
日本ではNPBのキャンプインに向けて選手たちが自主トレに励む冬の期間、中南米ではウインターリーグで白熱した戦いが繰り広げられる。
ドミニカ共和国やベネズエラ、プエルトリコ、メキシコという野球大国ばかりではない。コスタリカとホンジュラスの間にあり、野球を国技とするニカラグアに、今季初めて足を踏み入れた日本人の"オールドルーキー"がいる。
藤岡好明──2005年大学生・社会人ドラフト3巡目でソフトバンクに入団し、日本ハムやDeNA、さらに独立リーグの火の国サラマンダーズを経て、2024年は新球団くふうハヤテベンチャーズ静岡でプレーした右腕投手だ。
「以前から海外で野球をしたい気持ちはありました。年齢的にも野球をできる年数が減ってくるなかで、やり残したことではないですけど、そのひとつとしてありました」
【ニカラグアの野球事情】
藤岡は1985年3月生まれで、まもなく40歳を迎える。同学年の吉見一起、浅尾拓也(ともに元中日)、長谷川勇也(元ソフトバンク)ら、多くの選手が先にユニフォームを脱ぎ、現役を続けるのは岸孝之(楽天)、長野久義(巨人)など少なくなった。
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ふたりのようにNPBに在籍する大ベテランなら、周囲にかけられるのは賞賛の声だろう。対して、現在の藤岡はそうした立場ではない。
「まだやるの? 給料もそんなに高くないのになんで続けるの?」
独立リーグや二軍球団で現役生活を続ける藤岡に対し、ネガティブな見方をする者も少なくない。ところが、日本から遠く離れたニカラグアの価値観はまるで異なっていた。
「オレ、40代中盤まで現役でやっていたよ。おまえもまだまだできるよ。やればいいじゃん?」
藤岡は加入した名門インディオス・デル・ボーエルのコーチや選手にそう言われた。彼らはいつキャリアを終えるかではなく、まだまだできると先を見据えていた。異国で初めて出会った価値観に、藤岡は背中を大きく押された。
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「『まだまだできる』と言われたのはうれしかったですね。ニカラグアの視点で言うと、続けることはダメなことではない。選手同士でも『来年はどうするんだ?』という感じで、やめることを前提にした話は一度もありませんでした」
人口約700万人のニカラグアは、2023年ワールド・ベースボール・クラシックに初出場。メジャーリーグでは右腕投手のジョナタン・ロアイシガ(ヤンキース)やエラスモ・ラミレス(レイズFA)、カルロス・ロドリゲス(ブリュワーズ)らが活躍している。
ウインターリーグでは5チームが戦い、シーズン終盤の球場には7000人を超える観客が集まることもある。内野席を埋め尽くすファンは打楽器をたたいて応援し、厳しいヤジも飛んでくる。
野球のレベルについては、「二軍と独立リーグの選手を混ぜたみたいな感じ」と藤岡は表現した。
「パワーだけを考えたら、平均してNPBの二軍より力のある選手が多いかな。小さい選手でもホームランが出るので。技術的に言うと、NPBの二軍選手と独立の選手をミックスさせたなかに、いい選手が数人いるというのが近いです」
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【試合前にラム酒を一気飲み】
藤岡は2024年12月から1カ月間在籍し、6試合で8イニングに投げて0勝0敗、防御率3.38。ちなみに2024年のくふうハヤテではNPBのウエスタンリーグでプレーし、21試合で0勝2敗3セーブ、防御率1.37だった。異国の環境に適応することを差し引くとしても、ニカラグアリーグのレベルを想像できるだろう。
同リーグは今季からルールが変わり、外国人枠が撤廃された。藤岡のボーエルに在籍したニカラグア人は片手で数えられるほどで、ドミニカ、ベネズエラ、メキシコなどラティーノに囲まれていたという。
