世に不倫や浮気はありふれている。看護師として病棟に勤務する若杉京子さん(仮名・20代)は、両親ともに自由に恋愛を楽しむ家庭で育った。それゆえ、ある程度の年齢までは、それが世間からかけ離れた価値観であるとは気づかなかったようだ。
摩訶不思議な家庭で起きた一連の物語に耳を傾けると、家族というものの難しさが浮き彫りになった。
◆家族の前で堂々と“彼氏の話”をする母
少し困ったような表情で、若杉さんは話しはじめた。
「学生時代、ドキュメンタリー番組で『ポリアモリー』が取り上げられていました。でも私にはそれがなぜ取り上げられているのか、あまりよくわかりませんでした。母は家族団らん中にいきなり彼氏とのノロケ話を始めたりする人で、家族も当たり前にそれを受け入れていたからです。一緒に暮らしてこそいませんが、母は父や私に彼氏を紹介していました」
母親の彼氏は2人いた。ひとりは地元の有力者で、もうひとりは海外暮らしが長かった高齢者だったという。
「中学生くらいになると、徐々に自分の家がおかしいのではないかと気づいてきますよね。当時の担任に『日本って一夫多妻制でしたっけ』と質問して、失笑を買いました。母はあまりにも堂々と地元で彼氏とデートをするので、中学の同級生の間で噂が広まり、それが原因でいじめられてしまいました。
いじめを苦にした私が不登校になると、『学校へ行きなさい』と詰め寄ってきました。そもそも、母の公然の不倫がいじめの原因です。『不倫を辞めたら行く』と伝えると、発狂したように『絶対に辞めない!』と怒鳴り散らす始末で……。そのころから、私は母を見限っていたのかもしれません」
◆学費のために貯めた「3年分の貯金」が…
成長するにつれて母親のおかしさに気づいたという若杉さんだったが、許せない出来事が起こってしまう。
「看護学校へ行くための費用を捻出するため、高校時代はアルバイトをしていました。バイト先は飲食店で、当時すでに母は私のご飯を作らなくなっていたため、給料がもらえたうえ、まかないも食べられるから一石二鳥の職場でした。しかし、自分の銀行口座に3年もの間貯金し続けたのですが、母に根こそぎ使われてしまったのです。問いただすと、母は悪びれもせずに『彼氏とのデートに使った』などと言いました」
結局、若杉さんは奨学金を借りて看護学校に通った。高校時代のアルバイト先ではこんなこともあった。
「母が、彼氏2人を連れて来るんですよね。バイト仲間から『若杉さんのお父さんとおじいちゃんだよね』なんて言われて。結構フランクな職場だったので、隠さずに真実を伝えると、誰もが絶句して驚いていました。ただ、高齢者の方は海外の習慣なのか、チップをくれるので評判が良かったのですが(笑)」
◆母とは絶縁するも、関係者らしき人物が勤務先に…
現在、若杉さんは母親との接触を避けるため、絶縁を選択したという。
「戸籍を分籍したうえで、すべての情報に閲覧制限をかけました。そして、地元の警察署に毎年行って、どんなにしつこく聞かれても私の情報を母に渡さないように言っています。
対応してくれる警察官によって異なるのですが、理解を示してくれる方もいれば、『お母さんなんだから、お金を使われたくらいで絶縁しなくてもいいんじゃない』なんて諭そうとしてくる人もいます」
母親には絶対に居場所を知られたくない。そうした強い意志が感じられるが、こんなエピソードによるものだ。
「母親の彼氏のひとりが地元で有名な方なのですが、その人の後ろ盾になっている人が、私が勤務する病院に健康診断の名目で入院しにきたことがありました。場所もその方に縁もゆかりもないのに、わざわざ調べて来たのだと思います。それ以来、より警戒を深めるようになりました。
もっともその方は、母と彼氏との関係性をよく思っていないようでした。彼氏には妻子がいるし、社会的な影響があるからでしょう。その妻子にも、母は公然と会っているという奇妙な関係なのですが」
◆父の恋人は、まさかの…
当然、父親にも恋人がいる。時間軸が前後するが、父親の恋人との出会いはなかなか衝撃的だ。
「高校時代、私は交通事故に遭い、脳挫傷とくも膜下出血になりました。ICUを経て一般病棟に戻ったとき、家族のことさえおぼろげにしかわからなかったのです。ちょうど、かなり昔の友人に会ったときに名前はわからないけど顔はなんとなく知っている――と感じるのと似ています。当然、家族のことも『見たことあるなぁ』と思っていました。ある日、ロン毛でとてつもなく美形のおじさんがやってきて、『あなたのママよ』と言うんです。さすがに会ったことないから違うのはわかるじゃないですか(笑)。で、よくよく話を聞いていくと、それは父の恋人だったんですよね。実は、バイセクシャルだったようです」
このとき父親がバイセクシャルであることを初めて知ったという。驚きもあっただろうが、さらに驚くのは父親の恋人の鬼神のごとき働きだ。
「父はシャイというか、あまり大切な場面に顔を出さない人なんです。で、その父の代わりに恋人が主治医の説明を受けるんです。恋人の職業は医師で、かなり専門的な話をしていたのを覚えています。私の脳のCTを観ながら、主治医と治療方針をディスカッションしていました。そして、なぜかそのわきに母と、彼氏2人も一緒に説明を聞いていました。父はいないのに(笑)。病院には続柄をどう説明したのか、今でもよくわかりません」
もはやカオスと化したカウンセリング室を思い浮かべておかしさがこみ上げるが、若杉さんにとっては医療の道を志すきっかけにもなった。
「正直、その父の恋人のもとで働きたいなと思って看護師になろうと思ったのはあります。そのほかにも、とても良くしてくれました。母がご飯を作ってくれないとき、気前よくご馳走してくれたのも、この人でした」
◆父の恋人が“伯父として”運動会に顔を出してくれた
あるいは、こんな場面でも助けられた。
「うちの両親は親が参加する学校行事に一度も顔を見せたことがありません。しかし高校時代、父の恋人は『伯父』という名目で、よく顔を出してくれました。たとえば体育祭のときなどは、保健委員だったために救護室にいた私と一緒に対応してくれました。無駄に美形であたりもソフトなので女性教員からの受けも上々で、『今年は医師がいるので、安心』なんて言われていました。最後のほうの体育祭では壇上に立って『水分を積極的に接種して、熱中症にならないようにしましょう』みたいな話をしていたのを覚えています」
若杉さんは言う。
「本物の両親と心が通じたと感じたことはないのに、自分の道標になってくれる人が親の恋人から見つかるって不思議ですよね。家族って、何なんでしょうか」
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若杉さんは今日も医療現場で人の生命を救うべく働く。家族は身近なお手本になり得るが、尊敬できる親を持つ人ばかりではないだろう。出会い方が歪でも、純粋にその人を見て感じれば、得られるものはある。家族って、何なんでしょうか――そう話す若杉さんの顔は、もう困惑の表情ではなく晴れやかだった。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki