画像提供:マイナビニュース高齢化や人口減少に伴うバス路線の廃止・減便も相次ぐ近年。移動の自由度と生活の質を向上させるため、高齢者などが日常生活で利用するタクシー代の一部を補助する自治体が増えている。
しかし、タクシーの利用補助では対象者にチケットを配布する方法が多く採用され、チケット配布の煩雑さやコスト、タクシー事業者や自治体の精算の手間などが障壁となってきた。
これらの問題を解決すべく、長野県・伊那市はシステム開発会社「マイティークラフト」と、クラウド型精算管理システム「DTaM」(Digital Taxi Management)を共同開発を行い、『市街地デジタルタクシー』の本格運行は、NTT東日本とともに2023年4月より開始した。
地域の交通課題の解消を目的とするタクシー助成事業の取り組みと、それを支えるクラウド型精算管理システム「DTaM」について、自治体の担当者たちに聞いた。
○■年間延べ利用者数は2万人以上に
伊那市では、市内に住む高齢者、障害者、運転免許返納者の日常の外出支援に向けて、「ぐるっとタクシー」と「市街地デジタルタクシー」の2つの交通サービスに取り組んでいる。
伊那市は市内全域を2区分に分け対象住民へタクシー利用助成制度を設けている。市の中心地域に居住する住民が市街地内をタクシーで移動する際の「市街地デジタルタクシー」と、その周辺地域から市街地への往来をする対象住民向けのAI自動配車乗り合いサービス「ぐるっとタクシー」だ。
利用対象者は65歳以上の高齢者や運転免許の返納者、移動が困難な障害者などで、運賃の自己負担額は500円(免許返納者と障害者は250円)。運行時間は平日午前9時〜午後3時までと、一般のタクシー利用者が多い時間帯を避けた設定となっている。
「利用者の登録申請自体はだいぶ落ち着いてきましたが、利用者数は右肩上がりで着実に伸びており、令和5年度は2万1,000人を超えました」と、伊那市 企画部企画政策課 企画政策係の田中元喜氏。
車社会の地方では運転に不安を抱える高齢者でも、運転免許の返納に踏み切れない事情がある。「市街地デジタルタクシー」の取り組みは、そんな高齢者の運転免許の自主返納を促し、その送迎を担う家族の負担軽減につながっている。
「取り組み後、運転免許の返納も増えており、ご家族が老親の免許返納を説得する材料のひとつになっています。タクシーの運転手さんから紹介され、利用登録された方も多いです。タクシー事業者さんでは女性運転手の雇用が進められ、現在25台のタクシーで運行していますが、運転手さんからは『忙しい』という嬉しい悲鳴もあり、ほぼフル稼働しています」(田中氏)
○■利用率の向上にもつながる「DTaM」とは
タクシー助成事業に取り組む自治体は全国に存在するが、その障壁となってきたのがシステム導入期間や各種コスト、利用率の向上やタクシー運転手の煩雑さだ。
これらの問題は主に自治体とタクシー事業者間の差額精算(市が助成する運賃の精算)の事務負担に起因している。伊那市の「市街地デジタルタクシー」では独自開発の「DTaM」が、その解決策として採用された。
「DTaM」は伊那市が独自に仕様を策定し、マイティークラフト社が開発・サービス提供するクラウド型精算管理システム。利用登録者はタクシー事業者に直接電話予約し、一般のタクシーと変わらない方法で利用できる。
また、運転手のオペレーションも一般タクシーと大きな違いはなく、乗車時に利用登録証のQRコードを、降車時にタクシーの運賃メーターを、車内のタブレットなどで読み取るだけ。GPSの位置情報や利用データは自動的にクラウドサーバーへ保存・蓄積され、差額が市からタクシー事業者に支払われるという仕組みだ。
「利用者の運賃負担を差し引いた額(売掛金)は自動集計され、(タクシー事業者と)ひとつの画面で情報が共有されているため、精算業務は非常に簡潔です。請求書1枚でお支払いできます」(田中氏)
仮に紙チケットを配る場合、みかん箱1箱分ほどにもなる紙チケットを毎月1件ずつタクシー事業者と確認する作業が発生し、その作業には多くの時間と人手が必要になるという。「DTaM」では、そうした紙チケットによる煩雑な事務手続きはない。