「彼らは移動のバスの中でも騒いでいました。音楽もバンバン流す。それでも寝られましたけどね(笑)」
藤岡にとって印象に残っている出来事のひとつが、試合前に選手たちでラム酒のショットを飲んで盛り上がったことだ。負けが続いている時期で、選手間のミーティングが行なわれた際、リーダー格の選手が「みんなで頑張ろう」と景気づけに振る舞った。
「本当に盛り上がりましたね。なかには飲めない人もいて、ラティーノのなかにも飲めない人はちゃんといるんだとわかりました(笑)」
異国の文化やイメージに対し、誰しも固定観念を持っているものだ。飛行機でもアメリカ経由で24時間近くかかるニカラグアに初めて行き、藤岡には気づいたことがたくさんあった。
とりわけ大きかったのが、野球に対する姿勢を見直せたことだ。
「日本にいた時は、結果を気にしながらやっていたなって。年齢を重ねれば重ねるほど『結果が出ないとクビになる』と、ネガティブに捉えがちになっていたと、ニカラグアに来て思いました」
ニカラグアでは結果を残せなければ、1試合でクビになることも珍しくない。中南米各国と同じく、それは当然のことだ。
だが、周囲の選手はそうした恐怖にとらわれるのではなく、前向きにプレーしていた。
「みんなベストを尽くすというか、自分のできることにフォーカスしているので、ネガティブにならないんだなと。逆に日本ではシーズンの間にクビを切られることはないのに、なぜ僕らはそこまでプレッシャーを感じながら過ごしていたんだろうって思いました。
それと、自分の強みをわかっていないといけない。人に合わせるのではなく、『自分はこういう選手だ』と意思を示しながらやっていかないと、すぐに呑まれてしまう。周りに遠慮してしまったら、どんどん落ちていくような雰囲気があったので。そういうことを感じられたのは、今後の人生でもプラスになると思います」
【もう一回チャレンジしたい】
1カ月間、野球を心の底から楽しんだ。「Baseball is baseball」。日本にやって来た外国人がよく言う感覚を、藤岡もニカラグアで体感できた。現地の食事か水にあたり、体調を一度崩したのも「登竜門」と笑い飛ばせる思い出だ。当地の牛肉は美味しく、また食べたいと思っている。
もちろん、最初からすべてがうまくいったわけではない。いつものようにトレーニングをできる環境はなく、「日本なら......」と頭をよぎった瞬間もある。
「最初は少し思いましたけど、そう考えても仕方ないというか。ピッチャーがパフォーマンスを上げるために必要なこと、今の自分に必要なことを考えたら、じつはそんなに多くなかったなって言うか(笑)。いい意味で、捨てられることってあるんだなと」
トレーニングができないなら、違うメニューで代用すればいい。すべてが思うようにいくわけではない分、自然とそうした思考になった。
「おそらく日本にいたら、いろんなことにトライしていくんだとはならなかったかもしれない。捨てる勇気というか、変える勇気。それがないと、新しい部分が出てこなくなる。今までと違うことをいかに求めるか。それも海外挑戦の意義に含まれていたと思います」
もうすぐ40歳になるが、投手としての探究心は強まるばかりだ。年齢を重ねるにつれ球威は落ちているが、その代わり、どう抑えていくか。対バッターという意味での投球術は、楽しさが増しているような感覚がある。
「もっとうまくなる方法、自分の知らない方法があるんじゃないか。考え方も含めて。それを探しているのが楽しい。それが野球を続ける原動力に近いですね」
ニカラグアリーグの戦いを終え、2025年シーズンをどうするかは未定だ。ただし、ひとつだけ決まっていることがある。
「もう一回、ウインターリーグにチャレンジしたい。そのためにも、次の冬までどこに在籍するのがいいのか。『まだやるの?』と思われるかもしれないけど、抗いながらやりたい。まだ頑張ります」
不惑を迎える藤岡のピッチングを、今季も楽しみにしたい。