やりすぎやん、スシロー! 鶴瓶のCM“抹消”は危機管理的にアリかナシか?

0

2025年02月05日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

スシローが鶴瓶さんのCMを抹消、なぜ?

 「ええやん、スシロー。」と満面の笑みで運営会社(FOOD & LIFE COMPANIES)を持ち上げていた笑福亭鶴瓶さんが、無慈悲にサクッと切り捨てられるという衝撃の展開を受け、世間から「やりすぎやん、スシロー。」の声があふれている。


【その他の画像】


 発端は1月25日、元タレント中居正広氏の「女性トラブル」の起点となったといわれる自宅BBQに、タレントのヒロミさんや鶴瓶さんが同席していたと『週刊文春 電子版』が報じたことだった。


 といっても記事を読む限り、2人はその場にいただけで、「女性トラブル」はもちろん、中居氏と女性とのやりとりに何もかかわっていない。実際、1月28日にはヒロミさんが出演する情報番組で、「BBQに参加したのは事実だが、その場に被害女性がいたことも知らなかった」と説明した。


 スキャンダル記事の箔(はく)を付けるため、本件とそれほど関係のないビッグネームを登場させて、世間の注目を引き付けるのは週刊誌の基本的なテクニックだ。今回もどうせそんな感じの「もらい事故」でしょ――。そんな同情論が広がる中で、世間がドン引きするような対応を取ったのがスシローである。


 同社は2023年7月より、鶴瓶さんを「スシローのこだわりの語り部」というイメージキャラクターとして起用。公式Webサイト、テレビCMなどの広告はもちろん、店内のポスターやタブレットなど至るところであの人懐っこい笑顔を流していた。しかし、1月29日夕方に公式Webサイトから「抹消」したのだ。店舗にも鶴瓶さんの姿はない。


 メディアの取材を受けたスシローは「お客さまからさまざまな声をいただいておりましたことを踏まえ総合的に判断し、対応しております」と回答した。


●スシローの対応は危機管理的にプラスかマイナスか


 これには「鶴瓶さんがかわいそう」「明らかに過剰反応」という批判が多く寄せられる一方で、広告業界やコンプラ界隈の人たちからは「これから新たにどんな情報が出てくるか分からないので危機管理的にはしょうがない」「ブランドイメージの悪化を避けるためには苦渋の決断では」といった声が出ている。


 ただ、報道対策アドバイザーとしてこの手の問題に対応したこともある経験からいわせていただくと、今回の対応は「危機管理」ではない。危機の発生や拡大を防ぐという本来の目的と180度真逆の結果、つまりは「新しい危機」を招いてしまっているからだ。


 確かに、これから鶴瓶さんが今回の「トラブル」や中居氏とフジテレビとの関係に関与していたという「続報」が出る可能性はゼロではない。しかし、それは出てから対応すればいいだけの話だ。


 そもそも危機管理における意志決定は「事実」に基づくことが鉄則だ。危機発生時のワークフローなどでも事実確認の徹底や三現主義(現場、現物、現実の重視)に基づく社内連絡や経営判断が求められる。


 なぜそこまで「事実」にこだわるのかというと、「ムード」「予感」「先入観」「思い込み」などのカンピュータ的な経営決断は、その場は勢いで乗り切れても、そのしわ寄せから組織にさまざまな「ゆがみ」がもたらされるからだ。


●スシローが生んでしまった新たな企業リスク


 今回のスシローの対応はその典型だ。現時点で鶴瓶さんの行動には何の違法性もないし、人としてモラルを欠いた事実も確認されていない。にもかかわらず「お客さまの声」というムードに配慮して、鶴瓶さんを切り捨てた。一見すると、「客の声にしっかりと耳を傾けていい会社じゃないか」と感じるかもしれないが、この行動によって、例えば以下のような新しい企業リスクが生まれている。


 (1)「客からのクレームに弱い企業」と露呈


 (2)鶴瓶さんが注目されるたびこの件が蒸し返される


 (3)アイリスオーヤマとの対比で「非情な企業」イメージ


 まず、(1)についてはそもそも「企業に意見をする人たち」についての正しい認識が必要だ。


 お客さま相談室やコールセンターでの勤務経験がある方は分かると思うが、今回のような問題が起きた際、企業側にあれやこれやと意見を述べる人の中には、「とにかくただ文句を言いたい人」「自分の主張を押し付けて謝罪や対応を求めることに心血を注ぐ人」というのがかなりいらっしゃる。


