中村蒼instagramより 球数は、多いほうがいい。しかもその球が一発ずつ確実に打たれ、どの球にも常にポテンシャルを感じる俳優がいる。
中村蒼である。彼の場合、球(演技)をストレートに打ち、直球であればあるほど、それが名演に近づく。
男性俳優の演技を独自視点で分析するコラムニスト・加賀谷健が、ポテンシャルそのものであり続ける中村蒼を解説する。
◆風通しがいい再発見のような現在
中村蒼は、ジュノンボーイの最終兵器だと常々思っている。2005年に第18回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストでグランプリを受賞した。今年は受賞からちょうど20年ということになる。
十年一昔とはよくいうけれど、さらに倍の20年も経てば、誰がいつ何を受賞したかを細かく記憶しておくことは難しい。だから中村蒼の経歴を改めて確認すると、20年前の栄冠が懐かしい記憶ではなく、むしろ風通しがいい再発見のような現在として感じられる。
佇まいも存在自体もすべてが、ほんとうに清々しい俳優である。例えば、『沈黙の艦隊 シーズン1 東京湾大海戦』(Amazon Prime Video、2024年)で、反旗を翻した潜水艦の副長を演じた中村は、半袖制服の端正な白色を慎ましくもさわやかなペーパーミントブルーにうっすら染め上げていた。単にさわやかなだけではない。「蒼」の名前が意味する深い色合いをオーバーラップさせながら、年齢に調和していたことが美しかった。
◆常にポテンシャルそのものであり続けている人
彼の佇まいが醸す色合いは、年齢に応じた演じ方(あるいは、見せ方)の豊かな変化でもある。20年前、グランプリを受賞したときの彼は、まだ14歳だった。2006年、寺山修司の舞台『田園に死す』(演出は栗田芳宏)で俳優デビューしたときが15歳。
寺山が監督した『草迷宮』(1983年)で俳優デビューしたのが三上博史だが、三上が寺山本人に才能を見出されたのも15歳だった。三上がこれまた固有の佇まいを誇示するドラマ『東京サラダボウル』(NHK総合、毎週火曜日よる10時放送)に中村もまた重要な役で出演している。同作における中村蒼の魅力は後述するとして、とにかく時が巡りにめぐって、不思議な類似が一本線で結ばれている。
その間、中村は常にポテンシャルそのものであり続けている人だと思う。彼をジュノンボーイの最終兵器と命名した理由もそこにある。最終兵器ということはつまり、中村から打たれる球はいくらでもあることを意味している。
最終の一球になるまで球がいくらでもあるから、絶えずポテンシャルであり続けられる。そんな言葉遊びも軽やかに成立させながら、中村蒼はひたすら役という球を打ち、演じる。その特性が軽妙に演じられているのが、今年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』(NHK総合、以下、『べらぼう』)だ。
◆極まる色合いの上で込める球数
中村が演じるのは、横浜流星演じる主人公・蔦屋重三郎の義理の兄・次郎兵衛。幕府公認の遊郭である吉原の駿河屋主人・駿河屋市右衛門(高橋克実)が甘やかすぐうたら息子だが、これが心底愛すべきぐうたらなのだ。
重三郎が勤務するつたやを一応任される身でありながら、ほとんど仕事らしい仕事はしない。金勘定もままならず、眠くなったらやけに可愛らしいあくびをひとつして帰る。吉原に巣くう、ぐうたら町人を絵に描いたような存在だが、中村が演じるとなぜだか色っぽい。
この色っぽさが、現在まで年齢を重ねた彼が醸す色合い。極まる色合いの上で自由に球数を込める。例えば、第3回。出版活動に邁進する重三郎が主人たちに相談する場面で、呑気な地口でおどける次郎兵衛に駿河屋が鉄拳。強い一発を受けて鼻血をだらだら。
痛快なカット割にコミットする一発芸みたいな。翻ってもう一発。第7回で今度は穏やかな場面。重三郎の頭を次郎兵衛がなでる。このなでなで優しい一発(正確には二発)が、愛おしく、洒脱。球数が多い演技のバリエーションになっている。
◆寺山修司に関連するふたりの俳優
『八重の桜』(2013年)以来、12年ぶりの大河ドラマ出演作である『べらぼう』の一方で、同じNHKドラマ作品『東京サラダボウル』の中村蒼は、もっとストレートに球を込める。どの場面でも透徹した真剣な眼差しの彼が、画面上を活気づけ、直球勝負であればあるほど、彼の演技は名演に近づく。
『東京サラダボウル』では、東新宿署・国際捜査係のユニークな刑事・鴻田麻里(奈緒)と元刑事で警視庁・通訳センターに所属する中国語通訳人・有木野了(松田龍平)が、不思議な連携を結んで国際事件を捜査する。それぞれの過去が回想される第6回から、有木野の恋人だった元同僚刑事・織田覚(中村蒼)にフィーチャーする。
有木野と織田は同棲していた。ある日の帰り、織田は玄関で自分が刑事失格だと吐露する場面がある。振り返って熱い眼差しを注ぐ中村が、松田の肩にさっと顔をうずめる。スッと動き、トンと松田の肩を借りる2カット間の中村の動きがつややかである。
第7回では、現場復帰したベテラン刑事・阿川博也(三上博史)が、織田のことを不意に回想するワンショットがあり、画面下手寄りに位置する中村の曖昧なカメラ目線が美しい。対して第6回ラストで阿川が初登場する場面で、三上は逆に上手ぎりぎりに位置していた。
上述したように寺山修司に関連するふたりの俳優が、上手、下手にそれぞれ配置される。第8回で織田と阿川が対峙する場面で三上と中村がひとつの画面を共有する。途中、上述したワンショット同様に手持ちカメラに抜かれるバストサイズのアップは、中村蒼の存在そのものが画面に刻印される、色合いの名演だなと思った。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト / アジア映画配給・宣伝プロデューサー / クラシック音楽監修「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu