限定公開( 1 )
「遊んでないで勉強しなさい」とは、よく聞く言葉だ。日本では長らく「遊び」と「学び」は対立概念として捉えられてきたが、その認識に一石を投じる企業がある。「あそぶことは生きること」という考えのもと、あそび場づくりの開発と運営を行うボーネルンド(東京都渋谷区)だ。
同社には企業や自治体を含め、年間250件前後の依頼が舞い込んでいる。なぜ、ボーネルンドの「あそび場」は注目され、求められるのか。
●全国およそ3万5000カ所のあそび場を開発
世界20カ国、約100社の遊具・玩具メーカーと独占契約(国内での販売契約)を結ぶボーネルンドは、1981年に知育玩具の輸入販売からスタートした。2002年からあそび場づくり事業に本格参入し、これまで全国およそ3万5000カ所の開発に関わってきた。
|
|
「キドキド」など22カ所の直営施設も運営しており、年間の利用者数は約170万人に上る。
企業や商業施設、自治体などからの依頼が急増している要因のひとつは、集客効果があることだ。静岡県にあるカーディーラーでは、店内の展示車を減らし、3分の2のスペースをボーネルンドのあそび場に改装したところ、子連れ客の来店が増加。商談に至る割合も増え、売り上げが50%増加したという。
「導入当初は『商談の邪魔になるのでは』という声もあったが、継続的な運営を通じて地域に浸透し、成果につながった」とボーネルンド専務取締役の池上貴久氏は振り返る。
●あそび場の必要性への理解が進む
同様の効果はさまざまな業種で見られており、2024年3月にはイオンモール今治新都市(愛媛県今治市)が「しまなみオープンパーク」を開設し、子育て支援施策と連動して、幅広い世代が交流できる場を提供している。
|
|
2025年2月には、JRA阪神競馬場(兵庫県宝塚市)が「あそび馬!」という大型室内キッズパークを開設。子連れ専用の飲食スペースも充実させ、競馬場を地域の子育てファミリーが日常的に利用できる場へと変貌させた。
ボートレース場でもイメージ刷新のために、あそび場を導入している。BOATRACE振興会とボーネルンドの協業による「BOAT KIDS PARKモーヴィ」は、全国9カ所のボートレース場に展開し、これまでに67万人が来場した。オンラインで舟券を購入する人が増えたことで既存の舟券売場が縮小し、その空いたスペースを活用して、防災機能も兼ね備えたあそび場を地域貢献の一環として運営している。
そのほか、病院や温浴施設など、当初想定していなかった分野からも依頼が相次いでいる。しかし、必ずしも集客や売り上げ向上に即効性があるわけではない。日常的に出入りする人が増え、集客が安定して、ようやく売り上げに結びつく。そこに至るまでには、時間がかかるケースが多いそうだ。
いずれの施設においても、集客がうまくいくカギは「大人の理解と我慢」だという。「子どもたちの声や動きを成長過程として許容し、遊びが子どもに必要だということを理解すれば、投資価値を感じてもらえる」と池上氏は説明する。
●子どもの体力低下問題を解決する「36の動き」
|
|
ボーネルンドがあそび場を提供する背景には、子どもの体力低下への危機感がある。スポーツ庁が実施する『体力・運動能力調査』によると、日本の子どもの体力は1980年代をピークに低下し、2000年ごろまでその傾向が続いた。
その後、項目によって回復傾向が見られるものの、「投げる」などの基礎的運動能力は引き続き課題が残り、近年はコロナ禍の影響で再び体力低下が報告されている。
そこで、ボーネルンドは子どもの健全な成長を育むあそび場を作るため、「36の動き」に着目した。山梨大学の中村和彦教授の研究によると、人が生涯で身につける動きは80数種類あり、そのうち基本動作となる36の動きを幼少期に習得することが重要とされている。
「走る、跳ぶ、投げるなどの基本動作は、意識せずとも遊びの中で自然に身につけられる」と池上氏は説明する。直営施設の「キドキド」では、遊ぶだけで36の動きのうち28種類が自然に獲得できるよう設計されている。
また、同社には「プレイリーダー」と呼ばれるスタッフが約200人在籍し、遊びを見守る役割を担う。安全を確保しながら、子どもの「やりたい」という気持ちを尊重し、適切な距離感でサポートしている。
年間で5万人近い子どもと接することで、観察力と対応力が培われ、年齢に応じた能力の違いだけでなく、心の状態や体調の変化まで敏感に察知できるようになるという。
「子どもたちが親ではなくプレイリーダーに『見て』と声をかけるのは、プレイリーダーが子どもと繋がるアンテナを持っているから」と池上氏は語る。
