知財高裁は10月30日、人気特撮映画「シン・ゴジラ」の立体商標について、登録を認めなかった特許庁の審決を取り消しました。
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この訴訟は、東宝が2020年9月、映画「シン・コジラ」に登場する第4形態のゴジラの立体商標を第28類の「縫いぐるみ、アクションフィギュア、人形 、その他のおもちゃ」の分野で特許庁に出願したところ、特許庁が登録を認めず、今年3月の審決でも不服申し立てを退けたため、東宝が今年5月、審決の取り消しを求めて提訴していました。
特許庁側は、ゴジラの形状について、「恐竜をモチーフにした想像上の動物をかたどった類型の範囲」などとして、「特定の者に独占させることは公益上の観点」から適切ではないとしていました。
東宝側は「シン・ゴジラの立体的形状は、一般消費者において容易に識別可能」として、「頭、手足、背びれ及び尾を有する恐竜あるいは想像上の動物」と抽象的に一括りにされるべきものではない」と訴えていました。
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では、知財高裁はどのように判断したのでしょうか。知的財産権に詳しい岩永利彦弁護士に判決のポイントを聞きました。
——特許庁はどういう理由で、東宝の商標出願を認めていなかったのでしょうか。
まず前提として、本件は分割出願であることに注意してください。
つまり、もともとの親出願があり、本件で問題となった「2020年9月、映画『シン・コジラ』に登場する第4形態のゴジラを立体商標を第28類の『縫いぐるみ、アクションフィギュア、人形 、その他のおもちゃ』の分野で特許庁に出願」したもの(商願2020-120003。本願)は、その親出願を分割した、いわば子出願です。
ですので、もともとの親出願(商願2019-131821)はどうなっているかというと、とっくの昔に登録されています(登録6312530。登録日、2020.11.5)。
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もちろん、親出願も立体商標です。要するに、4年も前にシン・ゴジラ第4形態の立体商標はすでに登録されているのです。本来、大騒ぎするなら、初めて登録になった4年前に大騒ぎすべきだったと言えるでしょう。
ただ、この親出願の方は、指定商品等が、9類「救命用具、消火器など」、16類「事務用又は家庭用ののり及び接着剤、紙袋など」、25類「スウェットシャツ、スウェットパンツなど」、28類「業務用テレビゲーム機、その他の遊園地用機械器具など」(当然「縫いぐるみ、アクションフィギュア、人形 、その他のおもちゃ」は除かれています)、41類「技芸・スポーツ又は知識の教授、セミナーの企画・運営又は開催など」になっています。
これらの指定商品等の場合、商品又はサービスに本件の商標を使用すると(例えば、包装や広告をシン・ゴジラ第4形態の形状とすることが考えられます)、非常にキャッチーで訴求力もあり、ああゴジラの東宝さんの商品等を示しているのかなあと思わざるを得ませんよね。これを難しい言葉で言うと「識別力」がある、と言います。その商標を見て、どこどこだれだれの商品・サービスだと識別できるということです。
しかしながら、分割した第28類の「縫いぐるみ、アクションフィギュア、人形 、その他のおもちゃ」に、本件の商標を使用するとどうでしょうか? 親出願の拒絶理由には「同種の商品がその形状として採用し得る立体的形状の範囲を超えているとはいえないものですから、これを前記指定商品に使用しても、これに接する取引者・需要者は、その商品の形状を表示したものと認識するにとどまるというのが相当です」とありました。
つまり、「一見ただの怪獣の縫いぐるみ、アクションフィギュア、人形そのもの……に過ぎないように見えますよね?」ということが、特許庁の懸念、つまり拒絶理由通知だったのです。
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そのため、東宝は、親出願から、第28類の「縫いぐるみ、アクションフィギュア、人形 、その他のおもちゃ」を除いて、それを別の子出願とすることにより、親出願を早めに権利化したのです。
——「識別力」があるかないかということがポイントになるんですね。