「実際に本格運用を開始して2年が経とうとしていますが、システム上の改善の必要性や課題は、あまり感じておりません。ただ、予算には限りがあるため、いずれは回数制限を設けるなど、制度面での見直しはあるかもしれません。市としてはテスト期間中など、通常の通学時間帯以外の高校生の足が不足している問題もあり、福祉としての移動サービスと公共交通としての移動サービスをうまく連携させ、住民の移動手段を用意していきたいです」(田中氏)
○■回数制限などのカスタマイズもスムーズ
NTT東日本 長野支店、伊那市、マイティークラフト社の3者は、同様の課題を抱え、住民の移動支援を検討する地方公共団体に対し、「DTaM」システムの販売・導入支援を行っている。
「DTaM」の導入・運用は現在、長野県・箕輪町のほか、茨城県の鉾田市、大子町に拡大した。
2023年10月から『まちなかタクシー』の名称で「DTaM」を活用したタクシー助成事業をスタートさせた箕輪町 くらしの安心安全課 生活環境・交通係 係長の小松祐貴氏は、「当町では高齢者の免許返納を促す一方、代わりとなる町民の交通手段がバスのみで、停留所まで出歩けない高齢者も少なくないといった課題がありました」と語る。
「通常のタクシー業務の中で運賃補助をしていくため、人件費を掛けて新たにコールセンターを設置する必要などがないことも大きかったです。サービス利用料は掛かりますが、初期導入費用も低コストで、AIデマンドタクシーなどに比べると、大きくコストを抑えられています。また、高齢利用者にスマホ操作で利用を強いることなく、今まで通り電話でタクシーを呼んでもらえれば良い手軽さも導入のポイントでした」(小松氏)
『まちなかタクシー』の利用者数は現在約1,200人。当初は5台のタクシーで運行していたが、現在は7台のタクシーが運行しているという。
「運行台数も限られているため、伊那市の事例やクリニックの午後診療の時間帯を勘案しながら、利用可能時間を15時までに設定することで、利用者をうまく分散させるかたちをとりました」と、同町への「DTaM」導入支援に当たったNTT東日本 長野支店 ビジネスイノベーション部 地域基盤ビジネスグループ まちづくりコーディネート担当の窪田雄介氏は話す。
運用する中で、利用回数に対し課題が出てきたため、2024年4月から箕輪町では月20回の上限回数を設けた。「システムも一部変更し、上限回数に近づくとアプリ画面にポップアップが出て、運転手さんから利用者にアナウンスしていただくかたちにしました。『まちなかタクシー』登録者の9割以上は10回以内の利用なので、制度変更に対するご意見はほぼありません」と小松氏。
○■「DTaM」の取得データの活用法も検討中
「DTaM」の採用はタクシー事業者や自治体のDXにも寄与している。同町のくらしの安心安全課では、免許返納の手続きと同時に「まちなかタクシー」の登録申請ができるが、電話やオンラインでも対応しており、過去には箕輪町の実家から離れて暮らす家族からの問い合わせもあったそうだ。
「距離に応じた利用者負担の荷重性についても今後は検討していきたいです。同じ買い物でも利用者ご本人の負担が一定だと、やはり皆さん少しくらい遠くても大規模店舗に行きたいという傾向が強いので。ただ、病院や買い物などの店舗指定は町で決められるのものではないため、町民の理解を得ながら注意深く検討しなければいけませんが、なるべく近い場所で用事を済ませてくれるような制度の設計が必要になるかもしれません」(小松氏)
クラウドサーバーに保存されたデータの分析によって、他の交通システムを含む地域の公共交通のさらなる改善へつなげていく役割なども「DTaM」には期待されている。
「バス事業との予算の最適化を今後5年ほどの目処で進めていく予定です。また、近隣の伊那市さんや南箕輪村さんとも連携し、町外へ用事のある方々のニーズをどこまで救い上げられるか。より広域的な取り組みについても協議していきたいですね」(小松氏)
伊藤綾 いとうりょう 1988年生まれ道東出身、大学でミニコミ誌や商業誌のライターに。SPA! やサイゾー、キャリコネニュース、東洋経済オンラインなどでも執筆中。いろんな識者のお話をうかがったり、イベントにお邪魔したりするのが好き。毎月1日どこかで誰かと何かしら映画を観て飲む集会を開催 @tsuitachiii この著者の記事一覧はこちら(伊藤綾)