小田急「ロマンスカー新型車両」が登場へ これまでの“常識”を飛び越えられるか

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2024年09月14日 09:31  ITmedia ビジネスオンライン

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小田急の新型ロマンスカーはどうなる?

 2024年9月9日、小田急電鉄は新型ロマンスカーの設計に着手したと発表した。ただし報道向け資料に示された情報は少ない。


【その他の画像】


・2028年度の運行開始を目指す


・車両の内外装のデザインは、COA 一級建築士事務所が担当する


・車両の設計は、日本車輌製造が担当する


・新車両は、30000形ロマンスカー「EXE」の代替である(ただしリニューアル工事を実施した編成「EXEα」を除く)


・新車両は、50000形ロマンスカー「VSE」の後継である


・今後は随時、特設サイトでの情報発信を検討する


 これだけだ。ニュースで伝えるには十分だ。しかし新型車両の公表は、実物写真や完成予想図の添付が通例だ。今回はそれがないから、新型車両のイメージはさっぱり分からない。鉄道ファンはこのニュースに沸き立ち、予想合戦を繰り広げている。これだけ話題になれば小田急のロマンスカーというブランドにとって大成功だ。


 小田急電鉄の株価は9日から10日にかけて上昇したけれども、11日には戻った。出来高も小さい。資本家にとっては「鉄道事業者が古い車両を新しい車両に取り替える」という“当たり前”のニュースだ。乗客数が大幅に増えるという確証がない限り、その投資が適切か否かという判断しかない。もし報道資料の中に「訪日観光客拡大に対応するため」「当社のテリトリーである伊豆箱根地域の観光客誘致の核として」とあれば、もう少し値動きがあったかもしれない。


 趣味的な意味での車両デザインはさておき、今回は「新しいロマンスカーが小田急電鉄にとってどんな役割を担うか」を考えてみたい。


●“代替”される30000形ロマンスカー「EXE」は異端児だった


 1996年に登場した30000形ロマンスカー「EXE」は、小田急電鉄にとって転機となる車両だった。なぜなら、ロマンスカーの特徴である「展望座席」を持たなかったからだ。


 1963年に登場した3100形ロマンスカー「NSE」以来、1980年に登場した7000形ロマンスカー「LSE」、1987年に登場した10000形ロマンスカー「HiSE」も先頭車に展望席がある。先頭車両の運転席を2階に上げて、1階の眺望を確保する。ロマンスカーといえば誰もが思い浮かべる仕掛けだ。


 1991年に登場した20000形ロマンスカー「RSE」は、運転席を1階に置いたけれど、逆に客席をハイデッキ構造とした。運転席越しに前方、あるいは後方の眺望を楽しめた。さらに中間車の一部を2階建て構造として車窓を楽しむ工夫をした。


 ロマンスカーといえば展望席。それが「EXE」にはない。これには賛否両論があるが、鉄道ファンから特に嫌われた。鉄道趣味団体の「鉄道友の会」が投票で選ぶ「ブルーリボン賞」も「ローレル賞」も与えられなかった。ほかに特筆すべき車両があるわけではなく、この年のブルーリボン賞は「該当なし」だった。


 しかし、実用面は評価されて「グッドデザイン賞」に選ばれている。


●観光以外の需要を開拓した「EXE」


 ロマンスカーの代名詞ともいえる展望席を、なぜ「EXE」は採用しなかったか。そこには、ロマンスカーの需要の変化があった。もともとロマンスカーは新宿〜小田原間のノンストップ列車だったけれども、1966年に需要掘り起こしのため、向ヶ丘遊園と新松田に停車する「さがみ」を設定した。どちらも遊園地や御殿場方面の観光を意識した列車だったけれども、通勤や通学などで利用する人がいた。


 そこで1967年から、従来は認められなかった「定期券利用者の乗車」を解禁した。さらに、小田原線内で町田のみに停車する「あしがら」が設定されると、ますます通勤、通学、買物客の利用が増えていく。混雑する通勤電車より着席して移動したいという需要を開拓した。


 1990年代に入り、30年以上も走り続けた3100形「NSE」を新車に置き換えるとき、小田急電鉄は「観光客以外のお客さまにも最適なサービスを提供しよう」と考えた。観光目的ではないから展望席はいらない。3100形以降のロマンスカーは速度を重視して、小型車両の間に台車を置く「連接車体」を採用していた。30000形EXEは大型車両の両端に台車を置き、その代わり定員を増やし、座席間隔も拡大した。


 展望席をなくす代わりに先頭車両に貫通扉を設置して、10両編成を6両編成と4両編成に分割できる仕組みを採用した。相模大野で分割、併合し、新宿〜小田原間、新宿〜片瀬江ノ島間、それぞれの需要に対応した。ロマンスカーに通勤需要があるとしても、従来の観光客需要ほどとは考えていなかったようだ。


 「EXE」は1998年までに4編成が製造されて、3100形と交代した。この当時、ロマンスカーは展望席付きの7000形「LSE」、10000形「HiSE」、2階建て20000形「RSE」を合わせて10編成の観光タイプがあり、「EXE」は少数派だった。しかし、追加で3編成が製造されて合計7編成になると、ロマンスカー車両の最大勢力になった。


 30000形「EXE」は、フル編成のときに他のロマンスカーに比べて輸送力が大きい。編成を分割すれば需要の変化にも対応できる。つまり「EXE」は便利なロマンスカーだ。鉄道ファンに嫌われても、乗客には好評だ。そもそも展望席の数は少ないし、中間車に乗るほとんどの客には関係ない。むしろ座席間隔が広い「EXE」のほうが好まれる。


