【今週はこれを読め! エンタメ編】運命に翻弄されながらも進む人々〜逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』

0

2025年03月17日 18:10  BOOK STAND

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

BOOK STAND

 第一作目『同志少女よ、敵を撃て』では、独ソ戦のさなかを狙撃兵として生きる少女を、第二作目『歌われなかった海賊へ』では、第二次世界大戦下のドイツで体制に抵抗する少年たちを描いた著者だが、三作目となる本作は現代である。日本と中央アフリカ共和国。心理的にも物理的にも距離がある二つの場所が、「ブレイクショット」という車種の自動車によって繋がっていく。見事すぎる構成と、描かれる多様な人間たちのリアルさに、読みながら震えがきた。逢坂冬馬氏は、いったいどこまで行くのか?

 最初に登場するのは、静岡の自動車工場で期間工として働く青年である。不安定な身分でのきつい労働だが、誠実に仕事に取り組んでいる。期間工の日常を発信するSNSをやっており、フォロワー数は2000だ。ささやかだが、それを自分が生きた証と思っている。長い契約期間の最後となる日に、彼は同僚のミスを目撃してしまう。

 次に登場するのは、中央アフリカ共和国の少年だ。家族を守るため、牛一頭を差し出すかわりに、ある武装勢力の兵士となった。「ホワイトハウス」と呼ばれる車で寝泊まりし、外国から来た「ゲスト」を護衛したり、密猟者や気まぐれな旅行者を誘拐して身代金をとったりする毎日だ。いつものように護衛をしている最中に、事件が起きる。

 それぞれが一編の小説のような濃さと臨場感なのだが、物語が大きく動くのはここからだ。東京に住む二人のサッカー少年とその周辺の人々、所有者が変わっていく「ブレイクショット」を中心に、物語は進んでいく。

 14歳の霧山修吾は、ユースチームに所属している。プロを目指せる才能があるのだが、カリスマ経営者とともにファンドグループを立ち上げた父は、サッカー選手を目指すことに強く反対している。同じチームにいる後藤晴斗は、明晰な頭脳と本質を見極める鋭さを持った少年だ。後輩である修吾の才能にいち早く気づき、雑音に巻き込まれずサッカーに集中できるように気を配ってきた。板金工の父は、息子の優秀さをほこりに思う努力家で善良な人物だが、秀吾の父は彼らと親しく付き合うことをよく思っていない。

 強い絆で結ばれた秀吾と晴斗は、同じ夢に向かって歩んでいた。だが、それぞれの父親が大きなトラブルに巻き込まれたことにより、平坦ではないが明るく照らされていた未来への道に、暗雲が立ち込めていく。

 紛争、差別、格差社会、マネーゲーム、特殊詐欺、誹謗中傷、炎上......。私たちが生きる時代のさまざまな問題を、著者は浮き彫りにしていく。夢を叶えたい。大切な人を守りたい。ただそう願っていたはずの人々は、本人の意思を離れたところでそれらに巻き込まれ、運命を狂わされていく。自分が彼らだったらどうするだろうか。私とは関係のないことだと、彼らと同じ穴に落ちることはないと言えるのだろうか。そんなことを考えずにはいられなくなる。

 耐えがたい現実や実態のわからない悪意をリアルに描きながらも、著者が人間に向ける視線に、濁りや歪みはない。運命に翻弄され、望んでいなかったはずの方向に流されてしまっても、本当に大切なものを取り戻そうする人々の姿が描かれていく。絶望と後悔と諦めの中に希望を見つけ、そこに向かって進もうとする彼らを愛しく、誇らしく思った。

 人は、生まれる場所も時代も、持って生まれる能力も選ぶことはできない。大きなものに飲み込まれてしまうことも、たぶん避けられない。だけど、与えられた場所でどう生きるのかを選ぶことはできる。ささやかな誠実さも、勇気ある決断も、その人にしか持てないものであり、遠くて巨大な何かを変える力を秘めているのだということを、逢坂冬馬氏の小説は教えてくれる。

(高頭佐和子)


『ブレイクショットの軌跡』
著者:逢坂 冬馬
出版社:早川書房
>>元の記事を見る

    前日のランキングへ

    ニュース設定