 もちろん、社会正義のような高尚な理由からや、今回の被害女性への配慮などを真剣に考えた末、「鶴瓶を出すな!」と怒ってらっしゃる人もたくさんいる。しかし、中にはそんな深いところまで考えずに「なんとなくムカつく」「フジの会見で腹が立ったので鶴瓶も同罪だ」という理不尽爆盛りな感じの人も多いのだ。


 こういう「モンスタークレーマー」の要求は、どんどんエスカレートしていくものだ。すぐに謝罪すると、「誠意が足りない」「土下座しろ」などと言ってくる。一度、返金や慰謝料に応じたら「もっと大きな額をよこせ」と迫ってくる。一度弱みを見せると、そこを突破口にして攻めてくるものだ。


 これと同じ理屈で「クレームに一度屈した企業」というのは、モンスタークレーマーたちの標的になりやすい。今回の対応でスシローはまさしくそこにハマってしまった。


 例えば、今後スシローの広告やキャンペーンに中止や取り下げを迫るモンスタークレーマーたちはこんな風にゴネることができてしまうのだ。


 「なぜやめない! 鶴瓶CM削除のときはちゃんと対応したじゃないか!」


 「鶴瓶のときは客の意見を聞いたのに、なぜ今回は無視するんだ!」


 つまり、「お客さまの意見によって、鶴瓶さんの広告を取り下げました」とコメントしたということは「今回、わが社は理不尽なクレームに屈しました」と世間に発表したようなものなのだ。


 だから、危機管理が徹底している企業はスシローのようなコメントは出さない。本来、イメージキャラクターを起用するか否かなど「企業側が決める」ことだ。というわけで、芸能人のスキャンダルがあって契約解除するときは「契約満了を迎えました」などと説明するのが常だ。


●「誤った制裁の例」として語り継がれてしまう可能性も


 これはうそでも何でもなく、通常の契約書には、タレント側に問題が発覚した時点で、契約が解除できる旨が記載されている。つまり、これもある意味では「契約満了」といえなくもないのだ。


 わざわざこのような言い換えをするのは、企業の窓口や公式アカウントを荒らしている人たちに対し、「あなたたちのクレームに屈したわけじゃないですからね」と暗に伝え、勢いづかせない狙いもある。


 (2)の「鶴瓶さんが注目されるたびこの件が蒸し返される」は、多くの説明がいらないだろう。これからの週刊誌報道などで、鶴瓶さんが「トラブル」に関与していた事実などが明らかになれば「さすがスシロー神対応! こうなることを予見していたのか」と称賛の嵐となるだろう。


 しかし、関与もなく単なる「とばっちり」だということが明らかになると、「そういえば、スシローはCM削除をしましたね」と水を向けられて、「やりすぎだったのでは?」「過剰反応にあきれる」などと批判的な声が増えていく。


 実際、鶴瓶さんは2月2日放送のラジオ番組『MBSヤングタウン日曜日』(MBSラジオ)に出演した際、本件については何も語らないとしながら、自身のネタ帳に関する話の中で「歴史に残るとばっちり!」と言い放って話題になった。


 当たり前の話だが、タレントも人間なので自分に非がないのに一方的に契約解除をされれば、その企業に悪意を抱く。公の場で語らずとも、親しい人たちや周囲にはその企業への「不満」を語る。それが伝言ゲームで拡散され、尾ひれが付いてメディアに掲載されるときには「とんでもない悪口」になってしまう。


 イメージが重要な外食企業として、これも大きなリスクであることはいうまでもない。


●危機管理対応の最も理想的なゴールは


 本来、企業の危機管理における理想的なゴールは「世間から忘れてもらう」ことだ。2〜3日は大騒ぎされてもすぐに飽きられ、誰も語らなくなり、メディアも続報を出さなくなってネット検索でも引っかかりづらくなる。われわれのようなプロはそこを目指している。


 しかし、今回のスシローの対応は残念ながらその真逆となっている。これから鶴瓶さんが新CMのイメージキャラクターに起用されるたび、「そういえば昔……」と蒸し返される。有名タレントが不祥事を起こしてCMが契約解除されるたび、「鶴瓶さんのように本人ではないのに削除された例もある」と紹介される。


 つまり、ネガティブな話題がダラダラと報じられ続け、ボディブローのように企業イメージを悪くさせているのだ。この対応が得策でないことは、今回の騒動があってからも鶴瓶さんの画像が公式Webサイトに掲載されたままの「伊藤園 健康ミネラルむぎ茶」は誰も叩くこともなく、ネガティブな話題にもなっていないことからも明らかだ。


