毎年、国内だけでもおびただしい数の映像作品が制作される。その中で話題になるものは一握りだが、今年日本で制作された映像作品で特に話題になった一本としてNetflix制作の『地面師たち』は外せないだろう。
高度な知能犯罪を描いた同作は、2024年7月25日に配信開始されると大きな反響を呼び、Netflixの日本のドラマランキングで5日連続で1位を獲得した。劇中でピエール瀧演じる犯罪者チームの法律家、後藤がたびたび口にする「もうええでしょう」は「現代用語の基礎知識選 2024ユーキャン新語・流行語大賞」でトップ10入りした。「2024年を代表する話題作」と言って間違いあるまい。
『地面師たち』は新庄耕氏の同盟小説を原作としたフィクションだが、ドラマが話題になった事で別の書籍も再度注目を集めた。
森功氏(著)のノンフィクション『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』である。著者の森功氏はもとは新聞や週刊誌で活躍するジャーナリストで、そこからノンフィクション作家に転じた。同書は実際に起きた事件を詳細に描写している。
今回は森氏の著書をもとに、実際の地面師とフィクションの地面師がどれほど共通していてどれほど違うのか見て行こう。
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そもそも「地面師」が何なのかご存じない方も少なくないだろう。地面師とは、土地の所有者になりすまして売却をもちかけ、多額の代金をだまし取る不動産をめぐる詐欺を行う者、もしくはそのような手法で行われる詐欺行為のことである。
ルーツは現代的な犯罪行為としては少し古く、特に第二次大戦後に多発した。米軍の度重なる空爆により、東京は戦中幾度も大規模な火災に見舞われ、官公庁は機能を喪失し、多くの公的な書類が焼失した。戦後の混乱の時期、身分を偽ることは難しくなかった。1980年代後半から1990年代初期にかけてのバブル時代には、土地の価格が高騰したこともあり再び隆盛を極めたが、バブルの崩壊とともに沈静化した。現在では書類の電子化が進み、なりすましそのものが困難になっている。ところが2010年代半ば頃より、主に東京都内において東京オリンピック開催を機に地価が上昇し、場所によってはバブル期の価格すら上回る地価がつくという現象が発生した。管理の行き届かない土地や所有者側の事情で表面化しにくい土地を中心に、地面師による被害が発生している。
前代未聞の大規模な地面師詐欺、「積水ハウス事件」はそういったバックグラウンドから発生した。大和ハウス、住友林業とならぶ国内ハウスメーカー御三家の一角である積水ハウスが55億円にも及ぶ大金を、もはや時代遅れと思われていた地面師詐欺(事件は2017年に発生)によって奪われたこの事件は多くの人の耳目を集めた。
フィクションの『地面師たち』はこの事件をモデルの一つとしている。森氏のノンフィクションは積水ハウス公務部の担当者が開発予定地を測量しているところ、パトカーから降りてきた警官に話しかけられるところから始まる。ドラマ『地面師たち』の第7話にほぼ同じ描写がある。本書第一章の冒頭だけでも、『地面師たち』が積水ハウス事件をモデルとし、強く意識していることがよくわかる。
他にも、森氏の著書を読むと原作者の新庄氏およびドラマの制作チームが実際の事件、実際の地面師の手口を意識していることがわかる。
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ドラマの『地面師たち』に、地主になりすます人物をキャスティングする手配師・稲葉麗子(小池栄子)が温泉旅館で働きながら、なりすまし役に適した人物を物色する描写があった。森氏が取材した現役の地面師によると、東京で活動する手配師は千葉と神奈川にネットワークを持っており、特に温泉街の人脈からなりすまし役を調達することが珍しくないそうだ。手配師が温泉街の目をつける理由だが、手配師が目をつけるのはコンパニオン派遣会社に登録されている芸者崩れの中年女性が多い。過去にそこそこいい暮らしをしていて、何かしらの理由で清掃や風呂番をしていることが多く、いわゆる「訳アリ」であることが詐欺の仲間に引き込みやすいのが理由とのことである。
主犯のハリソン山中(豊川悦司)自らがマジックミラー越しに確認して判断している描写があったが、なりすまし役の選定は詐欺の成否に大きくかかわるため、実際の地面師詐欺でも最終面接は主犯格が行い、採用の可否を判断する。ドラマにあった本人確認のリハーサルも、実際の詐欺の手口に基づいている。時には、本番さながらを想定し、お抱えの司法書士に本人確認によどみなくこたえられるようテストさせるそうだ。
