高校2年生で、ニコニコ動画に「終末のお天気」を投稿し、ボカロPデビューした、いよわさん。第1回開催の『The VOCALOID Collection(以下、ボカコレ) 〜2020 Winter〜』での「1000年生きてる」の5位入賞をきっかけに、その後もオリジナル曲やリミックスでコンスタントにボカコレに参加。
今や、ボーカロイドカルチャーに欠かせないスマートフォン向けゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』(以下:プロセカ)にも楽曲が実装されるなど、今、最も勢いのあるボカロPの一人と言える。
繊細なピアノさばきとDTMを駆使した、変化球に富んだサウンドメイクは、DTMのストロングポイントを極限まで追求したものだ。ボーカロイドカルチャーの度肝を抜いた、いよわさんの作品は、一貫して“ボーカロイドを用いる意義”を明確に提示しているように思える。取材では、ボカコレを軸に、いよわさんの心境の変化を覗いてみた。
取材・文/小町 碧音(こまち みお)
■「1000年生きてる」から「熱異常」へ──いよわが紡ぐ挑戦と変化──いよわさんは、2018年に活動を始められて、初開催となったボカコレ2020冬に参加されました。参加しようと思った理由は、何だったんでしょうか。
いよわ:
ボカコレのことは、第1回が開催される少し前に知って、「面白そうなイベントだな」と、一人のリスナーとして興味を持っていました。当時は、曲を短期間で作ってその勢いのまま発表することが多かったので、ボカコレをその機会の一つとして活用してみよう、と思ったんです。
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「1000年生きてる」も、イベント直前に一気に作りあげ、その勢いを保ったまま投稿しました。当時はリミックス部門にもかいりきベアさんの「ダーリンダンス」のリミックスで参加して、こちらはボカコレが始まってから作り始めて、開催期間中にギリギリで投稿した感じで…。気軽に参加していた記憶があります。
──「1000年生きてる」は、作品が作者の死後も1000年生き続けるかもしれない、という創作活動をする人たちへの希望を描いた楽曲でしたね。
いよわ:
そうですね。たくさんのクリエイターや創作を生んできたニコニコ動画という場所を作ったドワンゴが、ボカロのためのイベントを用意してくれた事実が、すごく嬉しかったんです。「みんなで作品を投稿して、楽しいお祭りにしようぜ!」と誘われた気がして。
ニコニコ動画に動画を投稿している、いちクリエイターとして、すごく勇気づけられたことが、「1000年生きてる」に対する制作の原動力になりました。
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だから、僕も何かを作る人・これから何かを作るかもしれない人を鼓舞するようなニュアンスの作品を作りたいと思ったんです。
──いよわさんは、メイン部門で、「1000年生きてる」が5位(2020冬)、「熱異常」が1位(2022秋)、「一千光年」が2位(2023春)、と常に上位にランクインされていました。ボカコレを取り巻く空気感の変化を感じていますか?
いよわ:
ボカコレに興味を持つ人が増えて規模が大きくなるほどに、必ずしもプラスなものだけとは限らない様々な感情が渦巻くイベントになっていく様子を感じていて…。いろんな形でより多くの人の心が揺さぶられるイベントになってきたというか…。
──そういう意味では、ボカコレ2022秋に投稿された「熱異常」も、ボカコレの変化を象徴する、さまざまな熱を封じ込めた曲だと感じます。
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いよわ:
「1000年生きてる」でボカコレに初参加した後のボカコレで、「ヘブンズバグ」というオリジナル曲も投稿し、その後しばらくはリミックス部門にてボカコレ参加していました。そののち、ボカコレ2022秋を前に久しぶりにオリジナル曲で参加してみようと思い立ちまして、せっかくなら何か挑戦的なことをしたいなと。
当時の自分のMVにはオリジナルキャラクターがよく出ていたんですけど、このときには足立レイさんの力を借りて「熱異常」を完成させました。高い順位を狙うためというよりは、特別な場で特別な作品を発表したいという気持ちが強かったです。
■「一千光年」の投稿の背景には、覚悟と、周りへの配慮があった──別のインタビューで、競争があまり好きではないとお話されていましたが、参加者同士が競い合うボカコレには、どのような気持ちで臨んでいるのか、気になっていました。
いよわ:
