
「もしも魔法が使えたら」きっと誰もが一度くらいは考えたことがあるだろう。けれど、たいていの欲しいモノが手に入るこの時代、自分の心の奥底にしまった“本当に叶えたい願い”に辿り着くことこそが、なによりも難しいのではないだろうか。
映画『僕らは人生で一回だけ魔法が使える』(以下『ぼくまほ』)は、緑豊かな自然に囲まれた小さな村を舞台に、人生の選択を迫られた若者4人の物語だ。2019年の初演以来、何度も再演されてきた朗読劇がついに実写映画になった。

原作・脚本は、2024年3月末で放送作家と脚本業を引退した鈴木おさむ。昨今は『奪い愛、冬』(テレビ朝日系)や『M愛すべき人がいて』(テレビ朝日系)など、トリッキーでドロドロした作風の印象が強いが、今作は清々しいほどにストレートな青春群像劇だ。
そして、ドラマ『アオハライド』(WOWWOW)のメイン監督を務めた木村真人の映像が、もう二度と戻れない彼らの日常を、切なくもエモーショナルに映している。2月21日の公開以降「泣ける」「感動した」等の口コミも多い。
■切なく、優しい。“父と息子”の物語
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物語の中心となるのは、18歳になったアキト(八木勇征)、ハルヒ(井上祐貴)、ナツキ(櫻井海音)、ユキオ(椿泰我)。ある日村の長老・テツ爺(笹野高史)から、この村の少年たちは18歳になると「人生で一度だけ魔法を使える」と知らされる。村のいちばん高い木にある手のひらのような葉っぱに、どんなことを願うかを唱えて投げた後、古くから伝わる魔法の書に、その内容を記すというのだ。
魔法を使えるのは、20歳になるまでの2年間。アキトたちは一度きりの魔法に何を使うのか考えを巡らせる。主演の八木率いるメインキャスト4人は、子どもと大人の狭間にいる絶妙な心の揺らぎを見事に体現していた。
映画を観るまでは、なぜ“18歳になった少年”つまり“男性”しか魔法が使えないのだろうと思っていたのだが、その謎は本編で解消される。『僕まほ』は、若者たちが成長していく青春群像劇であると同時に、“父と息子の物語”でもあるからだ。
この村に住む18歳になった少年が魔法を使える。つまり自分たちの父親も、人生で一度きりの魔法を使ったことがあるということだ。父がどのようなことを願ったのか。18歳からの2年間という大事な時期に、どんな決断をしたのか。その過去を知ったアキトたちは、必然的に自分の父親と向き合うことになるのだ。

ピアノが大好きなアキトは、プロのピアニストになるために、音大を受験しようとしていた。しかし、楽器店を営む父・シンヤ(田辺誠一)は、自身もプロを目指した過去があるためか、「夢にも“見ていいサイズ”がある」とアキトの夢に反対する。
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一方、サッカーが得意なナツキは、周囲から実力を認められ、父・カズオ(阿部亮平)からも夢を応援されていた。だが、カズオはくも膜下出血で倒れ、杖なしでは歩けない身体になってしまう。
ナツキは家業を手伝うことを決めるものの、夢を諦めざるを得なかった現実に苛立ちを募らせる。村の自然を壊すダムの建設に、父・エイジ(カンニング竹山)が関わっていたことを知ったユキオは、そのダムを魔法で壊すことこそが、息子の役目なのではないかと考えはじめる。
■人生と向き合うことで見える“本当の幸せ”
今作で最も気になるのは、もちろん「アキトたちがなにに魔法を使うか」だ。もしも魔法でなんでも叶えられるならば、より幸せになるために、より良い人生を送るために使いたい。けれど、“幸せ”の実像が漠然としすぎていて、なにを求めればいいか分からない。
アキトたちはなんのために魔法を使うか発表する“魔法会議”を開くものの、初回は誰も手を挙げず、「シーン……」となってしまう。「魔法でなにをしたいか」という話には口ごもるけど、日常生活において、不便なことを解消するために魔法を使えばいいのではという方面だと話はどんどん膨らみ、「苦手ないくらを食べた時のクシャっと感をなくす」「グリーンピースを食べた時のニガっと感をなくす」「ゴキブリのビジュアルを変える」と盛り上がっていく様子が可笑しくもリアルだった。
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しかし、この魔法には一つ、「命にまつわることには使えない」という制約がある。つまり、ゴキブリそのものの存在を魔法でなくすことは御法度なのだ。
そんな制約の中で、アキトたちは自分がなにを本当に求めているのかを考える。特に、幼い頃から心臓病を患うハルヒは、本来ならば、病が治ることが一番の願いのはず。しかし、その魔法は使えない。ハルヒ以外にも、アキトは音大合格、ユキオは同じ工作部の女子と両思いになることが願いだった。けれど、それは本来、努力して掴むべき夢のはず。
ナツキは、父親の病気を魔法で治して、順風満帆に進むはずだった自分の人生を“修復”したいと欲望を口にするのだが、はたしてそれが本当にナツキの人生の“修復”になるかは分からない。小さい頃からいつも一緒にいた4人の仲間は、幸せになるために使うはずだった魔法をきっかけに、仲違いをしてしまう。挫折や衝突を繰り返しながら、アキトたちはどんな決断をするのか。

幸せとはなにか。答えはきっと人それぞれだ。でももしかしたら、本当の幸せとは、誰かから受け継ぎ、誰かに受け継いでいくものなのかもしれない。そして、当たり前のように存在するものこそが、幸せなのかもしれないと考えさせられた作品だった。
2024年3月末で、放送作家と脚本業を引退した鈴木が「どうしても朗読劇の映像版を作りたかった」と、最後に今作の脚本を書き上げた意味を感じるエンディングにもなっている。私にとっての幸せはなにか。そして、幸せのバトンを私はどんなふうに渡すのだろう。『僕まほ』世界の美しい映像を思い返しながら、ゆっくりと考えたい。
(明日菜子)
元の記事はこちら- マイナビウーマン
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