男性の育休取得率が年々上がっています。2023年度の取得率は前年から13ポイント増え、過去最高の約30%に。職場によって温度差が見られるものの、男性社員が「育児休業を取得します」などと言えば、「おいおい、冗談だろ?」と笑われた時代は、過去のものになりつつあります。
ただ、女性の育休取得率は8割以上と、まだまだ男女差は歴然です。この数字の乖離(かいり)は、男性のさらなる育休取得が必要であることを物語っています。
誰が家事や育児をするかといった役割分担は、家庭ごとに最適解が異なるのも事実です。育休を取得する男性は良くて、取得しない男性は悪い――などと一概に言えるものではありません。
とはいえ、全体の傾向としては家事や育児など、家庭に携わる工数は女性に偏っています。政府が力を入れる男性の育休取得促進は、この男女差を埋めるための施策の一つです。では、育休を含め男性が家庭に携わっていくほど、望ましい状態になるのでしょうか。
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実は、夫婦で家庭の仕事は分担できても、職場の仕事量が一向に減らず、家庭と職場の総工数はむしろ増えてしまう――といった、おかしな状況に陥る現象が起きています。一体、どういうことなのでしょうか。
●減らない業務、上乗せされる「家庭の役割」
近年、男性の育休取得率は劇的に変化しています。「雇用均等基本調査」を見ると、2013年に約2%だった数字が年々上昇し、2020年には2桁となる約13%に。2023年は30.1%と、10年で取得率は15倍に増えました。
政府が発表した「こども未来戦略」によると、民間企業の男性育休取得率目標は2025年に50%、2030年に85%となっています。10年ほど前の状況を考えるとかなりチャレンジングな数字にも見えますが、ここ数年の勢いを踏まえれば十分可能性のある数字です。
ただ、男性の育休取得の内実を見てみると疑問がわいてきます。先ほどの雇用均等基本調査から2023年度の育休取得期間を比較すると、女性は「10カ月以上」が75.9%であるのに対し、男性は2.7%にとどまります。
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一方「1カ月未満」で比較すると女性は1.2%なのに対し、男性は58.1%と過半数に及び、「5日未満」だけで15.7%います。育休取得は1日だけでもカウントされるので、数字をつくるだけなら子どもが生まれた後に取得した有休を育休と称するだけで、50%どころか100%であってもすぐに達成できるでしょう。
男性の育休取得期間が短いとはいえ「5日未満」は2018年度:36.3%、2021年度:25.0%、2023年度:15.7%――と顕著に減少しています。平日のスーパーをのぞいてみても、ここ数年で男性の買い物客は何倍にも増えた感があります。
男性が家庭の役割をこなす比率が増えている一方、決して仕事は楽になっているわけではありません。夫からすると、目いっぱい働いているにもかかわらず、そこに家庭のことまで上乗せされて日々の生活に費やす工数が増えているということです。
●気付かれにくい「ステルス負担」
夫だけではありません。妻の方はもっと前から工数が上乗せされてきていました。「2024年版 男女共同参画白書」によると、共働き世帯と専業主婦世帯の数は1990年ごろを境に逆転し、30年超の間に共働き世帯が専業主婦世帯のほぼ3倍に増えています。いまや大半の家庭で、家庭のことにプラスして、パートなどの仕事にかかる工数が妻に上乗せされているということです。
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以前書いた「『もっと働け』と強いる“女性活躍推進”のむなしさ 男女の格差なぜなくならない?」でも解説しましたが、共働き世帯の総工数は専業主婦世帯における家庭内の総工数と比較して、仕事工数が上乗せされた分多くなります。もちろん、家庭によって差はありますが、妻が家庭の仕事をワンオペで担当し、かつ共働きのモデルケースを数字で表すと、以下のように生活にかかる総工数は200から250へと増えます。
妻がワンオペしている家庭では、パート勤務などと掛け持ちする形で増えた工数を妻がほとんど負ってきました。そんなワンオペ状態から脱却し、夫とシェアしようとしつつあるのが現在の流れです。ただ、そうすれば妻の工数は緩和されるものの、夫の工数が増えるので夫婦の総工数は250のまま変わらず、専業主婦世帯のころの200に戻るわけではありません。