たぶん、お話した当時は、競争で生じる感情の中身が自分でもよく分かっていなかったんだと思います。そのせいで、競争全般が嫌いだと思い込んでいたのかもしれません。誰かより順位が下だから悔しくなるのと、自分がまだ作れないような作品の中身そのものに対して悔しくなるのって自分の感覚としては全く異なる現象で…。
単純に数字で勝ち負けを決める競争がモチベーションにつながることは少ないですが、誰かが本気で作った作品を真正面から受け止め、そのクオリティの高さに対して悔しがることは嫌いじゃないです。むしろ、自分の原動力としてそういう悔しさは不可欠だと思うようになりました。
インタビューに答えるいよわさん──作品そのものの本質に目を向けて、心を揺さぶられること自体は好きだ、と。
いよわ:
そうですね。最近はなにか心が動いたとき、その解像度をちゃんと高めたいという欲求が出てきて…。マイナスな感情を抱くことも必ずしも悪いことじゃないと分かるようになってきたというか…。
むしろ、ちゃんとその理由を分かってやるとモチベーションに変換できる場合がある。以前はネガティブな感情をただ拒絶していたんですけど、今はちゃんと向き合おうという意識が育っています。
──作品作りに衝動的な一面がありそうですが、ご自身の気持ちとしっかり向き合っているんですね。
いよわ:
何に対してもダメージを受けて、そのことをずっと考えていると、心がいくらあっても足りなくなってしまうので。考え方を変えるのは、自分が健康的に活動していくため、自分を守るためなのかもしれません。
競争って、音楽に限らずどこにでもありますよね。避けてばかりじゃいられないですし。考え方を変えないと、自分が傷つくばかりだと思ったから、自然と対処法を探すようになったんだと思います。
──いよわさんの作品の一貫性も、そうした考え方に通じているのでしょうか。活動開始前から、コンセプトはしっかり決まっていたんですか?
いよわ:
昔から、音楽を作るのも絵を描くのも、ただ好きだったんです。それを組み合わせるようになったのは、ボカロPを始めてからでした。「自分のスタイルってなんだろう?」と考えずに、作りたいものを作っていた時期が、今の土台になっていると思います。「まず作ってみる」をひたすら繰り返すうちに、自分のスタイルがだんだん分かってきた感じですね。
──「熱異常」は首位を獲得するわけですが、すぐ次の回で「一千光年」を投稿しようと思ったきっかけは?
いよわ:
「熱異常」を投稿したすこし後には、その対になるような曲を作りたいという気持ちがあったと思います。
ただ同時に、1位を獲った人間が次のボカコレにすぐ出てくることがイベントの盛り上がりに水を差すんじゃないかという懸念もありました。それでもどうしてももう1曲出したくて…。だったらもう、腹をくくって批判覚悟で出すに値するすごい曲を作れるように頑張るしかない、と考えました。
──音声合成ソフトを11種類も使われていて、とてもインパクトがありました。それぞれ仕様が違うので、調声もかなり大変だったのでは。
いよわ:
すごく大変でしたけど、気合で乗り切りました(笑)。最初は初音ミクだけが歌う曲を作ろうと思っていたんです。でも、初音ミクではない存在が、初音ミクに向けて歌うのも面白いんじゃないかなと思い立ちまして。
公式のテーマソングなどではない一個人の制作からこそできるアプローチとして、「初音ミク以外が歌う、初音ミクの曲」というコンセプトが嚙み合いました。
──「一千光年」の投稿の背景には、覚悟と、周りへの配慮もあったんですね。
いよわ:
様々なことを考えていましたが、とにかくこの作品を出したいという自分のわがままを最も大きく自覚していました。
──ルーキーの素晴らしい作品に出会う中で、意識していることはなんですか?
いよわ:
その時点での評価だけにとらわれず、曲を聴いて個人それぞれが抱いた気持ちに絶対的な価値があると思っています。
一回のイベントの結果を全てのように取り扱うのではなく、自分が出会い、素敵だと思ったクリエイターを、焦らずいちリスナーとして長期的に応援し続けるのが一番なのかなと思うようになりました。
──競争相手としてではなく、純粋にリスナーとして見守るイメージでしょうか。
いよわ:
そうですね。良い作品に自分がただぶん殴られる、ということが経験できるありがたさを噛みしめています。大きな感謝を胸に抱きながら、自分もただでは起きないぞと机に向かうことができる。そこに数字や順位は必ずしも必要ではない。最近は、そういう気持ちで作品の数々を見ていますね。
──いよわさんは、ボカコレだけでなく、プロセカでも楽曲が実装されるなど、プロセカとも縁があります。昨年、プロセカ内のユニット「MORE MORE JUMP!」に書き下ろした「ももいろの鍵」の制作は、どのように進められたのでしょうか?
