画像提供:マイナビニュース寝つきが悪い、眠りが浅い、日中の眠気がとれない…など、睡眠に悩みを抱えている人は意外に多いのではないでしょうか。
札幌トヨタグループ17社では、従業員の睡眠にいち早く注目し、NTT東日本とNTT DXパートナーが提供する「睡眠改善プログラム」を導入しました。
従業員の睡眠をどのように捉え、どのような改善につなげたのか。1,000人以上で実施された大規模な取り組みについてレポートします。
従業員の睡眠状況に着目
睡眠は就業時間外のプライベートなこと。企業が管理できるものではありません。しかし、睡眠が個人の健康や日中の業務に影響することも確かな事実。
すっきり目覚めた日は仕事がサクサクはかどるし、睡眠不足だとなかなか進まないという経験は誰しもが持っているはずです。
そこで健康経営の一環として、いち早く従業員の「睡眠改善」に着目したのが、札幌トヨタグループです。
グループのシステム関係を担当するエステイデザインの専務取締役、吉留毅さんはこう話します。
「札幌トヨタグループ全17社の会長を務める相茶省三は、従業員の健康について関心が高く、2023年に東京で開催されたNTT R&Dフォーラムに参加して『睡眠改善プログラム』を知り、健康経営の一環として取り入れてみようということになりました」
「睡眠改善プログラム」とは、従業員の睡眠を評価し、明らかになった課題に基づいて睡眠習慣の改善を支援するNTT東日本とNTT DXパートナーのサービスです。
データ解析技術を生かして従業員の睡眠課題を可視化し、改善に向けたソリューションを提供します。
2022年からスタートしたサービスで、今回の札幌トヨタグループは北海道の事業者では初の採用。1,000人以上の取り組みは全国でも初めてのことでした。
睡眠改善プログラムとは?
札幌トヨタグループはディーラー7社に加え、レンタル&リースやフォークリフトの会社、自動車学校、人材サービスなど全17社で形成される多角的総合企業体です。
まず全従業員2,386人を対象に「睡眠偏差値for Biz」への参加希望を募り、うち約1,100人がWeb問診に回答しました。
今回の取り組みを担当したNTT東日本の菊地陽子さんはこう説明します。
「睡眠偏差値for Bizは、協力会社のブレインスリープが提供する睡眠可視化サービスです。Web上でアンケート形式の問診に応えると、全国1万人のベースデータと照らし合わせて偏差値とリスクを出し、一人ひとりに提供する仕組みです。それとは別に、私たちは個人を特定する情報を取得せずに、それらのデータを集めて分析し、企業様の睡眠傾向を可視化してご提示します」
当初「睡眠改善」に特別強い問題意識を持っていたわけではないそうですが、吉留さんは「他の取り組みと比べて、すぐに導入できそうだったことが、採用の決め手になりました」と、その経緯を明かします。
札幌トヨタグループではさらに、睡眠を測定するデバイス「ブレインスリープコイン」を50個購入し、希望者に貸与して睡眠状態の計測も行いました。
「このデバイスをパジャマのおへその部分に装着して寝ると、Bluetoothでスマホと連携し、睡眠の深さや寝返りの回数を測定し、スコア化して表示します。いびきや環境音も録音して何デシベルか計測してくれるので、危険ないびきが分かる。私も1ケ月ほど試しましたが、飲酒した日は睡眠の質が悪いとか、日々の変化が見えるので、睡眠を意識するようになりました」(吉留さん)
企業の睡眠課題が「見える化」
「睡眠偏差値for Biz」による主観データ、「ブレインスリープコイン」による客観データの取得のあと、NTT DXパートナーから睡眠の専門家を招いて睡眠についてのセミナーを実施し、従業員にアーカイブを配信しました。
「ご本人だけではなくご家族を含めて見てもらえるようにアナウンスしていただきました。ご家族で知識を共有すれば、生活習慣も変えやすいですし、睡眠時無呼吸症候群の注意喚起もできます」(菊地さん)