 (3)に関しては、タイミングも悪かった。筆者は1月22日公開の記事『なぜフジテレビは失敗し、アイリスオーヤマは成功したのか 危機対応で見えた「会社の本性」』でも触れたが、この少し前、アイリスオーヤマの「神対応」が称賛されたばかりだからだ。


 アイリスオーヤマは、自宅で酩酊して隣室に侵入し、書類送検という「警察沙汰」になった吉沢亮さんをテレビCMに使い続けた。その対応もさることながら、人々が絶賛したのは前代未聞の応援メッセージだ。


吉沢亮さんは、アイリスオーヤマのブランドアンバサダーの一人として、卓越した表現力と幅広い支持層を持つ俳優です。これまで多くのお客さまに当社の魅力を伝えていただきました。その存在感は、ブランド価値の向上にも大きく貢献していただいております。


今回の契約継続は、吉沢亮さんの今後の挑戦を応援し、共に頑張っていきたいという当社の決意を示すものです》(アイリスオーヤマ公式Webサイト 2025年1月14日)


 企業にとって「タレントなど認知度や宣伝をするための人寄せパンダに過ぎない」というのが社会の一般的な認識の中で、「共に頑張っていきたい」とまでいってのけたことで、アイリスオーヤマの企業イメージは爆上がりしたというワケだ。


●なぜスシローは「悪手」を取ってしまったのか


 そこから2週間も経たないうちに、間の悪いことに今回の「鶴瓶切り捨て騒動」が起きてしまった。繰り返しになるが、現時点では鶴瓶さんには何の違法性も人権侵害も認められていない。週刊誌が「BBQに同席をしていた」と報じただけだ。


 警察沙汰になった俳優を引き続き起用し、応援することを決意表明したアイリスオーヤマと比べると、スシローの対応はあまりにも冷たく見えてしまう。「ああ、スシローにとっては鶴瓶さんはその程度の存在だったんだな」と感じた人も多いはずだ。


 こうした企業イメージも、案外尾を引く。ネットやSNSでは面白おかしく語られる格好の「ネタ」だからだ。


 以上のように、スシローの今回の対応は危機管理的には「悪手」だと言わざるを得ない。そこで、気になるのはなぜこうなってしまったのかということだ。


 いろいろなご意見があるだろうが、筆者は同社の中に「厳格な対応=危機管理」という誤解がまん延しているからではないかと思っている。過去に大きな不祥事や、危機が発生した企業というのは危機管理意識が非常に高くなるのが一般的だ。


 もちろん、それは素晴らしいことなのだが、その反動で「過剰な危機管理対応」になってしまう。筆者はこれを「オーバーツーリズム」ならぬ、「オーバー危機管理」と呼んで問題視している。


●「オーバー危機管理」になってしまったワケ


 社会から叩かれたトラウマがあるので、少しの問題でもすぐに謝罪や撤回、商品やサービスの停止などに踏み切る。スシローもかつて「おとり広告」問題でボロカスに叩かれた。その苦い経験があるので、ちょっとしたリスクも見逃せない。今回のように、ちょっとでもミソが付いた鶴瓶さんをすぐに「排除」したのも、これが理由ではないか。


 スシローといえば、「しょうゆ差しペロペロ少年」の問題が起きたとき、6700万円の損害賠償請求をして世間から称賛された。ただ、企業危機管理の世界では、これは「悪手」以外の何者でもない。理由は当時書いた『スシローは「6700万円の損害賠償請求」を止めるべき、3つの理由』を読んでいただきたい。


 もちろん、この記事はジャーナリストやら知らない人たちから「少年を訴えないとスシローは株主から訴えられるぞ!」とか「少年と家族は死ぬまで償いをすべきだ!」とボロカスに叩かれたが、そういう次元の話ではないことは、それからほどなくしてスシローが訴えを取り下げたことが、全てを物語っている。


 こういう前例のある企業が、今回も「お客さまの意見」を理由に鶴瓶さんを切り捨てるという「過剰な危機管理」に走ったのは、個人的にはかなり納得感がある。


 いずれにしても、今回のスシローの対応はいろいろな意味で興味深い。この「過剰防衛」が今後どう企業イメージに影響を及ぼすのか。吉と出るか凶と出るか、今後の動きに注目したい。


(窪田順生)



    前日のランキングへ

    ニュース設定