夫婦共働き化が進む中で上乗せされたはずの工数50の状態がいつの間にか当たり前となると、気付きにくい「ステルス負担」として定着していきます。
一方で、物価は年々上昇しており、生活するためには収入を維持していかなければなりません。「2023年 国民生活基礎調査の概況」を確認すると、児童がいる世帯の年収は2013年から2022年の間に696万円から812万円へと116万円も増えています。
切りよく800万円だとして、夫一人でこれだけの収入が得られれば、妻が家庭に専念して生活ができます。妻が働き、夫が専業主夫というケースもありますが、いずれにせよ専業主婦・主夫世帯であれば、生活にかかる工数は仕事専業100と家庭専業100を合わせて200に収まります。
しかし、それが難しい場合は夫婦共働きで800万円の収入を得る必要が出てきます。扶養枠内で働く妻が夫の半分程度の工数、勤務時間に当てはめるなら1日4時間程度パート勤務して100万円の収入を得た場合、夫の収入が700万円なら合計800万円に到達します。
とはいえ、この場合の総工数は妻側に仕事工数50が上乗せされるので250です。また、700万円の収入を得るのも簡単ではありません。国税庁の「民間給与実態統計調査」によると2023年に700万円超の人は15.9%。平均給与は460万円です。
仮に夫の収入が460万円であれば、妻が340万円の収入を得ないと800万円になりません。340万円の年収は、時給1500円で週5日8時間働いたとしても届かない数字です。
それならば、夫婦が共に正社員として働いて400万円ずつ収入を得て、家のことも完全に半々にしたらどうでしょうか。すると、仕事工数が夫婦ともに100となるため、下図のように総工数が300に増えてしまいます。つまり、ステルス負担が50から100に膨れ上がるということです。
●育休取得率だけに目を奪われてはいけない
女性活躍が推進され、仕事も家庭も夫婦が半々で担うケースは、今後の標準パターンの一つになりつつあります。しかし、夫婦が150ずつの工数を担って総工数300という生活は大変です。中にはそれが出来てしまうタフな夫婦もいるかもしれません。
ただ、そんな特別な能力を持つ人が「私ができたのだから、あなたもできる」などと言い放っては、周囲の人を追い込むだけです。誰もが無理なく生活できる状態を実現するには、夫婦が担う工数が100ずつになるよう抑える必要があります。例えば以下のように、仕事工数70、家庭工数30に配分するという具合です。
ただし、この場合はこれまで仕事にかけてきた7割の工数で400万円の収入を得る必要が出てきます。1日8時間勤務を100と見なすなら、5.6時間の勤務で400万円の収入を得る計算です。週5日働く場合、時給換算すると3000円弱になります。石破首相は2020年代のうちに最低賃金1500円を目指すと言っていますが、このモデルだとその倍近い生産性の実現が必要です。
またこのモデルの場合、家庭にかける工数は夫婦合わせて60になります。40減らさなければなりません。そのためには「食事は、毎回一汁三菜」などとこだわらず、買ってきた総菜や冷凍食品で済ませる日があっても良しとしたり、2〜3日に一度は行っていた部屋の掃除を週に一度に減らしたり、それを家族が受け入れるといったことも必要になります。家事代行を頼んだり、親世帯との同居などといった選択肢も入ってくるかもしれません。
それら“家周り改革”については、各家庭が自力で取り組めることです。工夫次第では家庭工数を50や30に下げることも可能かもしれません。一方で、賃金の時給単価を上げる生産性向上については、職場での取り組みに委ねられます。
男性が育休を取りやすい機運が生まれ、取得率が上昇してきているのは素晴らしいことです。しかし、共働き世帯でステルス負担が膨らむにつれて増える夫婦の総工数を考えると、男性育休取得率などの数字にばかり目を奪われず、家周り改革と職場の生産性を高める働き方改革を両輪で回す必要があるのではないでしょうか。
著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総研』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ約50000人の声を調査したレポートは300本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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