れたECは「購入後」の体験までフォローしている


 ユーザーの購入体験という点で、もう一つ注目したいポイントがあります。それは「購入後」まで意識を向けられているかという点です。


 ECは一度利用したら終わりということはあまりないでしょう。消耗品がなくなったら再度同じものを買う、はたまた別の商品を買う。企業としても、繰り返し買ってもらい、商品やEC自体に愛着や信頼を抱いてもらうことが中長期的な利益につながります。


 そこで、ユーザーがECや商品を使いこなす余地や、商品を通して「自分のなりたい姿」に近づける余地を作ることで、繰り返しそのサービスに戻る意義を生み出せるかが重要になります。


 例えば「ロイヤリティプログラム」は、ECの利用継続を促す代表的な施策でしょう。下図は楽天市場の会員ランク制度です。このように利用状況に応じてユーザーに特典や限定情報を提供する仕組みをロイヤリティプログラムと呼びます。


 こうしたプログラムがあると、単に継続購入を促すだけでなく、ユーザーが自発的にさらにうまく使いこなす方法を探すようになります。


 場合によっては、うまく利用できていることをSNSやブログなどでアピールしてくれる、アンバサダー的なユーザーを生むこともできるでしょう。先述したAISASのフレームで言えば「Share」にあたる部分といえます。実際、楽天市場に関しては、効率的なポイントのため方をSNSやブログで発信しているユーザーも少なくありません。


 ユーザーが宣伝につながるコンテンツを生み出しているという点では、ZOZOが展開するファッションコーディネートアプリ「WEAR」も見逃せません。このアプリは、ユーザーが自分のコーディネートを投稿する場所になっています。


 ここではどの商品を着こなしているかをタグ付けでき、他のユーザーのコーディネートに「いいね」やコメントで反応することもできます。投稿を閲覧する人は、コーディネートにタグ付けされた商品を、ZOZOTOWNのECへ見に行くことができ、そのまま購入できる仕組みです。これも先述したソーシャルコマースの一つといえます。


 いいねやコメントがもらえることが、投稿しているユーザーの自信になり、投稿を閲覧している人も新たなコーディネート、スタイリングの可能性を見つけられる場になっています。


 単に商品を購入するのではなく、買った商品をうまく使いこなして自分のなりたい姿に近づく、これもまたある種のストーリーをうまく提示している例といえるのではないでしょうか。


 このように「購入後」の体験までしっかりと設計されていることで、累積的な体験を作ることも可能になります。繰り返し買うだけでなく、そのECサイトで買うことの意義を作り出したり、ファンになって使い続けてもらう。


 記事前半で説明した、1回の購入体験へのアプローチ、そして継続利用のアプローチ、購入体験にフォーカスすると、ユーザーに愛される情報提供(レコメンド)やサービス作りにつながると考えています。


●ドリルではなく、穴がある暮らしをユーザー自らが築けるか


 マーケティングの世界では、有名な格言「ドリルを買う人がほしいのはドリルではない、穴が欲しいのである」というものがあります。


 それを今の時代のECに当てはめて考えると、求められている体験は、以下の点にまとめられるのではないでしょうか。


・(改めてにはなるが)ドリルの先にあるユーザーが本当に必要としていること(つまり穴)に目を向けられていること


・穴やその穴がある暮らしを提案することで、押し売られた形ではなく、自ら取捨選択して生活をよくできるような購買ができること


・自分に合ったライフスタイルをユーザーが自ら磨き続けられること


 「良いECの体験」とは、単なる商品提示のようなユーザーとの単発の接点にとどまらず、ユーザーが自ら「こういう使い方してみたい、こんなふうに見せてみたい」「これができるならこんな暮らしもできそうだ」と想像を膨らませて、結果的に商品を買えるような奥行きのある体験です。


 そして、その体験を設計するにはユーザーの思考や生活を想像することが不可欠でしょう。購入の先にある思考や生活の考慮が、売り上げと体験の両方をより良くし、事業者・ユーザーそれぞれにとって「最高」のECを生み出すといえるのではないでしょうか。


●著者紹介:小関弾


株式会社グッドパッチ UXデザイナー。コンサルティングファームに新卒入社し、業務プロセス改革や新規システム導入の要件検討に従事。2021年にグッドパッチに入社し、UXデザイナーとして、プロダクトグロース支援、ユーザー調査からのプロダクト改善や、プロダクト・カスタマーサクセスの戦略設計などを担当。趣味はサッカー観戦とお笑いを見ること。


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