夫以外の子を産み、夫には知らせずに夫とともに育てていく「托卵(たくらん)」を描いたドラマ『わたしの宝物』(フジテレビ系、木曜よる10時〜)。話題の作品を、夫婦関係や不倫について著書多数の亀山早苗さんが読み解きます(以下、亀山さんの寄稿)。
◆同級生との“再会”を境に、人生が変わってしまった
「托卵」をテーマにしたドラマ『わたしの宝物』(フジテレビ系)が、SNSをにぎわせている。登場人物それぞれの恋心と心理が浮き彫りになることによって、神崎美羽(松本若菜)がどんどん窮地に追いつめられていく感がある。
現在4回目までオンエアされたが、ドラマが大きく変わったのは中学時代の後輩で、特別な思いをもっていた冬月稜(深澤辰哉)と関係をもったところからだ。その日は同時に夫・宏樹(田中圭)にも無理強いされたばかり。そして美羽は妊娠する。仕事でのストレスをすべて美羽にぶつけていた宏樹は、ある喫茶店のマスターに出会うことによって自らの働き方や美羽との関係を振り返り、徐々に変化していく。
仕事でアフリカへ旅立った冬月がテロによって死亡したと報じられ、美羽は心揺れるが、この子を夫の子として育てていこうと決意する。
◆それにしても田中圭。“変貌”を見せる恐ろしい演技
「子どもが産まれてもオレは育てない。できない」と冷たく言い切った宏樹だが、生まれた娘を恐る恐る抱いて涙を流す。変わっていく夫を、美羽は驚きをもって見つめている。宏樹は娘に栞(しおり)という名前をつけ、会社の大きなプロジェクトリーダーからも降りる。美羽に頭を下げて過去を謝り、美羽と娘のために生きていく決意を露わにした。
それにしても田中圭。妻に年中、嫌味と皮肉を飛ばしていたときは表情が常に歪み、常に体中からイライラを発散させていたのだが、妻を大事にするようになってからすっかり歪みが取れ、歩き方まで変わっている。心からの改心が、それだけで見てとれるのだから、恐るべし田中圭、である。
◆美羽が冬月に、意外なほど執着する理由は
結婚以来、初めて満たされた思いで幸せな日々を送る美羽。そう、あの人さえ現れなければ……。だが、再会してしまうのだ。実は生きていた冬月に。
もともと美羽が中学生時代にそこまで冬月を好きだった、という表現があまりされていないので、「美羽が冬月にそこまで執着するのがわからない」といったSNSでの書き込みも目立つ。私自身もそう思っていたのだが、もしかしたらどうやら過酷だったらしい美羽の家庭環境の中で、冬月はたった一筋の希望だったのかもしれない。
つらいことを心の底にしまいこんだ美羽が、再会してパンドラの筺(はこ)が開き、中学生のとき以上に、冬月に並々ならぬ愛着と執着を高まらせたとしても不思議はない。
◆“托卵”の三角関係に、大きく関わる二人の女性
そしてそんな美羽と宏樹と冬月の関係において、鍵になりそうなのが、美羽の親友・真琴(恒松祐里)と、冬月とともに仕事をし、彼に思いを寄せている莉紗(さとうほなみ)だ。
真琴はシングルマザーで、真琴とその息子との関係を見て、美羽は子どもがいればたとえ夫に冷たくされても生きる意味が見いだせるかもしれないとかつて考えたこともあった。年下だがしっかりしていて、なにくれとなく相談に乗ってくれたのが真琴だから、美羽は全面的に信頼しているのだが、真琴はどうやら宏樹に心惹かれている。
莉紗は、冬月に思いを告げられないままだ。アフリカで亡くなったのは、冬月ではなくもうひとりの仲間・下原(持田将史)だった。なのに彼女は下原の遺体を冬月だと断言してしまったためにニュースで冬月が亡くなったと報じられたのだ。莉紗の心の奥では、ここで冬月が亡くなったとすることで、逆に冬月を自分のものにしてしまいたいという気持ちがあったのかもしれない。
◆優しくなった夫を裏切ることなどできない
美羽はすっかり変わった宏樹の提案で、娘を連れてドライブに出かける。その途中で、冬月に再会した思い出の図書館に寄ってもらい、足を踏み入れる。そしてそこで冬月にばったり会う。冬月は思わず美羽を抱きしめるが、美羽は逃げるように宏樹のもとへ戻る。
その後、冬月から連絡があっても、美羽は怖くて会えずにいた。生きていたことはうれしかったし、心は激しく揺らいでいた。だが目の前には、ともに娘を育ててくれ、結婚前以上に優しくなった宏樹がいる。宏樹は産後鬱やホルモン状態が不安定になっていることなどを心配し、夜中に眠れなくなった美羽のためにハーブティを入れてくれる。そんな夫を裏切ることなどできないとさらに美羽は追いつめられていく。
◆主人公の親友が、何かを「ぶっ込んで」くる
冬月から逃げていたのに、真琴が経営するカフェで、ふたりはばったり遭遇してしまう。冬月が自分の経営する会社が扱っているフェアトレードの商品を、真琴のカフェに売り込みに行ったときのことだった。
店のアルバイトくんが、栞のことを尋ねたため、冬月は美羽に子どもがいることを知った。お互いに気もそぞろになり、先に店を出た冬月のあとを追うように美羽も店を出る。そして彼に電話をかけてしまう。走り出す美羽、そして走り出す冬月。
きちんと顔を見て、美羽はようやく自分の今の環境を伝える。家庭を大切にしたいと謝る美羽に、冬月は「死にそうになったとき、夏野(美羽の旧姓)のことを神様がくれたプレゼントだと思った」と伝えた。お互いに感謝し、互いの幸せを願ってきれいに別れられるはずが、「夢も大切な人も夏野のことも、なにひとつ守れなかった」と泣く冬月を、美羽は思わず抱きしめてしまう。帰国してから、冬月は亡くなった下原の弟に激しく責められたことで、あらゆることに自信を失っていたのだ。
このときの美羽のハグは、冬月に生きる元気を与えるためのものだったに違いない。だが、それを見ていた人物がいた。カフェの経営者で美羽の親友の真琴である。宏樹を密かに好きな真琴が、うまくいきかけた美羽の家庭に何かを「ぶっ込んで」きそうである。
<文/亀山早苗>
【亀山早苗】
フリーライター。著書に『くまモン力ー人を惹きつける愛と魅力の秘密』がある。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio