
新型コロナウイルスワクチンが、「定期接種」になったわけ
まず、新型コロナウイルスワクチンが、なぜ定期接種になったのかをご紹介しましょう。インフルエンザの場合、原因となるウイルスが変異するため、毎年流行するウイルス株が変わります。そのため、流行期の秋冬になる前に、そのシーズンに流行しそうなウイルス株を予測し、それに対するワクチンを用意した上で、秋ごろから定期的にワクチン接種を推奨しています。このような方法で社会全体で感染拡大を防ごうとするのが、「定期接種」の目的です。
新型コロナウイルス感染症の場合、一年を通して起源株が社会全体にまん延しました。治療法も予防法も確立されていなかったころは、その時点で開発されて使用可能になったワクチンを、一年通して繰り返し接種してもらうしかありませんでした。
しかし、現在では、感染が完全に食い止められるわけではありませんが、インフルエンザとほぼ同じように対応できるようになりました。新型コロナウイルスが変異して新しいタイプの株が流行しても、それに対するワクチンを、比較的短い期間で用意する技術がほぼ確立されたためです。
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新型コロナウイルス感染症に対する5つの定期接種ワクチン
2024〜25年シーズンの定期接種では、新型コロナウイルスに対するワクチンとして、ファイザーの「コミナティ」、モデルナの「スパイクバックス」、第一三共の「ダイチロナ」、Meiji Seikaファルマの「コスタイベ」、武田薬品工業の「ヌバキソビッド」の5種類が用意されました。いずれも、現在流行している「オミクロン株JN.1系統」の新型コロナウイルスに対するワクチンです。
ただし、最初の4種類が、いずれも新型コロナウイルスのスパイクタンパク質(抗原)の設計図に相当するRNA(リボ核酸)を含んでいるのに対して、「ヌバキソビッド」だけは抗原タンパク質そのものを含んでいます。
先に開発されたワクチンにRNAが利用された理由
私たちが、ウイルスに対する免疫を獲得するとき、ウイルスに特異的にくっついてやっつけることのできる「抗体」というタンパク質を作り出します。この「抗体」が狙ってくっつくウイルスの場所が「抗原」です。
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近年広く用いられているインフルエンザワクチンでは、インフルエンザウイルスが持っているヘムアグルチニン(略号:HA、へマグルチニンと呼ばれることもある)というタンパク質を「抗原」として投与します。そうすることで、私たちの体内で、それに対する「抗体」が作られることを狙ったものです。
具体的には、インフルエンザウイルス(A型、B型)を処理して無毒化した上で、そこから特別な方法でHAだけを取り分け、製品にしています。このようなワクチンは、一般に「不活化ワクチン」と呼ばれます。
新型コロナウイルスワクチンについても、このようなワクチンを製造できれば、いままでのインフルエンザワクチンと同じように安心して使えそうですが、そう簡単ではありません。新型コロナウイルスが発見されたものの、まだ不明点が多い中で、ウイルスそのものを使ったワクチン作りは困難と考えられました。
そこで登場したのが、コミナティやスパイクバックスなどのRNAワクチンです。抗原タンパク質の設計図に相当するRNAを人工的に合成し、ワクチンとして投与することで、体内で抗原タンパク質を発現させ、それに対する抗体を獲得するという新しい技術が導入されました。
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「ヌバキソビッドは不活化ワクチン」は誤り
上記のワクチンの開発の一方で、インフルエンザワクチンのような「不活化ワクチン」を新型コロナウイルスワクチンでも開発できないかという研究も進められてきました。この研究から登場したのが「ヌバキソビッド」です。インターネット上では、「ヌバキソビッド」は「不活化ワクチンである」とする説明が散見されますが、厳密に言うと正しくありません。新型コロナウイルスを無毒化して、抗原となる「スパイクタンパク質」を取り出して精製しているわけではないからです。
「ヌバキソビッド」に含まれているのは、スパイクタンパク質の設計図であるRNAを他の細菌に入れて、人工的に合成したスパイクタンパク質です。いわゆる「遺伝子組み換えタンパク質」になります。
いずれにしても、直接の抗原となりうるタンパク質を主成分とする「ヌバキソビッド」は、インフルエンザワクチンと同じように使える選択肢として、今後の感染症対策に貢献してくれることでしょう。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))