はい。特許庁の判断の根拠になったのが、商標法3条1項3号の条文です。
「三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」
この条文は、説明的な商標は登録できないとする条項です。
例えば、自動車という商品の商標で「スピード」や、スパゲッティという商品の商標で「超美味い」のようなものです。これだとその商品の中身をただ説明しているだけと言えますので、あそこのメーカーの商品だとかが区別できない(識別力がない)から、登録できませんよ、そういう条文です。
ですので、親出願から分割した子出願も、この商標法3条1項3号で再度拒絶されました。怪獣のフィギュアという商品の商標(立体商標ですが)で、「怪獣の形態」にしただけじゃないか(拒絶理由の言葉を借りると「その商品の形状を表示したものと認識するにとどまる」というものです)、ということでした。
——今回の判決は、「商標法第3条2項」を審決取り消しの根拠にしています。これはどういうものなのでしょうか。
まずは、商標法第3条2項の条文です。
「2 前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる」
さきの例を用います。自動車という商品の商標として「スピード」を付したメーカーが、粘り強く営業をかけ、テレビCMもうち、自動車雑誌やインフルエンサーにも働きかけ、もはや自動車の業界で、「スピード」と言えば、あそこのメーカーのあの車種だ、大ヒットして僕も私も「スピード」が欲しい、あの車が欲しいのだ!となったらどうでしょうか?
こうなったら、他のメーカーの商品(自動車)と識別できるようになったと言えるのではないでしょうか。そのような場合、「よくやりましたね登録OKです」としてもいいですよね。それが上の3条2項です。
実は、東宝はすでに、特許庁の審査段階からこの3条2項の主張はしていました。
しかしながら、特許庁の方は、「使用商品の販売数、売上等は確認できません。また、使用期間が一時的であり、現在使用されている事実も確認できません。加えて、アンケートの結果等の需要者の本願商標の認識の程度が客観的に分かる資料の提出もありません」、「仮に映画の分野において当該形状が「シン・ゴジラ(の第4形態)」であると認識されているとしても、本願指定商品の分野において認識されているということはできません」、「本願指定商品の分野における、本願立体形状の著名性は確認できません」とケンモホロロでした。
さらに、東宝は、訴訟の前に特許庁に対して審判の請求もしています。しかしながら、やはりその審判でも東宝の主張は受け入れられませんでした。不成立審決ということでした。
——では、結局、知財高裁が特許庁の審決を取り消したのは、どのような理由でしょうか。
まず、知財高裁も商標法3条1項3号に該当することについては審判の判断を容認しました。つまりは原則として識別力はないと判断したのです。
判決を抜粋してみます。
「こうした造形は、際立った特徴を有するものであっても、『縫いぐるみ、アクションフィギュア、その他おもちゃ、人形』としての機能又は美感上の理由から選択されたと解されるものであって、換言すれば、怪獣又は恐竜に係る商品自体の形状として採用されたにすぎないと認識されるものである。
本願商標の立体的形状に係る本件特徴も、世上一般的にみられる、恐竜や怪獣をかたどった立体的形状が有する上記特徴と本質的に異なるものではなく、指定商品に係る商品の形状そのものの範囲を出るものとまで認めることはできない。
そうすると、本願商標は、『縫いぐるみ、アクションフィギュア、その他おもちゃ、人形』という本願の指定商品の機能や、美観の発揮の範囲において選択されるものにすぎないというべきであり、商標法3条1項3号に該当する 」
自動車の「スピード」商標と、何ら変わることはない、そういうことですね。
ただし、3条2項については、特許庁の審判と様相が異なりました。知財高裁は、判断枠組みを以下のように設定します。
「……シン・ゴジラの立体的形状は、それ以前のゴジラ・キャラクターと比較して、頭部が小さくなり、前脚(腕)の細さが一層際立つ一方、尻尾はより太く長くなっているなど、全体のプロポーションに違いが生じているほか、背中から尻尾にかけての部分を中心に赤みがった色彩が加わっている等の違いがあり、被告が主張するとおり、両者を同一(実質的に同一)と認めることは相当でない。
