メジャーリーガー大谷翔平選手から全国の小学校へビッグなプレゼントとして、6万個のグローブが寄贈することが発表されたのは昨年末。実際に2023年の年末から今年の年明けにかけて、全国の小学校には続々と「大谷グローブ」が届いた。野球人口の減少に歯止めをかけたい、子供たちに野球の楽しさを知ってほしいという大谷選手の粋な計らいに、日本中が沸いたのは記憶に新しい。
◆平等に安全に……は難しい
だが、そのグローブの扱いを巡って今なお“混乱”する教育現場は少なくないようだ。都内の小学校副校長は苦しい胸の内を語る。
「私自身、野球は大好きなので子供たちと一緒に野球ができると喜んだのですが、じゃあ、どうやって子供たちに使わせるのかとなると、これがまた難しい。会議では休み時間に学年ごとに貸し出す案や体育の時間に使うなどの意見も出ましたが、『休み時間に校庭でキャッチボールをしたら大谷のグローブを見たい子供たちが殺到して危ないのではないか』、『体育の授業で使うにしてもグローブがない子はそのとき、何をさせたらいいのか?』など、案が出るたびに“危険性”や“不公平”が出てしまいました」
◆ヘタな扱いをすると炎上するリスクも
そこで解決策が出るまでは校舎の入り口にある賞状や盾をケースに飾り、まずは子供たちに見てもらうことから始めようとなったのだが……。
「一旦、問題を棚上げする形で“飾る”という結論になったのですが、それをやった自治体や学校がSNSで炎上していたので、これはちょっと安易に対応したらマズいぞとなったんです。とはいえ、何もせず放置したら保護者達からもいろいろ言われますので、とにかく何とかしなきゃと。他校の先生にも状況や使用について聞いたんですが、やはり同じように頭を悩ませていました」
◆野球をしないコにキャッチボールは難しい
使用方法を巡って紛糾したことには、さまざまな要因があると、この副校長は指摘する。
「まず、今のコは男子でもキャッチボールをしたことがないコのほうが多いんです。ですから、いきなりグローブをはめてキャッチボールはなかなか難しく、誰か先生が付いて見ていなくちゃいけない。それと場所ですね。都内の校庭はさほど広くはないので、休み時間や放課後に自由にキャッチボールをさせるのはやはり危険なんです」
この学校では最終的に体育の時間に、テニスボールを使って大谷グローブでキャッチボールをする時間を設け、全校生徒が一度は使えるようにしたという。
「PTAなどを通じていらなくなったグローブを寄付してもらい、何人か同時にキャッチボールができるようにもしました。今も使い方を巡って教員たちの間で話し合いをしていますが、曜日を決めて放課後に先生の立ち会いの下、キャッチボールができるようにもしていきたいと話しています」
◆親からもいろいろ言われて……
なんとか子供たちに大谷グローブを届けたいという教員たちの思いもあって、この学校では丸く収まったのだが、今なお紛糾している学校は少なくないという。
「平等に使わせなきゃいけない、みんなが使えるようにしなきゃいけないという前提がどうしてもあって、その方法を巡って頭を悩ませている学校は多いと聞きます。それとやはり安全面ですね。軟式のボールでも危ない、休み時間に自由に使わせられない、といった意見はよく聞きます」
こうした学校側が使用に対して頭を悩ませるケースだけでなく、保護者からの意見によって紛糾するケースもあるようだ。都内の小学校に勤務する30代の女性教諭は、保護者からの意見にウンザリしたという。
「子供がケガをしないようにしてほしいという意見が来るのは想定してましたが、早く使わせろ、どうやって使うんだ? 私はこうやったらいいと、自分の意見を押しつけてくる親御さんも何人かいて、全部の意見をまとめるのには疲れました。こんなに現場が混乱するならいらなかったんじゃ……とも思いましたね」
◆昔なら自由に使わせていた!?
大谷選手の野球人として気持ちは素直に嬉しい、だが……というのが、教育現場の本音のようだ。確かに数百人の子供たちに対して、3個のグローブではどう使えばいいのか、その方法を巡って混乱するのは当たり前のこと。加えて安全面の問題など絡んでくると、学校としても自由に使わせることに二の足を踏むのは理解ができる。先述の副校長は苦笑まじりにこう語る。
「まぁ、昔だったら自由に使わせることもできたと思うんです。放課後にキャッチボールやりたいコは使っていいぞ〜! みたいなノリでね。でも、今は何かとうるさい時代ですし、ヘタすると炎上するリスクもありますから。今回の一件は、大谷翔平という一般の人からしたら雲の上の人、子供たちからしたら大スターを身近に感じることができたという意味では、ものすごくよかったと思います。でも、その扱いはなかなかに難しかったです(苦笑)」
先生たちの試行錯誤はまだしばらく続きそうだ。
取材・文/谷本ススム
【谷本ススム】
グルメ、カルチャー、ギャンブルまで、面白いと思ったらとことん突っ走って取材するフットワークの軽さが売り。業界紙、週刊誌を経て、気がつけば今に至る40代ライター