ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――昨年の米国大統領選に勝利したことで、トランプは"王"となりました。前々回まで4回にわたりその影響を話していただきましたが、さっそく"トランプ王"就任の余波が全世界に波及しているのは本当ですか?
佐藤 まず、バイデン米大統領が自分の息子を恩赦したのはある意味、トランプの影響を相互に受け合っていると考えられます。要するに、バイデンを「王」だと考えれば、まったく問題がないということです。
大統領は100%、憲法と法令に従います。それに対して、王は状況によっては従わなくていいのです。それが王と大統領の違いです。恩赦とは、合法的に法の効力を全てチャラにしてしまう行為です。つまり、行政のトップが合法的に法の枠を超えられる例外措置です。
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――はい。
佐藤 なぜ、そうした装置を設けているのか。もし、憲法と法令が完璧に強固なものならば、結局、法の秩序を壊すクーデターが起きるからです。だから、あえて法の枠を超えるような事態の時に備えて、特殊な措置を用意しているのです。
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が発令した戒厳令は、まさに非常事態で限定的に法を超えるものです。それも、ネットが影響を与えたと言われていますが、トランプが影響を与えていると思いますよ。
――そうですよね。
佐藤 だけど、韓国の王様は6時間しか持ちませんでした。
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――「6時間限定の王様」。しかし、あれだけトランプを非難していたバイデンも、最後にはトランプを見て王になってしまった。
佐藤 鏡像効果です。鏡に映しているうちに、段々と似てくるんですよね。
――韓国の尹大統領の場合は、トランプ王の真似をしようと思ったら、限りなくシリアのアサド大統領になってしまったという感じでしょうか? 韓国軍に見捨てられましたからね。
佐藤 見限ったというか、尹大統領が怯(ひる)んだことが要因でしょう。「国会議員を捕まえて皆殺しにしろ」と命令して30人ほど殺していれば、軍も秘密警察も完全に付いてきたはずです。
――「皆殺しにしろ!!」と言えずにブルってしまったと。
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佐藤 伝家の宝刀を抜いたけど、根性無しだったんですよ。血が流れることを恐れるクーデターなどあり得ませんからね。
――確かに。
佐藤 あのクーデターでは戒厳令を発令した次の段階で、「責任を取らされるのが嫌だから」と検察と警察が内乱罪で捜査開始しました。すると、今度は軍が「俺たちが先にやられるんじゃないか?」と猜疑心に囚われたのです。そして、最初は「事情聴取をされたくない」と言っていた国防大臣が、それを見て警察に飛び込んで行きました
――トップが潔く責任を取るとは、素晴らしいではないですか。
佐藤 そんな殊勝な行動ではありません。シャバにいると殺されるからですよ。殺された後で「こいつが全部やったんだ」と罪をかぶせられるおそれがあるから動いただけです。
――でも、国防大臣は拘置所で自殺未遂してますよ。やはり責任感が強いのでは?
佐藤 拘置所なんかで普通、自殺未遂なんてできると思いますか?
――拘置所の中の事情に関しては、佐藤さんの方が断然お詳しいですから......。
佐藤 自殺未遂ではなくて、誰かに吊るされた可能性があると私は見ています。
――なんと!!
佐藤 徹底的に抗って、殺されずに済んで、ようやく命を取り留めたということです。拘置所の中は一番安全だと思ったら、そこも安全じゃないって話ですよ。
――内戦中のシリアより怖いであります。
ミリタリーマニアの自分としては、東アジア最強と言われる韓国軍特殊部隊の実力の一端が垣間見られるかもと思っていました。しかし、韓国国会に突入した特殊部隊を見て、あれだけやる気のない顔をした特殊部隊は初めて見ました。
佐藤 でも、それは危ない兆候です。なぜなら「しょうがないからサボる」というのは、逆に命令がなくても一生懸命やる事もできるわけですから。
本来は命令があったら一生懸命やらなければなりません。軍人が「しょうがなく」とか、あるいは「弾倉を携帯しない」という判断をしてはいけないんです。命令に背いて、逆の判断をしてしまう恐れがあるということを意味しているんです。
――すると韓国、ヤバいじゃないですか!