しかし、商標法3条2項の『使用』の直接の対象はシン・ゴジラの立体的形状に限られるとしても、その結果『需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる』に至ったかどうかの判断に際して、『シン・ゴジラ』に連なる映画『ゴジラ』シリーズ全体が需要者の認識に及ぼす影響を考慮することは、何ら妨げられるものではなく、むしろ必要なことというべきである」
つまり、被告の特許庁としては、「シン・ゴジラ」なんだから、「シン・ゴジラ」として使用された結果、どれだけ世間に浸透しているのかを見るべきだ!(狭い範囲での浸透度を見よ!)と言っているわけです。これはこれで妥当な話だと思います。
他方、原告の東宝としては、昭和29年以来の長い伝統のあるゴジラなんだから、狭い範囲だけではなく、長い伝統を持つゴジラ、そういう広い範囲での使用として見て欲しい、こういう主張をしていたのですね。こちらも流れ的には当然のことでしょう。
で、知財高裁がどう判断したかというと、上記のとおり、「商標法3条2項の『使用』の直接の対象はシン・ゴジラの立体的形状に限られるとしても、その結果『需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる』に至ったかどうかの判断に際して、『シン・ゴジラ』に連なる映画『ゴジラ』シリーズ全体が需要者の認識に及ぼす影響を考慮することは、何ら妨げられるものではなく、むしろ必要なことというべきである」と言っているのですから、被告の特許庁には多少気を使っておりますが、結局東宝の意見を取り入れたと言って良いでしょう。
こうなると、長い伝統つまりは長い使用期間を認めたに等しいのですから、もう結論は一つですね。
その結果、知財高裁は、次のように結論づけました。
「以上を総合すれば、本願商標については、その指定商品に使用された結果、需要者である一般消費者が原告の業務に係る商品であることを認識できるに至ったものと認めることができる」
——なかなか複雑な判決でしたね。その影響を教えてください。
今回の判決では、「…だから…なのだ」というようなはっきりとしたロジックはないように思えます。
また、被告特許庁の主張に対しても、知財高裁は「……原告の主張立証の逐一を論難するが、ゴジラ・キャラクターの圧倒的な認知度の前では些末な問題にすぎず、上記(2)の判断を左右するものとはいえない」と排斥しています。しかし、これでは、みなまで言わせるな、そこは忖度せえ、と言っているに過ぎないように思えます。 結局、特許庁の懸念は、圧倒的な伝統的ゴジラの認知度の進撃の前にまさに破壊されたというのが私の印象です。
個人的にはシン・ゴジラ第4形態の立体商標の登録でバンザイ!という風には思えない所もあります。
親出願での指定商品だったら、別に構わないと思うのですが、今回の第28類の「縫いぐるみ、アクションフィギュア、人形 、その他のおもちゃ」の指定商品への立体商標だと、そのものに過ぎない感が出てきます。
それがなぜ懸念されるかというと、商標で保護されてしまうと半永久的に保護されるからです。
著作物だと著作権法で、映画の著作物の場合、「公表後70年」で著作権がなくなる旨規定されています(著作権法54条1項)。ゴジラは今年でちょうど70周年ですので、今回の知財高裁の結論は偶然ではないような気もします。
特許法で保護される発明もそうですが、すべての創作物は先人の歩みの上に成り立っております。ですので、その先人の歩みの上に立つことが許されないとなると、創作や開発を邪魔し阻害してしまうことになります。特許庁の懸念も実はそういう所にあったのではないでしょうか。私も同様に思います。
【取材協力弁護士】
岩永 利彦(いわなが・としひこ)弁護士
ネット等のIT系・ソフトウエアやモノ作り系の技術法務、知的財産権の問題に詳しい。メーカーでのエンジニア、法務・知財部での弁理士を経て、弁護士登録した理系弁護士。著書「知財実務のセオリー 改訂版」及び「エンジニア・知財担当者のための 特許の取り方・守り方・活かし方 (Business Law Handbook)」好評発売中。
事務所名:岩永総合法律事務所
事務所URL:https://www.iwanagalaw.jp/
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