 ロマンスカー利用者数は、鉄道趣味誌によると1987年に1100万人だったところ、2003年には1400万人になったという。つまり、300万人の新規需要を獲得したといえる。


 2018年から「EXE」の7編成のうち製造年の早い5編成がリニューアル工事、つまり延命処置を受けて「EXEα」になった。もともと歴代ロマンスカーたちは30年前後活躍していたから、20年目の延命工事は妥当だ。そのまま残り2編成もリニューアルするかと思ったら、これは2028年までに引退し、2028年に登場する新たなロマンスカーと「代替」する。


 この“代替”が、「特急編成総数の帳尻を合わせる」という意味であれば、その用途は30000形のような「通勤・通学・買物客用」とは限らない。


●50000形ロマンスカー「VSE」登場と早期引退


 2028年に登場する新型ロマンスカーは、50000形「VSE」の後継とされる。


 2005年に登場した「VSE」は、「白いロマンスカー」として知られている。展望席付きの観光車両だ。この車両には「観光客需要の再開拓」という使命が与えられた。


 箱根方面行きロマンスカーは、1987年に550万人の利用者がいた。しかし2003年には300万人に減少したという。ロマンスカー全体の利用者数は1100万人から1400万人に増えたけれども、箱根方面の特急利用者が減っていた。その減少分を「EXE」が補っていた。つまり「EXE」の効果は300万人ではなく、箱根方面で減った250万人を補った550万人だったわけだ。この損失がなければ、2003年のロマンスカー利用者数は1650万人になるはずだった。


 1987年のロマンスカーは、すべて展望席付きで12編成あった。しかし2003年では、展望席付きロマンスカーが8編成で、7編成が「EXE」だ。「EXE」は箱根方面にも投入されたけれども、実はこれが不人気だった。ビジネスライクな仕様と外観が嫌われた。ロマンスカーといえば展望席で、流線型のカッコ良さだった。観光客は展望席に座れなくても、展望席付きのロマンスカーを選んでいた。この傾向は親子連れに顕著だったという。鉄道車両の外観は「乗りたくなる仕掛け」でもあった。


 2001年にJR東日本が湘南新宿ラインの運行を始めると、新宿〜小田原間に「JRのグリーン車」という選択肢が生まれた。いままで新宿でロマンスカーに乗り換えてくれた客を奪われる形になった。この対抗策として、小田急電鉄は2008年に地下鉄対応で編成分割も可能な青いロマンスカー60000形「MSE」を投入する。相互直通運転を実施している東京メトロ千代田線に乗り入れ、「メトロはこね」「メトロえのしま」を運行している。


 一方で、ロマンスカーには新たな問題が発生した。製造から20年を経過した10000形「HiSE」を使い続けられなくなった。リニューアル工事を実施すれば、あと10年は使えるはずだった。しかし2000年にバリアフリー法が制定された。鉄道車両を新造、あるいは大規模な改造をする場合は座席を一定の比率で車椅子に対応させる必要がある。ハイデッカータイプの「HiSE」では対応が不可能だった。


 ロマンスカーの人気を維持するためにも、展望席付き編成の数を維持する必要がある。しかし「HiSE」は使えない。そこで作られたロマンスカーが50000形だった。「白いロマンスカー」は、展望席車両の再来として話題になった。ところが、この「白いロマンスカー」も誕生から19年という短命で引退する。延命するため老朽化を補うリニューアル工事をしたいところだけれども、アルミ製車体は鋼製車体に比べて加工しにくい。連接車体という特殊構造のため故障時の機器交換に手間を要したからだ。


 2028年に登場予定の新しいロマンスカーは、この「白いロマンスカー」の「後継」とされている。箱根行き観光需要の維持という点で、展望席は必須だろう。


●“仮称”80000形への期待


 2018年にオレンジ色のロマンスカー70000形「GSE」が誕生し、展望席付きロマンスカーは「VSE」と合わせて4編成になった。ところが「VSE」は2023年に引退したため、現在の展望席付きロマンスカーは「GSE」の2編成のみとなった。いまや箱根特急のほとんどが「EXE」になってしまった。ロマンスカーのアイデンティティーの喪失だ。編成数維持の面からも、2028年に登場する新型ロマンスカーは展望席必須といえる。


 しかし、“50000形「EXE」の代替”という言葉も気になる。「EXE」の特徴は編成分割だ。展望席付き編成分割対応の姿は、地下鉄対応で編成分割可能なロマンスカー60000形「MSE」の先頭車を展望席付きにするイメージだろうか。いまや「MSE」も5編成あり、箱根行き特急にも使われている。その便利さを引き継ぐ必要はあるだろうか。


 おそらく「80000形」という形式名が与えられる新型ロマンスカーの役割は、再び失われそうなロマンスカーの魅力回復にある。展望席は必須だけれども、それが先頭車になるか、あるいは20000形「RSE」のような2階建て車両になるか。2階建てなら分割編成にも対応できる。


 あるいは東武鉄道の「スペーシアX」のような個室中心の豪華タイプになるかもしれない。東京近郊観光地として、箱根と日光はライバルだ。東武鉄道は編成分割対応の「リバティ」と非分割個室付き「スペーシア」「スペーシアX」の2系統で運用していて、これは小田急電鉄の「EXE」と「GSE」の関係に似ている。


 80000形(仮称)は、箱根の魅力を最大限に引き出すために「ロマンスカーX」になる必要がある。いままでのロマンスカーの「常識」を飛び越えてほしい。


(杉山淳一)



このニュースに関するつぶやき

  • リゾート風味が皆無のEXEの置き換えに、過去イチのリゾート感を持ったVSE後継車を当てるって…いや、いいんだけどね。連接車にするのかな。
    • イイネ!10
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