レアル・マドリードを新境地に導いたベリンガム 表舞台と裏方を同時に行なえる逸材

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2024年06月17日 07:30  webスポルティーバ

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西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第1回 ジュード・ベリンガム

日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。第1回は今季レアル・マドリードで大活躍、ユーロ2024でのプレーも楽しみなジュード・ベリンガムです。

【「22番」のプレー。ディ・ステファノを想起させる特徴】

 ジュード・ベリンガムは20歳にして、レアル・マドリード伝説の名手であるアルフレード・ディ・ステファノと比較されている。これは大変な名誉であるとともに過大評価かもしれないが、それだけの理由は確かにあるのだ。

 ディ・ステファノは、1950年代に活躍したアルゼンチン出身のスーパースター。レアル・マドリードにチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)創設以来の5連覇をもたらした立役者である。ただ、その名声も少し後に現れたブラジルのペレには及ばない。ペレは「箱に入れられて世界中に届けられたスター」だからだ。テレビの普及とともに登場したペレの驚愕のプレーは世界中に届けられ、「白いペレ」や「砂漠のペレ」など「××のペレ」を大量に生み出した。

 一方、「××のディ・ステファノ」という表現は、ほとんど聞かない。テレビ時代の前と後による知名度の差もあるが、ディ・ステファノを想起させるタイプの選手も少なかったからだ。

 1970年代に活躍したヨハン・クライフ(オランダ)は「ディ・ステファノの再来」と呼ばれた数少ないひとりだった。プレーメーカーでありゴールゲッター、抜群のインテリジェンスによるフィールドの支配者という点で、確かにディ・ステファノとの類似点は多い。ただ、プレーに関与する総量で本家には及ばなかった。ディ・ステファノにつけられたさまざまなニックネームのなかに「労働者」があるが、これほどクライフに似合わないものもないだろう。結局のところ、ディ・ステファノは唯一無二のままだった。

 ベリンガムが16歳でプロデビューしたバーミンガム・シティでの背番号は、22番である。守備的MFの4番、ボックス・トゥ・ボックスの8番、攻撃的MFの10番、この3つを足した22番を気に入っていて、バーミンガム・シティでは永久欠番になっているそうだ。この22番はまさにベリンガムのプレースタイルを表わしている。この万能性こそ、ディ・ステファノを想起させる特徴でもある。

【レアル・マドリードのスターコレクション】

 レアル・マドリードは、2023−24シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)に優勝。チャンピオンズカップ時代を含めて15回目の偉業だ。ここ11シーズンで優勝6回。欧州トップクラブの実力が均衡している時代に、この勝率は驚異的だ。

 決勝での抜群の勝率、劇的勝利はもはやお家芸の域。異常なほどの勝負強さ。その時代の旬のスターを獲得し、ポジションが重なっても頓着しないスターコレクション。このふたつが伝統となっているが、その始まりもディ・ステファノだった。

 現在、ホームスタジアムにその名が冠されているサンティアゴ・ベルナベウ会長は、バルセロナとの壮絶な争奪戦の末にディ・ステファノを獲得すると、27歳のアルゼンチン人を中心としながら、バロンドールを受賞したレイモン・コパ(フランス)を獲り、ブラジル代表をW杯初優勝に導いたジジを加え、「マジック・マジャール」と呼ばれた史上最強ハンガリー代表のエースだったフェレンツ・プスカシュまで獲得した。

 現在のフロレンティーノ・ペレス会長の第一次政権(2000年〜2006年)では、ルイス・フィーゴ(ポルトガル)、ジネディーヌ・ジダン(フランス)、ロナウド(ブラジル)、デビッド・ベッカム、マイケル・オーウェン(以上イングランド)を次々に獲得して「銀河系」と呼ばれるチーム編成を行なった。

 獲得したスーパースターを中心にチームは形成される。ポジションや役割の重複をどう調整するかは現場の仕事だ。かつてのコパのようにポジションを左遷されるケース、クロード・マケレレのようにスターたちの守備の穴埋めに過剰労働を強いられる、あるいはBBC(ベンゼマ、ベイル、クリスティアーノ・ロナウド)を成立させる潤滑剤として使われたアンヘル・ディ・マリアのような場合もある。スターを集めて機能させるには、スターのなかの誰かに縁の下に入ってもらうというのが主な解決策だった。

 ベリンガムを獲得した2023−24シーズン、カルロ・アンチェロッティ監督は「ベリンガム・システム」で開幕を迎えている。

 ベリンガムをトップ下に置く4−4−2。ボルシア・ドルトムント時代よりも攻撃的なポジションを任され、期待に応えてベリンガムは重要な得点を重ねた。終了間際のゴールは印象的で、その勝負強さはチームの伝統であり、ディ・ステファノを思い起こさせるものでもあった。華やかなゴールよりも勝負を決める地味な得点。終盤に「そこ」にいるスタミナがもたらしていて、ハードワークを貫徹できる「労働者」の資質が示されている。

【表舞台と裏方を同時に行なえる逸材】

 現在、レアル・マドリードの監督を務めるカルロ・アンチェロッティは、スター軍団を率いるのにうってつけの監督である。

 フロントと揉めることはなく、与えられた高級素材を的確に料理する。戦術的なディテールにも詳しいが、素材をこねくり回してダメにしてしまう愚は犯さない。メインを誰にするかを間違えない。そして多少時間は要しても、最終的には最適なバランスを見出して調整を完了する。

 ただ、今回に関しては、調整にそれほど苦労はしなかったと思われる。

 ルカ・モドリッチとトニ・クロースの時代からバトンを渡された世代には、ベリンガムと似た資質を持つ万能型が揃っていたからだ。スターのなかから犠牲者を作らずにすむ。表舞台と裏方を同時に行なえる逸材に恵まれ、それを生かした。

 エドゥアルド・カマビンガ、フェデリコ・バルベルデはいずれも攻守万能。FWのヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴも献身的な守備ができる。銀河系やBBCの時のような、守備をどうするのかという課題がない。あるのは混乱を整理する作業だけ。

 システムとして行き着いた答えは4−2−4だった。ベリンガム、バルベルデ、ヴィニシウス、ロドリゴが4人のアタックラインを形成する。攻撃時の自由は保障されていて、それぞれの素材のよさを出すことを優先。守備時は4−4−2。ただ、自由に攻撃する分ポジションの入れ替わりが頻発するので、誰がどこを守るかのガイドラインが必要だった。

 例えば守備時の2トップがベリンガム、バルベルデなら、左サイドをヴィニシウス、右をロドリゴが守る。ブラジル人の2トップならベリンガムが左、バルベルデが右。ただし、2トップがベリンガムとヴィニシウスになってしまうと、バルベルデとロドリゴのどちらが左へ下がるかで混乱が生じやすい。

 守備時に座るべき4つの椅子を重複なく埋めるためのガイドラインは、ベリンガム&ヴィニシウス、ロドリゴ&バルベルデのペアを崩さないこと。そこさえ明確にすれば、自由に攻めて自由に守るシステムが出来上がる。

 レアル・マドリード以外のチームなら、こんな調整は必要ない。そこまでポジションがぐちゃぐちゃになる恐れは最初からないからだ。決まった場所で決まった仕事をする、欧州ではマニュアル化が常態化している。だが、緻密すぎる監督はレアル・マドリードには向かない。素材を殺す緻密さは不要、余白を大きくして「人」に任せる度量が決め手だ。その点、アンチェロッティは「男前」な采配ができて、バグを回収するシンプルな一手を打てる。

【ベリンガムを中心に新境地の戦い】

 22番のタイプが3人いる現在のレアル・マドリードは、その筆頭であるベリンガムを中心に新境地を拓いた。新境地というより、攻めても守っても強いオールマイティ体質をさらに加速させた。接戦の連続となるCL後半戦を制するための最適解である。

 4番のように守り、8番のように走り、10番としてのアシストとゴール。いずれもハイレベル、さらに無類の勝負強さ。ベリンガムは、ディ・ステファノの正統後継者なのだ。本家がレアル・マドリードに来たのは当時キャリアの終盤とされた27歳、ベリンガムはまだ20歳。CL優勝は序章にすぎない。イングランド代表での活躍もこれから。ディ・ステファノには無縁だったワールドカップの舞台も待っている。

 全部持っている選手としては、1980〜90年代に活躍したルート・フリット(オランダ)がいたが、フリットはすべてを任されておらず、その都度与えられた異なるポジションの範疇でプレーした。ベリンガムはすべてを委ねられている。キリアン・エムバペが加入する来季、レアル・マドリードはまた違った顔を見せるだろうが、ベリンガムの重要性は変わらないだろう。

このニュースに関するつぶやき

  • あら、きちんと見てる人の記事だ。わかりやすい「ベリンガムシステム」解説。この最適解見つけたアンチェロッティってマジ名将。
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