
【「65−35でイノウエが有利」】
バレンタインデーの14時から、今年のNFLスーパーボウルを制したフィラデルフィア・イーグルスの優勝パレードが催された。2018年以来、2度目のVを飾ったイーグルスの面々が、地元ファンと喜びを分かち合うイベントとあって、午前7時前から沿道に市民の列ができた。そして、街の至るところに大型テントが立ち、イーグルスのTシャツや帽子が売られた。
パレードの出発点は、映画『ロッキー』シリーズでシルベスタ・スタローン演じる主人公がロードワーク中に駆け上がった、フィラデルフィア美術館の階段である。2月14日の当地の天候は晴れ。3日前に降った雪がところどころに残っていたが、宴に相応しく、穏やかな日差しが降り注いでいた。
普段は階段の下に備えられているロッキー像も、最上段に移動。そこに第59代NFLチャンピオンのメンバーがトロフィーと共に現れると、ファンは歓声を上げた。
そんな中継を目にしながら、フィラデルフィアの隣街でボクシングトレーナーとして働くショーン・トーウェ(35歳)は言った。
「生まれ育った故郷のチームが勝ったんだ。うれしくて仕方がないよ。この競技こそ、アメリカ合衆国で最も人気があるからね」
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でも、と彼は言葉を続けた。
「もうすぐ、日本でもスーパーボウルに負けない規模のメガ・ファイトが行なわれるんだろう? ボクシングファンなら待ち遠しくてたまらない。その一方のチャンプは、2月24日に防衛戦があるね。(フィラデルフィアでの)放送開始が月曜の午前5時ってのは厳しいけれど、必ず見るよ」
アマチュアで20戦し、17勝(2KO)3敗。2年前からトレーナーになったトーウェが嬉々として語ったのは、WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級チャンピオンの井上尚弥と、WBCバンタム級王者の中谷潤人の試合である。デビュー以来全勝で、複数階級のベルトを集め続ける両者の対決は現実味を帯びてきており、すでにボクシングの本場アメリカでも話題となっていた。
来る24日、中谷は有明アリーナで3度目のタイトル防衛戦を迎える。
「ナカタニの防衛は間違いないさ。それよりも注目すべきはイノウエ戦だよ。もし実現したら、ノックアウトで決着するだろうね。ナカタニが勝つなら若さが武器となり、前半の4〜7ラウンドで決着しそうだ。キャリアがアドバンテージとなるイノウエの手が上がるなら、8〜12ラウンドだと予想する。
僕は65−35で"モンスター"イノウエが有利と感じる。あのパワー、ボクシングIQ、スピードは目を見張るよ。一方のナカタニは、体型を生かしたボクシングより、接近戦での打ち合いを好むね。メキシカンスタイルだ。イノウエがアウトボクシングで攻略するような気がするな」
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【「イノウエが簡単にノックアウトで勝利する」】
イーグルスのホーム・スタジアムの近くには、モハメド・アリと3度死闘を繰り広げた元世界ヘビー級チャンピオン、ジョー・フレージャーの銅像も立っている。フィラデルフィアは、伝統的にボクシングが盛んな地だ。トーウェに予想を訊ねながら、2週間前にネバダ州ラスベガスで集めたボクシングジャーナリストの言葉がよみがえった。
2月1日、ラスベガスでWBA/WBC暫定ライトヘビー級タイトルマッチが行なわれた。2025年初のビッグマッチとあって、120名強のメディアが記者証を首から下げ、現場でファイトを見つめた。プレスルームでさまざまな記者と会話をするなか、誰もが日本人頂上決戦に興味を示した。
YouTube『Boxeo Algarete』を運営するプエルトリカン、ロベルト・サンチェス(41歳)は、2019年5月にWBAバンタム級王者だった井上が、エマヌエル・ロドリゲスから3度のダウンを奪ってIBF王座を手に入れた一戦以来、"モンスター"に熱視線を送っている。
「我が"同胞"を完膚なきまでに叩きのめした姿は、まさしく怪物だった。ナオヤはもう122パウンド(スーパーバンタム級)じゃ敵がいないだろう? フェザーに転向して、統一王座を目指したほうがいい。
ジュントはいい選手だし、2023年のアンドリュー・モロニー戦は衝撃的なKOだった。あの年の(RINGおよびCBS Sportsが2023年末にセレクトした)KO Of The Yearにも選ばれたが、まだ"モンスター"のレベルには及ばない。モロニーなんて大した選手じゃないよ。日本では大きな興行だろうが、世界的に見たらそうでもない。私はロドリゲス戦のように、イノウエが簡単にノックアウト勝利すると見るね」
30年以上、ボクシングをリポートしている『El Show de Piolin』のエディ・ソテーロ(50歳)もこう話した。
「ナカタニのファイトは、彼がWBOフライ級王座を防衛したアリゾナでのファイトから見ています。ここ、ラスベガスでのモロニー戦も会場で取材していました。このところ、ものすごく伸びていますよね。
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でも、イノウエは強すぎます。ナカタニとのパワーの差は大きいので、5ラウンドで統一スーパーバンタム級王者の勝ちでしょう」
これまでに5度、井上尚弥の特集を手掛けた『Univista TV』のエドゥアルド・マーテル(55歳)は、自身で決めたパウンド・フォー・パウンドで、WBA/WBC/WBO統一ヘビー級王者、オレクサンドル・ウシクに次いで"モンスター"を2位としたと説いた。
「イノウエは抜群のパンチ力を持ち、ショーマンでもありますよね。どんな相手でも、必ずKOするでしょう。それも"殺し屋"と呼べるほどの倒しっぷりです。ファンが何を見たいかを理解していますよ。
一方、バンタム級で敵が見当たらないナカタニは、アメリカでボクシングの基礎を身につけました。フットワークを使ってリングを支配し、時にダンスのようなステップを踏む。そして上半身の動きで相手のパンチをかわす。典型的なメキシカン・アメリカンのスタイルです。
私も、両者の試合には心が躍ります。ぜひ見たい。東京ドームでやることになるでしょうが、1990年2月11日のマイク・タイソンvs.ジェームス・"バスター"・ダグラス戦を超える集客が期待されますね。経験のイノウエに対し、若さのナカタニという図かな。現時点では、イノウエが上でしょう。それでも6−4ですね。相当ハイレベルな、素晴らしい試合になるでしょう。イノウエが勝つならKO、ナカタニなら判定になるんじゃないかな。ナカタニがアウトボクシングでアドバンテージを取るかもしれません」
【「2026年の開催なら、どう考えてもナカタニが有利」】
先日に発表したパウンド・フォー・パウンド・ランキングで、井上尚弥を1位、中谷潤人を10位とした『BRUNCH BOXING.com』のマイク・アンドラーデ(44歳)は、「2026年に実現するんだろ?」と片目をつぶってみせた。
「両チャンピオンとも賢く、リングで(相手からの)恐怖を感じたことがない。技術もメンタルもまるで問題が見当たらない。今、イノウエはパウンド・フォー・パウンドのナンバーワンだ。そのイノウエを脅かす唯一の存在がジュント。減量してバンタムでやっているが、クラスを上げればよりシャープに動き、強いパンチも打てると感じる。あの長いリーチが魅力だな。
ジュントはタイミングよく的確にパンチを打つよね。それに伸び盛りだ。どんどん強くなっているし、底が見えない。一方のイノウエは、ルイス・ネリ戦でダウンを喫したように、けっこうパンチをもらう。ジュントが自分の距離で戦えば、9、10ラウンドでイノウエを倒すだろう。
日本のファンが楽しみにしているビッグマッチだから、まずはスーパーバンタム級で、東京ドームで開催するといいよ。でも、リターンマッチはフェザー級に上げアメリカでやってほしいな。アメリカのファンにも見せてあげたいからね。1戦目も2戦目も、ジュントがKO勝ちすると俺は思う」
ドレッドヘアが目立つ『Hip Hop Sports』のマッカーサー・シモン(25歳)は、「彼らの激突は、サウジアラビアでもいいんじゃないですかね。莫大なファイトマネーが保証されそうですから」と朗らかに述べた。
「私はイノウエを、パウンド・フォー・パウンドの3位とします。1位はウシクで、2位はテレンス・クロフォード(現WBA/WBO暫定スーパーウエルター級王者)。ただ、イノウエは、ほころびも見せ始めましたよね。パワーのないネリに倒されてしまったんですから。ナカタニのほうがネリよりもパンチがあるし、速い。このところ、イノウエは骨のある挑戦者との試合をやっていません。簡単に勝てる相手ばかりです。
ナカタニの鋭いパンチをもらったら、ネリ戦以上のダメージを受けることになるでしょう。2026年の開催なら、どう考えても上り調子のナカタニが有利です。私はイノウエがノックアウトで敗れるんじゃないかと感じますね」
ボクシング記者歴20年、『Pound4Pound.com』のイガー・フランク(62歳)は、「ものすごくいい試合になるだろうね」と興奮気味に語った。
「予想は非常に難しい。イノウエの破壊力は群を抜いている。その上、スピードがあって、どんな相手でも考えて試合を組み立てる。テクニックは互角じゃないかな。ジュントのほうが体の使い方に長けているよ。何より、リーチが武器になりそうだ。離れて戦えば、イノウエがフラストレーションを感じる展開となるだろう。あえて数字で言うなら、51−49でジュントだな。勝ちの匂いがする」
ラスベガスにはフロイド・メイウェザーが経営するジムがあるが、そこでトレーナーとして働く元ミドル級のプロ選手、クロムウェル・ゴードン(45歳)にも話を聞いた。
「東京ドームが満員になるカードだね。予想は本当に難しい。ふたりの"モンスター"の激突だもんな。パンチ力でイノウエ、試合構成でナカタニと俺は見る。50−50だ。当日のコンディションがいいほうが勝つ、そうとしか言えないな。
ナカタニがリーチをどう生かすか、イノウエはいかに自分の距離にするか、駆け引きが見物だ。両者ともメンタルが強いし、ボクシングを知っている。究極の戦いとなるだろう」
これから試合実現まで、世界中のボクシング関係者、そしてファンが全勝中のふたりの日本人世界チャンプに思いを巡らせることだろう。2015年5月2日に行われたメイウェザーとマニー・パッキャオのファイトは6億ドルの収益を産んだとされるが、共にファイターとしての全盛期は過ぎており、「5年遅かったカード」と評された。
ふたりはすでに、対戦に乗り気である。井上尚弥vs.中谷潤人戦が、ベストタイミングで実現することを祈る。