顧客の理不尽な言動が「カスタマーハラスメント(カスハラ)」として社会問題となり、2022年には厚生労働省がカスタマーハラスメント対策企業マニュアルを公開。国をはじめ、自治体や企業もカスハラ対策に乗り出している。
スーパーやコンビニなどの多様な雇用形態における労働者の課題を解決する組織「UAゼンセン」にてカスハラ政策に取り組み、流通部門で副書記長を務める波岸孝典氏に話を聞いた。そのうえで、カスハラの定義や現場のリアル、労働者や顧客として気をつけることなどを紹介したい。
◆労災認定基準にも追加された「カスハラ」
報道などですでに知っている人も多いかもしれないが、まずは「カスハラ」とはどういった言動を指すのかについて、UAゼンセンがカスハラ対策に取り組みはじめた2016年より政策を担当してきた波岸氏に聞いた。
「カスハラと混同しやすい言葉にクレームというものがありますが、こちらは顧客からの要求や改善提案を含むものです。対してカスハラは要求内容や要求態度が社会通念に照らして著しく不相当であるクレームや顧客からの迷惑行為のことを指し、2022年2月に厚生労働省が発表したカスタマーハラスメント対策企業マニュアルにも“性的な言動”や“土下座の要求”など具体的に記載されています」
また、2023年9月よりカスハラが労災認定基準に追加。顧客や取引先、施設利用者から著しい迷惑行為などのいわゆるカスハラにより精神疾患を患った場合、労災申請が可能となった。さらに来年2025年4月には、東京都カスタマーハラスメント防止条例が施行される。
「企業をはじめ、国や自治体が指針を示すほど現場でのカスハラ問題が深刻化していたのです。具体的には、体を触ったり暴行を加えたり、脅迫や監禁するなど、すでに犯罪であるようなものも含まれます」
◆想像以上にヤバイ現場のカスハラ
さらに詳しく話を聞いてみると、想像以上にヤバイ現場の状況がみえてきた。なかには、店舗のスタッフを長時間にわたって拘束するなど、映画やドラマに出てくるアウトロー系の登場人物の手口としてしか見たことがないようなものも少なくない。
「時間拘束型とよばれるものでいうと、『冬の屋外で2時間以上、謝罪させられた』『従業員の伝達ミスから無理難題を要求され、3名が夜間に約1時間半〜3時間にわたって拘束された』という例もあります」
また、「歯を食いしばれと言われ、殴ろうとしたり、車で轢こうとしたりしてきた」というものや「店舗売場へ自転車で乗り入れたお客を注意したら、自転車を倒して足にぶつけられて暴言を吐かれた」というものもあるというのだから恐ろしい。
「ほかにも、『勝手に写真を撮られたり、テーブルに行くたびに腕を触られたり、常連さんだと思って話しかけたら腰に手を回されたりした』というように身体を触られたり、画像や動画を勝手に撮られたりするなど、現場では法に触れる犯罪行為も多く発生しています」
そして、「女のくせにと暴言を吐かれ、後日木刀を持って再来店。暴言を吐かれた」「購入した鍋の具材に不良品があったと連絡があり交換に向かうと、排水溝に捨ててあった具材を水切りネットから取り出し、問題がないか食べて確認させられた」という事例もあるという。
◆カスハラの深刻な影響と世の中の動き
記事中で紹介したカスハラ事例の内容も相当なものだが、「その場だけで終わらないのも恐ろしいところ。カスハラを受けた本人、そしてその現場を目撃した従業員や顧客に与える影響についても深刻です」と、波岸氏は懸念する。
「カスハラを受けた本人だけでなく、現場にいた従業員も自分が顧客と接するときに激しい動悸やストレス・不安を感じるケースもあります。また現場を目撃した顧客が嫌な気持ちになり、『あの店には行きたくない』と考えて足が遠のいてしまうこともあるようです。こういった状況を受け、2020年6月に改正労働施策総合推進法が施行されました。同法では、顧客などからの暴行・脅迫・ひどい暴言・不当な要求などの著しい迷惑行為に対し、事業主が行なうことが望ましい取組の内容が規定されました」
東京都カスタマーハラスメント防止条例も含め、現時点でカスハラに対する罰則はないが、「こういった世の中の動きが、顧客が自らの言動に注意したり、安心安全な職場づくりに向けた企業による取り組みの後押しにつながったりしているようです」と波岸氏は言う。
「こういった社会喚起や企業労使の取り組みの成果と推測できる結果は、我々がおこなったアンケート調査でも出ています。たとえば直近2年以内で迷惑行為被害にあったことがあるかというアンケートで、2020年度の調査結果は56.7%の人が『あった』と回答していました。しかし2024年には46.8%と減少しています」
◆悪循環と想像力の欠如が背景に
波岸氏によるとカスハラ加害者のなかには、自身が過去にお客から酷い対応をされたことがキッカケとなり、「自分が客のときには同じように主張したい」などと考えて振る舞ってしまった人もいるようだ。
「ただ、これはアンケートを取った段階で、カスハラ行為をしたときにどういう状態だったのかを思い出してもらった結果。カスハラ行為の前にこういったはっきりとした気持ちがあったわけではなく、気づいたときには加害者となっていたケースも多いでしょう」
波岸氏は、こういった状況を生み出す原因のひとつとして「想像力の欠如がある」と懸念し、「言葉を発するとき、何かを要求するとき、相手だけでなく、相手にも家族や暮らしがあることを想像してほしい」と願う。
「5年ほど前にはなりますが、私たちが作成した『僕にも家族がいて、人生があります。』というYouTube動画には、大きな反響がありました。スーパーに勤める男性が、来店したお客さんから『商品があると思って来た。在庫がないなら買って来て』と理不尽に詰め寄られるシーンからスタートする悪質クレーム対策の動画です」
スーパーで勤めるその男性は勤務終了後に深い溜め息を吐き、これまでに受けた酷い対応について思いを巡らせる。沈んだ気持ちで歩いていると、前方から妻と歩いてきた娘に声をかけられ、そのあと無邪気に「パパ、お仕事、楽しかった?」と酷な質問を浴びせられるのだ。
「男性は一瞬『う〜ん』と言葉に詰まりますが、すぐに笑顔で「忘れちゃった」と回答。そのあと、『僕にも家族がいて、人生があります』というテロップが流れる動画です。当たり前のことですが、自分にも家族がいて人生があるように、相手だって同じ。そういうことを想像して、言葉を発する前や行動する前に踏みとどまってほしいと思います」
◆面接時や就労時に気をつけたいこと
カスハラ政策をおこなううえで、アンケート調査の集計など大学の教授などと連携することも多いという波岸氏は、スーパーなどの小売店や飲食店などでアルバイトをすることも多い大学生たちのリアルについても話してくれた。
「アルバイトを通じてカスハラ体験をした学生さんたちもいて、アルバイトをするときや就活のときなど働きだしてからのことを考え、カスハラに対して敏感になったり非常に怖いと感じたりしているようです。そのため就業前に不安を解消しておくには、面接へ行く前に対象企業のホームページなどでカスハラに対してどのような指針を示しているのかをチェックしたり、面接時に質問をして確認したりすることも大切でしょう」
面接時や就業時は「働かせてもらえなくなるかも」「働きにくくなるかもしれない」という気持ちから確認や相談しづらいと考える人もいると思うが、「働き手である私たちがアクションを起こすことも企業にカスハラを意識してもらうことにつながる」と波岸氏。
「また、働いているときにカスハラ行為に遭遇したときは、さらなる大きなトラブルへの発展につながらないよう、ひとりで解決しないということも大切です。すぐに職場の人に相談し、謝罪などへ行く場合にも同僚や上司などと向かうようにするといいでしょう。2人以上での行動が難しい場合は“どこへ何をしに行くのか”、“帰りの予定時間は何時頃になるのか”などを職場と共有し、事前に決めておいた時間までに連絡がない場合は職場のほうから謝罪などへ行った従業員に電話するよう話し合ったりしておくのも有効です」
◆企業が対策をするメリットと「いま」の理由
セクハラやパワハラ、そして今度はカスハラについての対応を求められている企業にとって、対策にかかる費用や人員は頭の痛い問題だろう。それでも、「カスハラ対策は企業側にとってもメリットがあり、多くの企業が準備中のいまがチャンス」だと波岸氏は話す。
「小売業界は、人手不足です。そのようななかでカスハラ対策を講じていない企業は、必然的に働き手に選ばれなくなってしまいます。働く人に選んでもらえる企業になるためにも、カスハラに対してきちんとした指針があることは非常に大切だと言えるでしょう。さらに現場環境としては、カスハラに関してのポスターを貼ったり相談できる窓口を設置したり、普段から何でも言い合える風通しのよい状態にしておくことも大事です。はっきりとしたデータはありませんが、顧客から受けた嫌な体験を従業員同士が話すことで気持ちが楽になったという話も聞いたことがあります」
また、「決定した指針は社内で共有するだけでなく、社外に向けてプレスリリースすることも大切」だと言う。世の中に向けて公表することで、「この企業は、こういった取り組みをしているのか」と知ってもらうことができ、働き手にも選ばれやすくなるからだ。
「あとは、カスハラへの指針を固める時期や公表するタイミングも大切です。早い段階で公表することで世間に注目されやすく、『この企業は早い段階で、カスハラに対してきちんとした取り組みをしている』『働きやすそうな会社』など、よい評価にもつながりやすくなります。カスハラへの指針を公表する企業が増えてからでは、何の意味もない。公表のタイミングは、まさに “いま”なのです」
ルールを決めて公にしなければ人と接するのも難しくなったことは、とても残念といえる。このような状況を踏まえ、「こういった言動は相手を嫌な気持ちにさせるかもしれない」と各々が想像力を膨らませ、誰もが気持ちよく過ごせる社会にしていきたいものだ。
<取材・文/山内良子>
【山内良子】
フリーライター。ライフ系や節約、歴史や日本文化を中心に、取材や経営者向けの記事も執筆。おいしいものや楽しいこと、旅行が大好き! 金融会社での勤務経験や接客改善業務での経験を活かした記事も得意