完全自動運転車の開発を進めているスタートアップのTuring(チューリング、東京都品川区)は、開発のための専用計算基盤「Gaggle Cluster」(ガグルクラスター)の運用を開始した。10月30日に都内で記者会見を開いた山本一成CEOは、今後の開発の見通しなどを明らかにした。NTTPCコミュニケーションズの工藤潤一社長と、NTTドコモ・ベンチャーズの安元淳社長のNTTグループ2社のトップも登壇。いかにして開発を支援していくかを説明した。
チューリングは、2025年12月までに人間を介さない自動運転のできる車を東京都内の路上で30分間走らせるプロジェクト「Tokyo30」を、2024年3月から進めている。現在も、試験運転車を走らせて既にデータを収集中だ。この計画はドライバーのいない完全自動運転、いわゆる「レベル5」の車を一般道で走行させるもので、実現すれば、日本最速での完全自動運転車が誕生することになる。
同社は2030年にはこの完全自動運転車を実用化させたいとしており、山本CEOは「人が運転するよりも圧倒的に安全な車を作るのがわれわれの使命だ。先頭集団についていきたい」と実用化に強い意欲を示した。
●カメラのみでデータ測定 驚きの“実用化計画”とは?
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現在、世界の主要な自動車メーカーは、自動運転車の開発に向けてしのぎを削っている。米国のサンフランシスコでは米Google(グーグル)が開発し実用化した自動運転タクシー「Waymo」(ウェイモ)が走っている。一方ほかのプロジェクトでは、まだ技術的な問題点があり、実用化されていないのが現実だ。
現段階では米国のEV(電気自動車)大手のTesla(テスラ)が自動運転車をいち早く実用化しようと、多くの実験車を走らせてデータを収集している。そうした中で、既存の自動車メーカーではないベンチャーが、Teslaと競い合う形で、大手自動車メーカーよりも先に完全自動運転車を実用化する具体的な計画を発表したのは驚きだ。
チューリングでは、車に積んだ6台のカメラ使い、走行に必要な360度の周辺データを測定し、そのデータを処理して安全を確かめながら走行する。この自動運転モデルの学習にはNVIDIAの最先端半導体「H100」のGPU(画像処理半導体)が使われている。
これまでの自動運転では、走行中に信号など外部インフラと相互通信をしながら走行するシステムが考えられていた。一方チューリングのシステムは、カメラからのみのデータを活用するのが特徴だ。
山本CEOは「当社が開発したAIモデル『TD-1』には、歩行者や車、バスなどのオブジェクトが、どのような状況で、どう動いていくかを深く理解させる必要があります。今後は、どのメーカーも実現していない、対向車などの障害物がどのように動くかを予測して、自動運転ができるように整備していきたいです」と意気込む。
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これを実現するためには、人間の頭脳と同等以上の高度な判断に基づいて走行できる自動運転モデルを開発する必要がある。そのために重要なのがGaggle Clusterによる高速な計算スピードだ。NVIDIAの複数のGPUを同時に使用することによって、通信速度をスピードアップでき、それにより処理速度を速め、複数のモデルの開発をより強力に推し進めることが可能になるという。
●NTTグループ2社も支援
現在チューリングは試験運転車の走行により、3500時間ほどのデータを収集している。だが、Tokyo30実現のためには、まだまだデータが足りない。2025年までに、雨や風の強い日、混雑時など、あらゆる条件下でのデータを集めて、この自動運転システムに学習させたいとしている。
先行するTeslaは、既に10万時間を超える大量のデータを収集しているといわれ、チューリングとしてはデータ蓄積の観点からも急いでキャッチアップしたい考えだ。全ての条件のデータを集めておけば、同社が目指すドライバーを必要としない、AIが全ての運転を制御する「End to End」の自動運転走行が可能になる。
今回のシステムの開発にあたって、NTTグループ2社の支援が不可欠だった。ひとつはAIを核とする技術面、もう一つは資金面のサポートだったという。
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技術の観点では、GPU基盤の構築を担当したNTTPCコミュニケーションズのAIを軸にした協力が開発を大きく後押しした。工藤社長は「計算基盤の高度利用でパフォーマンスを最大にするためには、GPUのチューニングをしなければなりません。われわれは、NVIDIAとは3年連続でエリートパートナーという強固な関係を維持しており(需要増加で品不足になりがちな)GPUの調達力があります」と胸を張る。さらに「2017年からこのGPUサーバを提供してきた経験に基づく運用力があります。今回のGPUサーバの構築は単純な技術の組み合わせではなく、(複雑な技術が絡み合う)『格闘技』だと思っています」と技術力に自信を示している。
