「辞めた会社に戻りたい」――増える“元サヤ転職”、その魅力と難しさ

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2024年09月12日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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前例のないプロジェクトにアサインした好事例も(画像提供:ゲッティイメージズ)

 今回は「出戻り転職」をテーマにあれこれ考えます。


【画像】出戻りしたいと思ったことはあるか? マイナビがアンケートを取った結果


 まずは、就職情報サイトのマイナビが実施した調査結果を紹介します。転職経験者の3人に1人にあたる32.9%が「過去退職した会社に戻りたいと思ったことがある」と回答しました。理由として多かったのは「育児などの家庭の事情で転職したが、環境が変わった」「退職前に気が付かなかった良い面に気付いた」などで、転職経験者のうち57.5%が退職した会社の人と「連絡を取っている」と答えたそうです。


 出戻り転職、アルムナイ採用、ジョブリターン、キャリアリターン、カムバック制度、退職後再雇用。呼び名はさまざまですが、人手不足解消の手段の一つとして大きく注目されているのが、自己退職した従業員を本人の希望で復帰させる“元鞘雇用”(私はこう呼んでいます)です。


●楽天、キリン、日本郵政も導入――なぜ今“元鞘雇用”なのか?


 楽天、キリンビール、リクルート、日本郵政グループでは、数年前からその制度を取り入れています。また、7月末には三菱UFJが来年度から「原則書類選考なし、年齢制限なし、再入行時の職種の選択あり」というかなり魅力的な条件で、“元鞘雇用”に踏み切ると発表しました。


 元鞘雇用――良いです。とても良い取り組みだと、率直に思います。


 なにせバブルが崩壊した1990年代以降、日本企業が進めてきたのは「人間の顔」をみない経営と、働かせ方です。


 1999年5月、トヨタの奥田碩社長が日経連の会長に就任し「人間の顔をした市場経済」と「多様な選択肢をもった経済・社会」を活動の理念に掲げ、「解雇は企業家にとって最悪の選択。株価のために雇用を犠牲にしてはならない」と企業の安易なリストラに警鐘を鳴らしました。


 しかし、2000年代に入っても企業は「人間の顔」を見ようとしなかった。安い労働力を増やすことで生産性を向上させ、「人の可能性を信じる経営」を置き去りにしてきました。


 社員が積み上げた“経験”は、我が社にとって大切なリソースなのに「経験? そんなもの、使いものならん」と50歳になった途端、一斉に在庫一掃セールにかけ「経験より若手でしょ!」と若手至上主義を強めてきました。


 人によって経験は違うのですから、唯一無二の経験=暗黙知を結集させることが、創造力の土台になるのにそれを蔑ろにし、さらには、育児経験、留学経験を嫌いました。多様性の視点からも働く人それぞれの「仕事内外の経験や役割の蓄積」というリソースは、企業にとって大きなメリットをもたらすのに。灯台下暗しというか、傍目八目といいますか。


 そんな黒歴史の終焉を期待させるのが、元鞘雇用です。人手不足解決の手段としてだけではなく、いったん“我が社の外”に出たよそ者の経験を最大限に生かす組織づくりも徹底してほしいと心から願います。


●しかし、なかなか割り切れない?


 しかし一方で、「転職=訳あり」という古い価値観を引きずっている人もいますし、逆に「1つの会社で働き続けて今の時代に他の環境を知らない罪悪感」を持っているプロパー社員もいるので、元鞘雇用に拒否反応を示す人も少なくありません。


 どれもこれも根っこにあるのは嫉妬心ですから、放っておけばいいのかもしれませんが、そうそう簡単に割り切れないのも「人間の性」です。


●某大手企業の営業Aさん


 元鞘雇用で復帰した経験を持つAさん(40代後半、男性)も、以前はプロパー社員の壁に苦悩した一人でした。


 某大手企業の営業だったAさんは、38歳の時に上司が変わったことがきっかけで転職。それまで営業としてバリバリがんばっていた彼にとって、予想外の出来事でした。


 多分、彼(新しい上司)も私のことが嫌いだったと思いますよ(笑)。ことごとく無視されましたからね。しかも、完璧なまでの数字至上主義者で結果しか見ない人だった。前の上司はプロセスをきちんと定性的に評価してくれたので、新しい顧客を開拓することができました。だから余計にきつくてね。


 リーマンショックなどもあって、終電、休日出勤は当たり前、何をやってもうまくいかない感じがしてね。結構、ギリギリでした。


 ただ、辞めたのは過重労働が原因じゃない。上司です。ある日、何かが自分の中でプチンと切れてしまったんです。翌日には辞表を出しました。上司は理由も聞かず「あ、そう」って。おかげで、踏ん切りがついて、晴々とした気分で辞められました。


 こうした経緯で新卒から務めた会社を去ったAさんですが、数年後に元鞘雇用で元の企業に戻ることになります。Aさんはその時の心情をこのように話しました。


 そんな自分が出戻りすることになって、随分と悩みました。自分なんかが戻ってもいいのか、と。


 きかっけは、辞めた後も同期とはたまに飲みに行っていて、その時に「カムバック制度ができたから戻ってこい」と言われたことでした。なんだかそれがうれしくて。散々悩んだけど、やっぱり会社が好きだったんでしょうね。しんどいことは300%ある、あって当たり前だって、自分に言い聞かせて、覚悟して出戻りました。


 それが結果的に良かった。快く出迎えてくれた社員は想像以上に多かったけど、特に難しかったのが、プロパーの先輩社員との関係です。あからさまに嫌な顔をされたり、新しい提案をしても無視されたり。でもね、そこは自分でなんとかするしかないので、一兵卒のつもりで新人の時にやったことをやりました。


 早めに出勤して社内の掃除やらゴミ捨てをやりながら、周りの人の顔や名前や、何がどこにあるかも覚えるようにしました。そうしているうちに一緒にやってくれる人が出てきてくれて、プロパー社員たちの目も変わりました。結局、仕事って人間関係だし、人間関係は自分でどうにかするしかない。自分からドアを開けて、耕すしかない。それが結果的に、自分の評価につながるんです。


 出戻りして4年が経ったA氏は、今では若手だけじゃなくシニア社員からもキャリアの相談を受けると「迷わず、いち、にの、さーんで飛び出せばいい。一度会社を出ると、古巣の良さがわかることも多いですから」とアドバイスしているそうです。


 いずれにせよ、A氏の経験は人間関係の難しさを物語るものでした。


 辞める原因も人間関係なら、続ける背中を押すのも人間関係。元鞘雇用を成功させるのに必要なのは、「私」の半径3メートル世界の他者と質の良い関係を具体的に動いてつくる他ありません。


●求められる「組織社会化」


 それは組織内における自分の居場所を確立するために必要なプロセスである「組織社会化」を成功させることを意味しています。


 組織社会化はよく新入社員の適応に対し用いられる理論ですが、転職や再雇用、元鞘雇用でも組織社会化の成功が大きな鍵を握っています。


 新入社員の組織社会化の最大の課題が「役割の獲得」であるのに対し、熟練したキャリアでの再社会化は「良好な人間関係の構築」です。


 「所詮、出戻り」と陰口を言われないように、一刻も早く自分の存在価値を知らしめたい気持ちは分かりますが、どんな能力があろうとも周囲といい関係がない限り、その能力が生かされることはありません。


 一方、新規加入する“出戻り”を受け入れるメンバーたちは「自分たちを大切に扱ってくれるだろうか?」「自分たちにどんな利益をもたらすのだろうか?」「本当に信頼に値する人物なのだろうか?」と不安を感じているので、新参者の一挙手一投足に注目します。


 そういった不安を消すには、「私」が動くしかありません。


 つい、私たちは人から信頼されることばかりを考えてしまうけど、人は信頼されていると感じるからこそ、相手を信頼する。そして、その人の人間的魅力、価値観、誠実さや勇気、明るさや謙虚さ、やさしさなどを肌で感じると、「力になりたい」「一緒になにかやりたい」と心の距離感が縮まっていきます。


●経営に求められるのは「相乗効果を生む」視点


 一方、企業側は「“出戻り”を受け入れるメンバーたち」の不安を消し、出戻り社員の組織社会化を促す対策を取るべきです。


 具体的に求められるのは、以下の取り組みです。


・出戻り社員と仕事をすることで期待できるメリットを話し合う


・出戻り社員のメンター役に若い社員を付ける


 その上で、企業のトップは「我が社ならでは取り組み」を考える必要があります。


 私が取材したある企業では、新しいプロジェクトを立ち上げ、そこに出戻り組とプロパー組を数人ずつアサインしました。新しいプロジェクトで、前例を気にする必要がないため、出戻り、プロパーに関係なく、目標を達成する必要性に迫られます。


 「ポイントは前例がない点です。好き勝手にやっていい。あとは経営側が責任を取ると任せました」(当該企業の社長)


 「元鞘雇用=人手不足解消」と考えずに、「相乗効果を生む」ことをゴールに元鞘雇用を続けてください。


 どんなにいい新制度を会社が作っても、その制度の恩恵を授かった「人」も、そこで働く「人」も、「変わらない」限り、働く人にとって「良い制度」にはなり得ませんから。


●河合薫氏のプロフィール:


 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。


 研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。


2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。



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