いよわ:
先に、楽曲が実装されるイベントのあらすじをいただいて、そのストーリーに沿って曲を作りました。小さなすれ違いが重なり心の距離を生んでしまって、じゃあここからどうやって再び近づいていくか。
決して何もかもがすぐに解決するわけではないなかで歩み合う一歩を大切にするお話だったので、僕の曲も「仄暗い中に少し光が見えた」くらいの、背伸びしていない希望を表現したかった。0でも100でもない繊細な部分を音で表現したかったので、かなり大変でした。
──ボカコレと同様に、プロセカもボカロ文化の一端といえますが、プロセカにはどのような印象を持っていますか?
いよわ:
ボカコレは自分たちが参加者として楽しむんだという当事者意識を強く感じていました。一方で、プロセカはファン層の中心がより若い世代なので、また毛色の異なるコンテンツというイメージがありますね。
「ももいろの鍵」の曲作りでも、現在進行形で学生生活を送っているリスナーが聴いたらどう感じるかを意識しました。その世代に共感してもらうには、自分がその頃どうだったかを思い出しながら作るしかなくて…。制作中は過ぎ去った時間に思いを馳せる時間が多かった気がします。
──若い世代向けに工夫したところと言うと?
いよわ:
若い頃に感じた「選択」というものの大きさを思い出しながら作品を作りました。学生時代って、どんな選択をしたらどんな結果になるかの経験値が少ないじゃないですか。だから、一つ一つの分かれ道がすごく大きく見えて、良い結果になるか悪い結果になるかを想像して不安を抱えている子が多いのではと思います。
「あなたが選んだ未来に生きるあなたはきっとちゃんと笑えていますよ」というメッセージを、この曲を通して感じてもらえるように意識して制作しました。
──来年1月に全国の映画館で公開される、プロセカ初のアニメ映画『劇場版プロジェクトセカイ 壊れたセカイと歌えないミク』では、挿入歌のうちの1曲の編曲を手がけられているそうですね。
いよわ:
原曲がすでにリリースされている楽曲を再編曲する経験はこれまでもありましたが、最初に世に出る曲で編曲をお願いされることは珍しくて。しっかりいいものを作ってお返ししなければという使命感が自分の中に芽生えました。
──制作風景のなかで、印象的だったことがあれば教えてください。
いよわ:
作詞作曲を担当されたDECO*27さんとは最初に打ち合わせをして、その後は音源をやり取りしながら進めていきました。ドラムやベースなど、曲の土台となる部分がしっかりしていたので、アレンジはスムーズに進んでいきました。ピアノもたくさん弾き込めました。ありがたかったです。
──最後に、今後挑戦してみたいことはありますか?
いよわ:
現状新たにやりたいことがあんまりなくて…。曲を作り、絵を描き、映像を作り、発表する。ということをひたむきに続けたいです。作品を完成させた時が活動における最高の瞬間なので、いつもそのことばかり考えています。
長期的な計画を立てて制作するのがあまり得意ではないこともあるので、今は愚直に制作から投稿への経験を積み、余裕が出てきたらまたそれ以外のことも考えてみようかなと思います。
■映画情報「劇場版プロジェクトセカイ 壊れたセカイと歌えないミク」
2025年1月17日(金)公開
HP:https://sh-anime.shochiku.co.jp/pjsekai-movie/
X(Twitter):@pjsekai_movie
©「劇場版プロジェクトセカイ 壊れたセカイと歌えないミク」製作委員会
STAFF
原作=セガ / Colorful Palette / クリプトン・フューチャー・メディア
監督=畑 博之
脚本=米内山陽子
キャラクターデザイン/総作画監督=秋山 有希
サブキャラクターデザイン/総作画監督=辻 雅俊
音響監督=明田川 仁
音楽=宝野聡史
アニメーション制作=P.A.WORKS
配給=松竹
製作幹事=サイバーエージェント
『The VOCALOID Collection 〜2025 Winter〜』
開催日時:2025年2月21日(金)〜24日(月・祝)
開催場所:ニコニコTOPページなどのネットプラットフォームほか
公式WEBサイト
公式Xアカウント
リアルサウンド テック(DECO*27さん×いよわさん)インタビュー
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