佐藤 そう、戒厳令よりもそっちがヤバいんです。尹大統領がどんなに変な人間でも、それを特殊部隊、軍隊が機械のごとく忠実に遂行するべきで、自ら判断したらいけません。全責任は大統領が取るわけですからね。ところが、韓国の世論は「誰がやったんだ?」となって、直接、部隊に迫ってきます。
――そういえば、本来は機密扱いで、公の場に出てはいけない韓国陸軍特殊戦司令部「707特殊任務団」のキム・ヒョンテ大佐特殊部隊長が記者会見を行ないました。
そして、そこでは前国防相の指示に従ったと明かし、「戦闘でこのような命令をしていたら全員死亡していただろう」と発言していました。
佐藤 逆もあるわけです。
――そうすると、韓国軍に比べるとシリアの軍と秘密警察はなんて素晴らしいんだ!ということですね。
佐藤 シリアの軍と秘密警察は、最初から命令を聞かないと決めていました。しかもその時点で、すでに首相を味方に付けていました。首相が「暫定政権を作ろう」と言って政権移譲したうえで、反体制である新しい権力と話していますからね。だから、アサドとアサドの家族以外の全員が裏切っているわけです。
――韓国と比べると、なんと美しい!!
佐藤 これは独裁政権の特徴ですよね。大きな独裁権力を持っていると思っていても、逆に独裁権力がある故に、ひっくり返ると恐ろしい事態になります。
結局、独裁者の周りの連中は自分の命が大切ですからね。秘密警察と軍から見放された独裁者はこうなるということですよ。だから、他国の独裁者にはすごく良い教訓ですね。
――すると、北の太った兄貴は、いま一生懸命学んでいるのでしょうか?
佐藤 金正恩は非常に学んでいると思いますよ。
――これから北で大処刑大会になりますか?
佐藤 忠誠心一本に絞ったチェックが、しょっちゅう入ると思いますよ。
韓国に関してもうひとつ付け加えると、日本にとっても現在の韓国はインテリジェンス(諜報)の対象です。通常、友好国にはインテリジェンスは仕掛けません。しかし、いまは北よりも韓国のほうが予測不能だからです。
すると、韓国政府や情報機関が発信していることに対して、本当かどうかいつも疑ってかからないとならなくなります。特にこういう状況になって、国家情報院の言うことは信用できますか? 彼ら自身の生き残りがかかっているんですよ。
――信用できないと思います。
佐藤 だから、韓国の言うことは額面通りに受け取れないので、裏取りしてチェックしないとならなりません。それから、日米韓の防衛協議ですが......。
――あれはやめたほうがいいと思います。
佐藤 そう。危ないという話なんですよ。
――ならば、北朝鮮に聞いてみるとか?
佐藤 北には、聞こえている部分とそうでない部分があります。つまり、北の発言に関して金正恩総書記なり金与正氏が何を考えているか、日本で判断することが必要です。そして同時に、北はキープレーヤーになります。
――どういうことでしょうか?
佐藤 2023年12月に北朝鮮は韓国に対する方針を変えました。韓国を第一の敵とし、統一しないとしました。それは、お互いに主権国家だから、ゲームのルールを守るということになります。だから北の南侵はないと安心して言える状況でした。
ところが、今回の韓国のクーデターを見て、「これは韓国に介入の余地があるぞ」と受け取り、北が再び韓国を「同胞」と言い出すかもしれません。
――「同胞」と言い出すと、南侵する怖さが出てくる?
佐藤 そう。12月16日の北朝鮮・朝鮮中央通信で、尹大統領の弾劾議案の可決が報道されました。その短い記事の中に「傀儡(かいらい)」という言葉がものすごくたくさん入っているんです。
――わずか10行の記事で「傀儡韓国」「尹錫悦傀儡」「傀儡憲法裁判所」など、18回も「傀儡」と言っています。
佐藤 ということは、「『傀儡』に対して真実の政権というのは我々だ」との論理を準備しているのかもしれません。それで再び「同胞である」となって、対南工作を始めるのかもしれないということです。
――こちらから南に行きますよ、ということですね。
佐藤 そう、来る可能性はあります。そして、次の韓国大統領候補の李在明(イ・ジェミョン)は「共に民主党」で、非常に北に近い人ですからね。
――いきなり日本に一番近いところに、北とセットで敵が現れてしまう......。
佐藤 その危険性は十分考えられます。
次回へ続く。次回の配信は2025年1月17日(金)予定です。
取材・文/小峯隆生