劇中、手配したなりすまし役が本人確認前日にヤマから降りたことで、急遽手配師の麗子自らがなりすまし役を務めるエピソードがあった。これは実在の大物手配師、秋葉紘子のエピソードをもとにしていると思われる。新橋の土地をめぐる地面師詐欺で、取引当日になりすまし役が現れなかったことから秋葉は急遽代役を務めている。後のその事件で秋葉は逮捕され、有罪判決を受けている。
地面師詐欺の手口については簡略化されている部分もある。フィクションの『地面師たち』では、土地の本物の持ち主に直接接触したのは、見習いホストとして身分を偽って近づいた辻本拓海(綾野剛)だけだが、実際の積水ハウス事件で地面師詐欺たちが最初にやったのは旅館の隣にある月極駐車場との契約である。契約書を交わせば、駐車場の持ち主であり、旅館および土地の持ち主である海老澤佐妃子氏の個人情報(生年月日、連絡先など)を手に入れることができる。単純だが効果的な手だ。経費も10万程度で済む。劇中でハリソンは一切表に出ることなく計画を進めていたが、モデルになった大物地面師の内田マイクは契約のため直接、海老澤氏と対面した可能性もあるという。
本当のところは定かでないのだが、なりすまし前に本人の人相を直接確認するという意味合いもあるため、内田本人が直接赴いた可能性は決して否定できない。ハリソンは表に決して出なかったがこちらの方が劇的でよりフィクション的だ。
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積水ハウス事件は大きなヤマだったため、必要経費も大きかったのだろう。詐欺の中心人物の一人だったカミンスカス操は、積水ハウス事件の前に手付金300万円をだまし取る小規模な詐欺事件を起こしている。もっと大きな詐欺事件の「元手」を稼ぐための準備だったと捜査関係者からは見られている。
他にも細かい過程はフィクションでは省かれているし、実際はもっと詐欺師側の関係者も多い。『地面師たち』で詐欺師側として登場したキャラクターは7人だが、積水ハウス事件の逮捕者は15人以上である。主犯格のカミンスカスは後に国際指名手配され逮捕されたが、警察があと一歩まで逮捕に迫ったところで愛人のいるフィリピンに逃亡している。
すでにマスコミがカミンスカスの動向を捉えていたにも関わらず逃亡を許したことから、警視庁OBに内通者がいるのではないかと関係者間でささやかれていた。噂の真偽は不明だが、フィクションの『地面師たち』では捜査二課の理事官が内通していた設定になっている。
実際の積水ハウス事件の被害額は55億円だったが、『地面師たち』原作者の新庄氏は、より劇的にするために被害額の桁を一つ大きくした。地価の高い東京でも、100億を超えるような土地は見つけるのは思いのほか苦慮したらしく、思わぬ苦慮の末に高輪ゲートウェイ駅前の土地に決めた。アドバイスを仰いだ不動産業界関係者からもお墨付きをもらったとのことだ。
このように実際の事件とフィクションには細かい違いがいくつかあるのだが、特に大きな違いは主人公だろう。純粋悪で、犯罪行為そのものを楽しんでいる節のあるハリソンと、地面師詐欺に遭ったことをきっかけに家族を失った拓海は、同じ犯罪を犯す側にいながら対を為す存在である。実際の事件には相当する存在がいない拓海を主人公として創造したのはいかにもフィクションらしい。
ハリソンは一人逃亡したが、現実でも地面師詐欺の黒幕が逮捕され、罪に問われることは稀だという。ハリソンのモデルになった内田マイクは数多くの地面師詐欺の裏で糸を引いていたと目されているが、内田の関与を証明し、有罪にできたのはそのうちのごく一部に過ぎない。裏で糸を引く悪役はフィクションでよく見るステレオタイプなキャラクターだが、現実にもそのような悪党が存在するのだ。
『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』はドラマの描写とは関係の薄い部分もとても興味深い。全七章で一章ごとに別々の事件を扱っているが、第七章は土地所有者である資産家の息子が所謂「引き込み役」として地面師に加担したことで、騙す側と騙される側の関係が錯綜し、警察沙汰になったにも関わらず有耶無耶になって事件は終結する。
地面師詐欺という犯罪の複雑怪奇さがよくわかる一件である。大手デベロッパーの試算だと、少なくとも都心のオフィスやマンション需要は2025年前後まで高まるそうだ。フィクションの『地面師たち』は続編と前日譚が一本ずつ発表されているが、地面師の物語はまだまだ続くかもしれない。
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