夫婦共働きだと「世帯年収1000万円」というのは一つの大きなラインではないでしょうか。現代では夫婦どちらかだけではなかなか到達できない年収1000万円ですが、夫婦が力を合わせれば超えることも可能です。しかし巷(ちまた)では「都内子持ちなら世帯年収1000万円でも生活は厳しい」という意見が多いのも事実。
◆世帯年収1000万円でも苦しいのは、分不相応な理想のせい?
先日Xでは「世帯年収1000万円でも厳しいと言っている都内子持ちは、分不相応に生活水準や教育水準を求めている」といった内容のポストが注目を集めました。
都内は家賃や物価が高いけれども、その分の給与も高いのが一般的。そのため都内在住者は地方在住者とは異なり、高い給与以上の多くの支出を生活や教育に費やすなど、身の丈に合っていない贅沢をしているというのです。
もちろん都内と言っても郊外なのか23区内なのか、23区内のうちの何区なのかによっても実情は大きく異なってくるでしょう。ただ当該ポストでは「分不相応に生活水準や教育水準を求めている」としているので地価もとりわけ高い23区内のエリアを指していることが想像されます。そしてこのポストには多くの賛同の意見が寄せられていました。
◆世帯年収1000万円でも「まったく贅沢をしていない」夫婦
厚生労働省の「2023(令和5)年 国民生活基礎調査の概況」によると、2022年時点における日本全体の平均世帯年収は524.2万円で中央値は405万円でした。こうしてみると世帯年収1000万円は平均のほぼ倍となっており、かなり余裕のある暮らしをしているように感じられるでしょう。
しかしこれが「都内在住」「子育て世帯」となると話は別です。高い家賃に加えてその収入を維持しながら子育てするための必要経費がかなり重くのしかかることも否めません。
実際に東京都世田谷区の賃貸マンションに住むりかさん(仮名)一家は、未就学児2人を育てる4人家族。夫婦ともに30代の正社員で世帯年収は1100万円を少し超えています。月々の手取りは、夫が40万円、妻が32万円(ともにボーナスなしの給与体系)。
しかし生活について「まったく贅沢をしていない」と断言します。
◆夫婦ともに正社員、2児を育てる夫婦の“リアルな暮らし”
2LDKの賃貸マンションに住み、未就学児2人を育てるりかさん一家。夫婦ともに正社員ですが、りかさんは医療関係の会社で時短勤務、旦那さんは不動産関係の会社で朝早くから夜遅くまで働いています。平日の就業後のお子さん2人の育児はワンオペで、りかさんが担当とのこと。
「時短勤務ですが、勤務地から自宅までドアツードアで1時間はかかるため、退社後に最寄り駅の保育園に迎えに行って自宅に帰宅できるのは18時から18時半。そこから夕食の支度、お風呂、寝かしつけをすると毎日ヘトヘトで。今は平日でも週に1〜2回は夕食をテイクアウトや出前に頼っています」(りかさん)
専業主婦でも共働きでも、家族の食事を毎日手作りするのはかなりハードルが高いもの。りかさんも同様で平日は週に1〜2回、土日は両日のお昼だけ外食やテイクアウトにして、それ以外はなんとか手作りで頑張っているそうです。しかしそれでも家族4人だと外食1食分だけで3000円〜5000円ほどに。平日のランチは夫婦ともに外食になることがほとんどで、トータルすると外食費だけでも月に8万円はかかってしまうそう。これに加えてスーパーで安く食材を買っても月に7万円は超えるので、トータル15万円は食費として消えていく計算に。
◆安く預けられる託児所は常にいっぱいで、ベビーシッターしかない
また実家が遠方のため、お互いの両親に子育ての協力を仰げないりかさん夫婦。どうしても残業や他の用事があって子どもたちを見られないときには、2人分で1時間3000円がかかってもベビーシッターサービスを活用しています。それが月に2、3回ほど。
「自治体がやっている一時保育の託児所だとかなり安いんですが、いつ予約しようとしても予約はいっぱい。高額でも確実に子どもを預けるには民間のベビーシッターを利用するしかありません」(りかさん)
◆「休日に出かけるだけで1万〜2万円飛ぶ」理由
さらに都内では、子どもを遊ばせるだけでもとにかくお金がかかるとりかさん。
「近所にも小さな公園はいくつかありますが、赤ちゃんの頃から行き慣れて子どもが飽きてしまいました。また土日は近所の親子連れが大勢いるので遊具も自由に遊ばせられないですし、ボールを蹴ったり自由に走り回ったりするのも安全面や広さの問題からも難しい。だから広くて大きな公園か、天気を気にせず遊べて親も身体的に負担が減る室内遊び場に連れて行く選択肢になります。