セミナー後に、睡眠偏差値for Biz のWeb問診を再度、実施したところ、初回の48.5だった平均偏差値が49.7へと1.2ポイント向上しました。あくまで主観データですが、従業員の睡眠習慣が改善されたことが確認できます。
また、NTT DXパートナーで分析した結果報告会を、グループ17社の総務担当を集めて実施。会社別、世代別、職種別などで分析した資料は80ページにも及ぶ詳細な内容になりました。
「1,000人規模のデータを取り扱ったのは初めてです。母数が少ないと、個人が特定されてしまう恐れがあるので、20代30代と大ざっぱな分析しか出せませんが、今回は人数が多いので年齢も3歳刻みにして、精度の高い分析ができました」(菊地さん)
分析結果では、厚生労働省推奨の成人の睡眠時間(6時間)を超える層が全体の80%を占めていて睡眠不足の人は少なかったものの、睡眠偏差値には年齢や職種で有意な差が見られたといいます。
吉留さんとともに今回のプログラムの実施を担当したエステイデザインの中林陽生さんは
「担当業務によってかかるストレスに差があることは漠然と感じていましたが、睡眠偏差値ではっきりと見える化できました。なるほどな、と納得したところです」
とその結果を踏まえ、次のように明かします。
「スマホで録音された自分のいびきを聞いて呼吸が止まっているのではと心配になり、専門医を受診したところ、睡眠時無呼吸症候群と診断された人もいました。鼻に空気を送るC-PAPというマスクをつけて寝るようになって、日中の眠気が減ったと聞いています」(中林さん)
健康経営の推進、ES(従業員満足度)の向上に向けて
実際に「睡眠改善プログラム」に参加した札幌トヨタ自動車の女性社員お二人にも感想を伺いました。
「もともと睡眠には関心があり、会社貸与のスリープコインを装着し、日々の睡眠状況を確認できたことで、より一層、睡眠を意識するようになりました。良い睡眠ができた朝はすっきりした気持ちになりますし、昼間の眠気もなく、仕事にもよい影響があると感じています。今も寝る時間に向けて照明をだんだん暗くしたり、睡眠によい音楽を聴いたり、工夫を続けています」
「取り組み前は睡眠をあまり意識したことはなかったです。睡眠偏差値も低い結果でした。スリープコインを借りて装着するようになってからは、毎朝、データを確認するのが面白く、睡眠に対する意識が高まりました。取り組み後、自分でもスマートウォッチを買って、毎朝、睡眠状況をチェックしています」
こうした声を受けて、札幌トヨタグループでは「睡眠改善プログラム」の次の一手を検討中です。
「初回のWeb問診で睡眠時無呼吸症候群のリスクがあるとされた従業員が641人確認されましたが、医療機関を受診したのは、わずか3%にすぎませんでした。会社には産業医もいるのですが、医師に受診するという行動はハードルが高いようなので、今後どのように対策するか検討中です」(吉留さん)
検討しているひとつは、現在NTT DXパートナーで準備中の生成AIを活用した無料相談システム、もう一つは仮眠室の設置です。
「日中に15分程度、仮眠をとるのは、パワーナップと呼ばれ、仕事のパフォーマンスを向上させることが実証されているので、仮眠室を設けてはどうかという話も出ています」(中林さん)
サポート側のNTT東日本、菊地さんも同じ意見です。
「車の運転や建設関係などは日中の眠気が安全に大きく関わる業種ですから、仮眠という文化を一緒につくっていけたらいいですよね」(菊地さん)
当たり前ですが、睡眠は毎日、欠かすことのできないもの。かつ一生つきあうもの。
従業員の睡眠の質は企業の生産性と深く関連しており、睡眠休養に問題があると、肥満や運動習慣よりも経済損失が大きいといわれます。
札幌トヨタグループでは、今後も継続的に睡眠改善の取り組みを進め、健康経営に役立てていく予定だそうです。
井上由美 いのうえ・ゆみ 函館生まれ、札幌在住。広告制作会社のコピーライターを経て2000年からフリーランスのライターに。好きなものはコーヒーとお酒、紙の本、海の匂いと波の音、犬、子ども、お風呂。嫌いなものは戦争と原発と大声。 この著者の記事一覧はこちら(井上由美)