JAXA認定ベンチャー経営者の、美容師から始まったキャリア遍歴 グローバル展開しやすい宇宙事業で世界との競争に勝つために

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2024年09月10日 21:40  ログミー

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「手に職」を付けるため、美容師を志す

アマテラス:はじめに、櫻庭さんの生い立ちや、今の仕事につながるような原体験などがあればお聞かせいただけますか?

櫻庭康人氏(以下、櫻庭):私は青森県弘前市出身で、20歳まで弘前で暮らしていました。両親と7歳上の姉、5歳上の兄、そして末っ子の私という5人家族です。両親は共働きだったので、小さな頃から姉と兄によく面倒を見てもらっていた記憶があります。

子供時代はバスケ三昧の日々を送っていました。小さな頃から姉のバスケの試合を見に行ったことで興味が湧き、小学3年から高校卒業まで続けていました。小学校時代には全国大会に出場したこともあります。

高校卒業時には大学のバスケ部からも声が掛かったのですが、美容専門学校に進むことにしました。バスケでは限界が薄々見えて来て「自分には違う生き方があるかもしれない」と思い始めていたこと、そして「手に職を付けて早く社会に出たい」という気持ちが強かったことが理由です。

専門学校に入学後すると、すぐに地元の有名な美容院でアルバイトを始めました。そして店でのがんばりが認められ、卒業後はそのままその美容院に就職が決まりました。

1ヶ月で美容院を退職し、何の当てもなく上京

櫻庭:バスケの道を断って美容師という道を選択したにも関わらず、実はその後1か月で辞め、上京してしまいました。自分が美容師としてずっと働き続けることがどうしても想像できなかったのです。

東京では仕事も住む場所も何の当てもなく、両親からはめちゃくちゃ怒られましたね。「ダメだったらすぐ帰るから」と説得しつつダメになる気など皆無で、「絶対にやってやる」と心に決めていました。

その後はニュージーランドでの『ラスト サムライ』のエキストラに始まり、インテリアショップの店長、ECサイト立ち上げなど、いろいろな仕事をしながら進むべき道を模索する数年間を過ごしました。

ECサイト立ち上げ時は、ショップの作り方以外にも商品管理や配送、お客様対応などひと通りの業務に準備段階から深く関わらせてもらいました。その頃は楽天などが台頭して来ており、「これからはECが来る」と感じ、私も2008年にECサイトで起業することに。25歳の時でした。

ところが直後のリーマンショックという不運も重なり、まったく売れないという悪夢を経験します。そこまでの人生が比較的トントン拍子で来ていたこともあり、精神的にかなり落ち込みました。

ただ、「いろいろと甘かった自分の考え方を変える良いきっかけかもしれない」と気持ちを切り替え、もう一度インターネットビジネスについて一から学ぶことにしました。

さまざまな会社でビジネススキルを鍛える

櫻庭:その後、マインドスコープという会社の第1号社員として再スタートを切ることになります。

元々、創業者のえふしんさん(藤川真一・想創社社長)のブログのファンで、彼がペパボ(株式会社paperboy&co.)から独立すると発表したタイミングで「ぜひ働きたい」と売り込みをかけたのがきっかけです。最初は「エンジニア以外はいらない」と門前払いされましたが、店舗運営の経験などをアピールしながら粘り強くアプローチを続け、採用してもらいました。

株主候補を集めたミーティングには、家入一真さんや孫泰蔵さんなど本当に錚々たるメンバーが参加しており、「これから新しい時代を作るんだ」という希望にあふれる現場に立ち会えたことは、貴重な経験となりました。今思えば、マインドスコープはIT業界に足を踏み入れる最高の入口だったと思います。

そこから約2年後、jig.jpへの売却が決まったタイミングでエクストーンという会社に転職します。エクストーンでは主に新規事業の立ち上げやウェブサイト運営などに携わり、多いときは同時に14件のプロジェクトを担当したこともありました。

さまざまな業務を同時に遂行したり、ユーザーの要望に臨機応変に対応したりするスキルは、この会社で鍛え上げられたと思っています。

その後、縁あってSenSprout(センスプラウト)という東大発のスタートアップに参画することに。当初はエクストーンのメンバーとして参加していたのですが、最終的に転職して本腰を入れて取り組むことにしました。