●人口減少が進む地域での導入も加速
企業だけでなく、自治体との協働事例も増えている。東日本大震災が起きた際には、セブン&アイグループなど民間企業と行政が協力し、室内施設「ペップキッズ」(福島県郡山市)を作った。オープンから4年で延べ100万人が利用し、現在は震災支援という枠を超え、市の子育て支援センターの役割も果たしている。
また、山梨県甲府市では、子どもの体力低下に危機感を抱いた市長主導で「甲府市子ども屋内運動あそび場 おしろらんど」を2021年4月にオープン。「36の動き」の理論に基づき、甲府市、山梨大学、ボーネルンドの産学官連携で運営している。
あそび場を全国へ展開するには、こうした自治体との連携は欠かせない。ボーネルンドが自社で運営する施設は、人口が密集する都心部での展開が中心にならざるを得ないからだ。
「政令指定都市レベルでないと、ビジネスモデルの成立しにくい。出生率の減少や対象年齢(3〜5歳)のことを考えると、地方は簡単ではない」(池上氏)
そこで、地方では自治体が主導して運営を行う。今や70を超える自治体が導入しており、中には人口流出に歯止めをかけるために導入を決める自治体も少なくない。2001年をピークに人口減少が続いている京都府亀岡市もボーネルンドのあそび場を導入し、子育てしやすい町であることをアピールしている。
「取り組んでいる自治体はたくさんあるが、子どもを預ける場所として認識されており、ボーネルンドの存在や考えがまだ浸透していないのは課題」と池上氏は語る。
ちなみに、筆者の故郷でもある京都府綾部市にも導入されており、駅前の図書館に併設された施設は多くの家族連れでにぎわっている。子どもが少なくなった町ではあるが、施設内を見ると、久しぶりに活気が感じられた。
●欧米と日本の「遊び」に対する認識の違い
日本では「遊んでないで勉強しなさい」という考え方が今も根強く、「遊び」が「学び」の対立概念として捉えられがちだ。一方で、池上氏は「遊びこそが学びの源泉」だと指摘する。
遊びとは自分でやりたいと思った「内発的動機付け」の積み重ねであり、これが主体性を育み、結果として本質的な学びにつながるという。
知育玩具が発展する欧米では、遊びの本質的価値への理解が社会に浸透しており、子どもに質の高い道具を提供する文化が根付いている。それに対し、日本では「偏差値が上がる」「頭が良くなる」といった実利的な価値で知育玩具が売られる傾向があるという。
ボーネルンドはそうしたアプローチではなく、子ども自身が興味を持って深く掘り下げられる「遊び道具」の提供にこだわっている。
同社は、子どもだけでなく高齢者向けの取り組みも始めた。UR都市機構と連携し、集合住宅の屋外空間に従来の「動かない遊具」ではなく、体を動かしたくなるような「動く遊具」を導入。3年間の実証実験を行った結果、URが新設する施設でも同様の遊具の導入を可能にするルール改正につながった。
高齢者が外出して体を動かすことで健康寿命が伸び、社会全体のウェルビーングにつながる。結果として、医療費や社会保険料の削減につながるという考えだ。
また、新たな取り組みとして、2025年4月には「グラングリーン大阪」(大阪市)に小学生を対象としたフリースクールやカフェなどを含む280坪の複合施設を開設する。ここでは、親世代を対象とした「大人の座談会」も実施するなど、学びの場を提供する予定だ。
●あそび環境への投資に必要なのは「長期的視点」
ボーネルンドが目指すあそび環境は、単なる子どもの娯楽施設を超えた社会的価値を持っている。質の高いあそび場は子どもの健全な発達を促すだけでなく、地域コミュニティーの核となり、多世代交流や街の活性化にも貢献する。
一方で、課題もある。特に日本社会では「安全」に対する過剰な要求が、遊びの本質的価値を損なう可能性があることだ。公園からの遊具の撤去もその一例といえる。
「子どもの成長には、適度なリスクとの向き合い方を学ぶ必要もあるが、小さなケガさえも許されない風潮があそび場の存続を脅かしている」(池上氏)
良質なあそび環境への投資は、子どもの健全な成長と、将来の医療費や社会保障費といった社会的コストの削減にもつながるという長期的視点が必要だ。
子どもを取り巻く環境が変化する中で、あそび場のあり方も進化を続けている。ただ、単に施設を増やせばよいわけではない。地域ごとの課題に即したあそび場をどう作っていくかが、今後の大きなテーマになりそうだ。
(カワブチカズキ)
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。