もう1社のNTTドコモ・ベンチャーズは、スタートアップなどに出資や資金支援を行うコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)で、1050億円という国内最大級の運用規模がある。今回はチューリングの資金面を支援するため4月に出資を行った。出資額は非公開だ。
安元社長は「チューリングの中長期的な事業創出を期待して出資を決めました。NTTグループのアセットを掛け合わせながら支えていきたい」と指摘している。資金調達を受けた山本CEOは「今後は海外から、もう一けた上の金額を資金調達したい」と述べ、開発を促進するために、さらなる大きな資金調達が必要になる見通しを明らかにした。
●「『大』が『小』に勝つとは限らない」
山本CEOは、開発方法への許認可の必要性についての質問で「将来のAIを作っていくときに、これまでのルールベースでやっていく考えは持っていない。開発するに当たって、(官公庁など)関係者の方には話はしている」と指摘。同時に、許認可を待っていては開発スピードが落ちてしまい、ライバルに先を越されてしまうという認識を示している。
過去の事例を振り返って「大きな組織が小さな組織よりも強かったわけではないです。Teslaに見られるように、必ずしも資金力の大きい会社が勝つわけではなく、資金調達力で決まるわけではありません。必要なことは、AI開発によりみられるように(経営者として)進む方向性をビビッドに示すことが大事だと思います」と強調した。
●印西市にデータセンターを稼働
自動運転を可能にするためには、膨大なデータを即座に処理できるようなデータセンターが必要になってくる。チューリングは千葉県印西市にデータセンターを稼働させている。記者がセンターを訪問した時には、心臓部にはNVIDIAのGPUがずらりと並んで、実用化に備えてセンターが既に試験的に稼働していた。装置を稼働させると、かなりの熱が発生するため、装置を常に冷やすクーリングシステムも完備していた。
セキュリティが厳重で、入口では写真付きの身分証明書の提示を求められた。入構からサーバルームにたどり着くまで、カードキーでの解錠や生体認証も含め、複数のセキュリティゲートを設けている。収集したデータの漏洩(ろうえい)には特別に気を使っているようだ。
●トヨタも動いた NTTと提携
ほぼ同じタイミングでトヨタ自動車も、AIを使った交通事故防止に向けた開発基盤を開発するためにNTTと提携した。自動運転のAI基盤を作る点でも連携する。日本を代表する大企業が手を組むことになった。このように各社が自動運転の実用化に向けて動き出している。
トヨタとNTTは2030年までに5000億円を投資するとしており、どこまで実用化に近づけるか注目される。中でも期待されているのが、NTTが社運を賭けて開発している次世代通信基盤「IOWN」(アイオン)と呼ばれる先端通信技術だ。
これまでの銅線を使った電気通信を、光を使った通信に置き換える画期的な技術で、最大の特徴は、大容量のデータを高速送信できる上に、消費電力が圧倒的に少ない点にある。まさに通信のゲームチェンジになり得る技術として開発の行方の視線が集まっていて、自動運転の実現に活用できれば、ブレークスルーにつながるだろう。
自動運転には段階に応じて、レベル1〜5までが定められている。日本では2023年に改正道路交通法により、「レベル4」まで解禁された。現在、部分的に運転が自動化できる「レベル2」までの車が販売されている(トヨタのアルファード、プリウス、ホンダのヴェゼル、日産のアリアなど)。その上のレベルが、条件付きで運転が自動化されているのが「レベル3」で、特定の条件ではシステムが運転操作を行う。
「レベル4」の高度運転自動化になると、システムが全ての運転操作を行い、ドライバーの関与が一定区域以外では必要なくなる。「レベル5」は完全自動運転で、システムが全ての運転操作を行い、ドライバーはいらなくなる。ハンドル、ブレーキ、アクセルなどが不要になり、運転席自体が不要になるのだ。
●日本の先端技術力の底上げに
自動運転車が登場してくると、運転手がいない車になるため、車の概念が根底から変わることになる。しかもチューリングのような新興ベンチャーが、規制をあまり意識せずに、カメラ認証技術と生成AIの最先端技術をフルに活用して完全自動運転車を世に出そうというのは大きな夢のある話だ。
ITやAIで遅れを指摘されてきた日本企業が、世界で注目される自動運転技術で存在感を発揮できれば、日本の先端技術力の底上げにもつながる。しかも1社だけの力でなく、AIも含めたデータ送信分野に強いNTTグループの支援を受けている。複数企業が協力し合う形で新しい技術に挑戦しようとする方法自体も、新技術を開発していく上でのモデルケースとなる可能性がある。
(中西享、アイティメディア今野大一)
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