限定公開( 2 )
慶應義塾大学に所属する國武悠人さんが発表した論文「Gender-based pricing in Japan: changes in consumer perception and reputational risks」は、大規模な批判を受けた牛角の女性限定半額キャンペーンの事例を通じて、日本における性別に基づく価格設定、特に女性限定割引について、企業が直面するリスクと消費者意識の変化を分析した探索的研究である。
2024年8月、大手焼肉チェーン「牛角」が実施した女性限定の食べ放題半額キャンペーンを巡って「男性差別である」との批判がSNSで巻き起こり、その後メディアでも大きく取り上げられる事態となった。
この問題は、日本社会における重要な転換点となっている。これまで飲食店やアパレル、エンターテインメント業界では「レディースデー」や「女性限定割引」が一般的なプロモーション手法として用いられ、女性客の来店促進や新規顧客獲得に一定の効果があるとされてきた。しかし、この慣行が初めて大規模な批判に直面したのである。
牛角を運営するレインズインターナショナル(横浜市)は、この割引について「女性は男性より約4皿ほど注文量が少ない」という統計的傾向に基づいて実施したと説明した。さらに「カップルで来店すれば1969円お得になる」として、男性も間接的に恩恵を受けられると主張した。
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しかし、この説明は消費者に受け入れられなかった。カップルは男女の組み合わせだけではなく、男性同士のカップルは恩恵を受けられない一方で、女性同士のカップルは二重の恩恵を受けられることになり、性の多様性への配慮が不十分だと指摘されたのである。
また、性的マイノリティーへの対応について、同社は「想定外のケースもあるため、店舗ごとに適切に対応する」と述べたが、これも批判を招いた。統一的な基準のない店舗ごとの対応は、かえって消費者の信頼を損なうリスクがあると指摘されている。
さらに、日本のLGBTQ+人口は約9.7%とされており、割引を受けるために性的指向や性自認をカミングアウトせざるを得ない状況を作り出すことへの懸念も示された。
日経ビジネスの記事では、女性限定割引には2つの問題があると指摘している。一つは男性に対する「機会損失の問題」としての差別、もう一つは女性に対する「ジェンダー役割の問題」としての差別である。後者は、女性の能力や野心、自立を損なう可能性があることが複数の研究で示されている。
SNS上での消費者の反応を統計的に分析したところ、牛角に対する否定的な投稿は発表直後から急増。その後、投稿数自体は1週間程度で減少したものの、否定的な投稿の割合は高い水準を維持し続けた。
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注目すべきは、日本のZ世代(若年層)の男性の意識変化である。コンサルティング企業の仏イプソスの平等さに関する調査(イプソス平等指数 2024)によると、日本の若年男性は他国と比較して、自分たちが不平等な扱いを受けているという意識が顕著に高い。これは、日本社会でジェンダー平等が選択的に適用されてきたことへの不満が高まっていることを示唆している。
24年時点で日本にはこれらの禁止法が存在しないため、女性限定割引は明示的に禁止されておらず、法的リスクは小さい。一方、米国やEUの先進国では、すでにジェンダーに基づく価格設定は主に違法な差別として扱われており、多くの司法判断や行政指導がなされている。
例えば、米カリフォルニア州では1985年の判例で、性別による価格差は有害なジェンダーステレオタイプを強化し、男女双方に悪影響を及ぼす可能性があるとして違法と判断された。
このような消費者意識の変化を踏まえると、企業が短期的な利益を追求して消費者の多様性や公平性を無視した施策を実施することは、長期的なブランドイメージや企業価値を大きく損なうリスクがあるといえる。
特に、特定のジェンダーに限定しない幅広い顧客層を対象とする企業にとって、ジェンダーステレオタイプを強化するような販促施策は、得られる利益以上のリスクを伴う可能性が高い。
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日本における平等意識の高まりとZ世代の男性の不満を考慮すると、企業はこうした女性限定割引のリスクを十分に理解し、その実施の是非を慎重に判断することが求められている。
Source and Image Credits: Kunitake, Y.(2025), “Gender-based pricing in Japan: changes in consumer perception and reputational risks”, Corporate Communications: An International Journal, Vol. ahead-of-print No. ahead-of-print. https://doi.org/10.1108/CCIJ-09-2024-0169
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2
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