でも私の地元では大きな公園や室内遊具場が無料で使えますが、都内だと電車やバスで郊外まで行かないと広い公園は難しく、室内遊具場も子ども1人1時間1000円ということもザラ。親も入場料がかかるところも多いです。車がないわが家は夫婦で同伴して子ども2人を2〜3時間遊ばせるだけでも交通費や入場料含めて5000円以上かかりますし、そこにランチ代も加えたら1万円を超えますね」(りかさん)
そもそも土日はお出かけをせずに家で子どもたちと過ごせばいいと思われがちですが、りかさんの住むマンションは未就学児が元気に走り回れるほど広くありません。また子どもたちのはしゃぐ声や足音が近隣住民に聞こえるため、「静かに遊びなさい!」と叱るのは親子ともにストレスに。こうした居住背景から、土日は可能な限り外に連れ出していると言います。
◆世帯年収1000万円でも貯金が厳しい現実
教育費に関しては週に一度の習い事しかさせていないため、とりわけ教育にお金を注いでいるわけでもないでしょう。しかし、食費や子どものための娯楽費など、子育てや生活にかかわるちょこちょことした支出が積み重なっていることから「都内だと世帯年収1000万円でもキツイ」と心底感じているようです。
りかさん家族の1か月のおおよその収支は以下の通り。
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収入(手取り)
・夫:40万円
・妻:32万円
(夫婦ともにともにボーナスなしの給与体系)
・児童手当:2万円
収入合計:74万円
支出
・家賃:18万8000円
・食費:8万円
・外食費:8万円
・レジャー娯楽費:4万円
・保育料(給食費):1万5000円(2人とも満3歳以上のため保育料は無償)
・習い事:1万2000円
・ベビーシッター代:3万円
・通信費(携帯代、Wi-Fi):1万5000円
・水道光熱費:2万3000円
・医療費、薬代(子どもは医療費無料):1万4000円
・保険料(学資保険、生命保険等)費:4万6000円
・交通費:8000円
・雑費(消耗品、子どもの服やおもちゃ、文房具など):2万円
・夫お小遣い:4万円
・妻お小遣い:4万円
支出合計:65万1000円
差分 プラス8万9000円
◆現実的な厳しさに加えて「金あるでしょ」という偏見もキツイ
こうして見ると10万円弱は貯金に回せているように見えるものの、どちらかの実家に帰省するお盆やお正月には新幹線代含めて出費は大きく増えます。りかさん夫婦は毎月のプラス分は夫婦共有口座に貯金しつつ、「自由に使っていい」という名目で決めたお互いのお小遣いはそれぞれできるだけ貯金に回しているそうです。
「世帯年収1100万円というと、ものすごくお金持ちだと思われて『どうせ金あるんでしょ』という見方をされるのがすごく嫌です。この収入になるために夫婦ともに働いてきましたし、今も仕事はそれなりに大変、さらにたくさん税金で引かれている。やむを得ない出費は多いし、仕事も生活も日々切り詰めながら生きているのに、「楽をしてる」、「ずるい」と思われるのはしんどいですね。
実際にわが家は“世帯年収1000万円”を超えていても、もっとできると思っていた貯金も少ししかできず、これからさらに教育費や生活費がかかるかと思うとかなり厳しいです。お小遣いは夫婦ともに月5万円でしたが、今は4万円になりました。コロナ禍前は家を買おうかと思っていましたが、先行きが不安でこのまま家賃を払い続けることになると思います」(りかさん)
◆「年収1000万円」の響きと、無意識の嫉妬や憎悪
「子持ちで世帯年収1000万円」の辛さは、現実的な生活の厳しさだけでなく、周囲からの理解されないことも大きな背景にある様子。実際の手取り額はもちろん1000万円ではないので、1000万円を自由に使えるわけではまったくありません。
それにもかかわらず「分不相応な生活をしている」と思われがちなのは、不景気の中で「年収1000万円」という響きが莫大な収入を連想させるからでしょう。さらには「高収入のくせに」という嫉妬や憎悪の感情も拍車をかけているように思えてなりません。
<取材・文/エタノール純子>
【エタノール純子】
編集プロダクション勤務を経てフリーライターに。エンタメ、女性にまつわる問題、育児などをテーマに、 各Webサイトで執筆中