SenSproutは土壌水分量を測るセンサーを開発する会社です。センサーで測った水分量のデータをインターネット経由で管理し、農地の潅水制御を行うという、いわゆるIoTを行っていました。美容師出身の私が東大の研究室に通い、研究開発を行う日々を送ることになるとは想像もしていませんでした。

内閣府主催の宇宙ビジネスコンテストで受賞

アマテラス:櫻庭さんが天地人社を創業された経緯について教えてください。

櫻庭:2017年にスタートした、内閣府主催の宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster」が大きなきっかけです。JAXAの知り合いから「櫻庭さんも出てみない?」と声をかけられ、おもしろいエンジニアがいるから、と紹介されたのが現COOの百束(ひゃくそく)でした。

初対面で「原宿から来ました」みたいな私服にステッカーだらけのPCを持った百束が現れた時はビックリしましたが、話していると次々と事業アイデアが湧いてきて、あっという間に意気投合し「一緒に出ようよ」と話がまとまりました。

S-Boosterには2017年と2018年の2回参加しました。2017年はファイナリストまで残ったものの受賞には至りませんでしたが、2018年の受賞を機に天地人を立ち上げることになりました。

アマテラス:ちなみに、どのようなビジネスプランだったのでしょうか。

櫻庭:2年とも地球環境や農業に焦点を当てたプランです。SenSproutでの業務を通じ、温暖化などの気候変動が農業に及ぼす影響に危機感を感じていたことや、農家のみなさんの悩みに直接向き合ってきたことが、アイデアの源泉になっています。

農業にとって重要な気象データは、実は入手するのに大変高額な費用がかかります。十円単位で利益を積み上げている農家のみなさんにとっては割に合わない数字です。

ところがS-Boosterへの参加をきっかけに、宇宙ビッグデータを利用すれば、多様な情報がより安価に入手できる可能性があることが分かって来たのです。SenSproutのデータと百束の知見を組み合わせれば、大きなビジネスチャンスがあると直感しました。

2017年は「海の上で農業を」というテーマを選びました。海面は温度が安定しているという特性に着目し、「海上で気象条件の良いところを移動しながら農作物を生産することで、生産量を大幅に伸ばす」というビジネスプランでしたが、残念ながら受賞には至りませんでした。

2018年は天地人が現在も取り組む「宇宙から見付けるポテンシャル名産地」というビジネスプランでチャレンジしました。「海はちょっとやり過ぎだったね」という反省を生かし(笑)、宇宙ビッグデータを条件分析・類似度分析など複数の分析データを重ね合わせることで、地上で最も目的に合った場所を探そうというプランです。

実は私たちの間では「もしかしてつまらない?」という心配をしつつの参加でしたが、蓋を開けてみるとトリプル受賞という結果となり、2019年に起業する運びになりました。

起業時には「誰が社長になるか」という議論がありました。個人的には過去のECサイトの失敗がやや心の傷になっており、自分には社長業が向いていない気がしていたのですが、みんなから推される形で「5年以内にエグジットを目指しても良いなら」という条件で引き受けることにしました。

創業当初にぶつかった、「仲間集め」の壁

アマテラス:創業後の経営者・櫻庭さんがどのような困難を感じ、どのように乗り越えてきたか教えてください。資金、仲間集め、事業立ち上げ、テクノロジーなどさまざまな壁があったかと思いますが、櫻庭さんが最初に突き当たった壁は何でしたか?

櫻庭:資金面の苦労は、実はあまりありませんでした。宇宙関連事業は現在政府が力を入れており、研究開発を含めて恵まれた環境にあります。また、ロケットや衛星と比較すれば、私たちが必要とする資金はそこまでの規模ではないため、一般的なスタートアップと比較すると、潤沢に支援してもらえているほうだと思います。

ただ、衛星データには国境がなく、グローバルなビジネス展開が比較的容易な分野でもあります。そして、世界で戦うにはビジネスのスケールもそれなりに大きいものが求められますし、同時にハイレベルな研究者や開発者の採用も必要となります。

投入した資金規模に比例してビジネスが加速するという意味ではハードウェア開発等と変わりませんので、資金調達計画については常に悩み考えながら進めています。

アマテラス:仲間集めについてはいかがでしたか?

櫻庭:仲間集めのほうが大変でした。S-Boosterで受賞したとはいえ、まだ会社としての実績はないので、最初は本当に人が集まりませんでした。創業後しばらくはフルタイムで入ってもらうことは難しく、最初は知り合いに拝み倒して来てもらったり、大学の研究室からインターンとして週1〜2回来てもらったりするところからのスタートでした。

ただ、私も魂を捧げている会社なので「本当に一緒にやりたい仲間かどうか」については妥協することなく、採用にかける手間を惜しんだことはありませんでした。

ここで働くメンバーは、大企業でバリバリ活躍できるメンバーばかりですが、当社には宇宙ビッグデータを扱う夢のあるビジネスがあることや、JAXAとのパイプがあり新しい情報が得られることなどに魅力を感じて来てくれているのだと思います。

インターンの大学生は、私たちを踏み台にして大企業に羽ばたいていく人が多いのですが、「仕事が物足りなかった」と戻って来てくれるメンバーも意外にいます。なので、私も「行ってらっしゃい、いつか戻っておいで」という気持ちで送り出しています。

国内にロールモデルとなる会社がない不安

アマテラス:創業後、実際に事業を立ち上げるまでには、どのような困難がありましたか?

櫻庭:日本国内にロールモデルとなる会社がなく、「道なき道」を進まざるを得ないことへの不安はずっとありました。「衛星データと技術力はあるけれど、これで何をして飯を食うんだっけ」という感じで。

特に最初の2年ほどはなかなか方針が定まらず、研究開発をしながら「宇宙データをどのように使えば良いか」というコンサルティングベースの仕事がメインでした。労働集約的でスケールできないビジネスモデルでしたが、メンバー全員「今は千本ノックで鍛える時期だ」と考え、コンサルでもサービス提供でもすべて全力で取り組んでいました。

私も情報収集のために人に会いに行ったり、目新しさから声を掛けてくれる会社との打ち合わせにはすべて出席したりと、とにかく少しでも自分たちのことを知ってもらえるならと飛び回っていたことを覚えています。

ようやくPMFが達成でき、「事業が立ち上がった」という実感が出て来たのは意外に最近で、2023年に入った頃からかもしれません。

グローバル展開しやすい事業で、世界との競争に勝つために

アマテラス:宇宙データには国境がないためグローバル展開しやすい事業とのことですが、将来的な世界との競争を念頭に、どのように技術を磨いていらっしゃるのでしょうか。

櫻庭:世界の競合他社の動向や新技術に関する論文等、情報収集は常に行っています。最近は企業から「こんなことはできないか?」とさまざまな相談を受けることもあり、研究者たちがそれらのテーマに沿った海外のサービスや技術を徹底的に深掘りしたりと、常にリサーチを続けています。

最近では、2024年1月に月面着陸に成功したJAXAの小型月着陸実証機(SLIM)についてエンジニアたちが「どういう画像解析で着地したのか」と調べまくっていました(笑)。

調査した情報は、その時役に立たなくても知見の積み重ねとなります。その過去の知見を基に新しい解決策が見つかり、お客様への迅速な技術提供が実現することもしばしばあります。リサーチが大好きな研究者やエンジニアたちは、我が社の貴重な財産だと思っています。

宇宙ビッグデータが持つポテンシャル

アマテラス:天地人社の今後の展望について、詳しく教えていただけますか?また、未来像の実現のためには、現在どのような課題があるとお考えでしょうか。

櫻庭:宇宙ビッグデータには、世界中の多くの課題を解決するポテンシャルがあります。私たちは、将来的にこの宇宙ビッグデータをGPSや天気予報のように、誰でも意識せずに使うことができる環境にしたいと考えており、その実現のために誰もが気軽に使えるプラットフォームのサービスを提供したいと思っています。

会社の未来像としては2030年までにこのプラットフォームで国内トップを取れるくらいの成長を、そして長期的には世界のトップシェアを狙っていきたいと考えていますが、現状は特にグローバルで戦うためのビジネスモデル、メンバー、資金力が不足していると感じます。

また、この業種に限らず海外進出に苦戦する日本企業は多く、念入りな準備が必要です。私たちもまずは国内でのシェアを確立し、次にアジア、ヨーロッパ、アメリカと順次市場を開拓して行く計画で、現在もグローバルメンバーと共に、世界展開を意識しながらさまざまな取り組みを行っているところです。

理想の組織像と、そこに向けた取り組み

アマテラス:櫻庭さんの目指す理想の組織像と、そこに向けた取り組みについて教えていただけますか?

櫻庭:多くの日本企業は上司の許可がないと行動しにくい風潮がありますが、天地人ではそれぞれのメンバーがプロフェッショナルとして自由に行動できる組織を理想としています。

柔軟性や多様性を大切にする組織というのも、私たちが目指す組織像の1つです。2019年5月の創業直後のコロナの大流行により、リモートワークが標準となりました。コロナは収束しましたが、当社は現在でもどこからでも働ける環境を継続しています。

そしてリモートワークの環境が整ったことで、さまざまな国からの人材採用が可能となりました。人材の多様化は新しい刺激や学びのチャンス、働く楽しさにつながります。女性が出産後も仕事が継続できるよう、パートタイム等の環境も整備しており、社員からも大変好評です。

私が常に重視しているのは、みんなのモチベーションを上げられる環境づくりです。働きやすい職場環境は社員のモチベーションを上げ、結果的に良い成果をもたらすと考えています。

アマテラス:櫻庭さんが求める人物像についても伺えますか?

櫻庭:理想の組織を実現するためには、意欲を持って率先して行動できる人材が必要です。積極的に課題を拾いに行き、常に野心を持って「自らの手で社会を変えよう」というマインドで楽しく仕事に向き合える人を求めています。

当社には、優秀かつ成長欲の塊のようなメンバーが数多く在籍しています。そのため、みんなの「あれをやりたい」「こうなりたい」という強い意欲を会社としてさらに加速させられるよう、ボトムアップで意見を取り入れ、環境を整えることが、経営者としての私の大切な仕事です。

誰もが失敗を恐れず躊躇なく手を挙げ、やりたいことに全力で取り組める、この会社はそういう人材にとって最高のフィールドでありたいと思っています。

バックオフィスのスタッフが、エンジニアのミーティングに参加することも

アマテラス:最後に、このタイミングで天地人社に参画する魅力や働き甲斐について教えてください。

櫻庭:私が考えるこの会社の一番の魅力は、オープンな環境が会社全体に根付いていることです。ここには宇宙、気象、地理、マーケティングなどさまざまな専門分野のプロフェッショナルが集まっていますが、あえて縦割りの組織にしていません。横のつながりが活発で、みんなが自由に交流しています。そんな交流の中から新たなプロジェクトが生まれることもあり、それぞれの成長や新しい挑戦につながる良い機会となっています。

また、私たちはすべてのメンバーがいろいろな場所で刺激を受け、自分の興味や可能性を見つけることで楽しみながらキャリアを積んでいく、そんな環境を作ることを大切にしています。

外部の人にはよく驚かれるのですが、天地人ではバックオフィスのスタッフがエンジニアのミーティングに参加したりしています。もちろんその逆もあります。「エンジニアっておもしろそうだな、やってみようかな」といった新たな才能の芽を、会社として全力で育てていきたいと考えています。

将来的には自分で起業してこの会社を離れていく人たちも出てくるでしょう。でも、私自身はこのメンバーと巡り合い、みんなで世界をどう変えていこうかとワクワクしながら働いているこの瞬間を、とても幸せな時間だと感じています。

天地人で働くことは大きなチャレンジになるかもしれませんが、新しい未来を切り拓きたいと思っている方にとっては絶好の場所だと自負しています。そんな環境を求める方にはぜひ天地人に参加していただき、一緒に世界に挑んでいただきたいと思っています。

アマテラス:本日はすばらしいお話をありがとうございました!

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