これまで人間がやってきた業務を自律的に代行する「AIエージェント」が、これから企業にどんどん導入されそうだ。そうなると懸念されるのが、複数ベンダーの多種多様なAIエージェントを連携させて動かせるかどうかだ。AIエージェントを適切に連携できなければ、企業にとっては業務全体の効率化や生産性向上につながらない。
こうした課題に対応すべく、IBMが新たなサービスを提供すると発表した。その内容が興味深かったので紹介しつつ考察したい。
●IBMの「AIプラットフォーム・サービス」の勝算は?
「当社は2025年のAI戦略を『AIをビジネス価値に転換する年』を位置付け、『AIサービス・インテグレーター』として、お客さまがAIの能力を迅速に生産的に、そして安全にビジネス価値に転換する架け橋となりたい」
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日本IBMの村田将輝氏(取締役常務執行役員 テクノロジー事業本部長 兼 Chief AI Officer)は、同社が2025年3月13日に開いたAI戦略についての記者説明会でこう意欲を示した。
具体的な施策として「オープンな『AIプラットフォーム・サービス』を提供」「IT変革のためのAIソリューションを本番環境に適用・拡大」「AIパートナーシップで、AI+への変革をお客さまと共に加速」の3つを挙げた。筆者が上記に示した背景から注目したのは、1つ目の「AIプラットフォーム・サービス」だ。以下、このサービスについて、村田氏の説明を基に紹介する。
同氏はまずAIプラットフォーム・サービスの考え方について次のように説明した(図1)。
「当社では現在100件を超えるAI関連のパイロットプロジェクトをお客さまと進めている。その中で各種アプリケーションとLLM(大規模言語モデル)のつながりや、LLMとデータの位置関係が、個別で整合性のとれていないケースが多いことが分かった。われわれはこの状態を『AI by Default』(図1左側)と呼んでいる。この非効率な状態を改善するため、『AI by Design』(図1右側)にあるように、AIアプリケーション基盤とLLMの間に『AIゲートウェイ』を新たに設け、AIを柔軟で迅速に効率よく活用できるようにしようと考えた」
この考え方のベースとなったのは、IBMが2020年から提供している「DSP」(デジタルサービス・プラットフォーム)だ(図2)。
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DSPは「DX(デジタルトランスフォーメーション)のためのオープンなハイブリッドクラウド基盤」(村田氏)として、IBMの製品やサービスだけでなく、多種多様なDX関連アプリケーションやハイパースケーラーのクラウド基盤などを柔軟で効率よく安全に利用できるようにした利用環境だ。ここで重要なポイントは、新たなデジタル技術であってもDSPにつながれば、DSPに接続されているシステム全体と同期して動せる点だ。
このDSPの考え方を基に、企業の業務システム全体におけるAIの活用形態をデザインしたのが、AIプラットフォーム・サービスだ。
●「勝算あり」と言うIBMの差別化ポイントとは
図3が、AIプラットフォーム・サービスの概要だ。
サービスの構成は「AIアプリケーション基盤」「AIエージェント共通基盤」「AIゲートウェイ」「AIモデル管理(LLM)基盤」「AIデータ管理」「AIセキュリティ/AIガバナンス基盤」といった6つのカテゴリーによって構成される。村田氏によると、「それぞれのカテゴリーの要素については、当社の製品やサービスと、コンサルティング部門がお客さまと構築してきたアセットがベースとなっているが、足りない部分はパートナー企業の製品やサービス、およびオープンソースベースのソフトウェアによって拡充する」とのことだ。
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IBMの製品やサービスと、同社のコンサルティング部門が顧客企業と構築してきたアセットを、図3の上にカテゴリー別に表記したのが、図4だ。
製品やサービスの多くが、IBMが2023年5月に発表したAIプラットフォーム「IBM watsonx」(以下、watsonx)をベースにしている。Watsonxについては、2023年9月25日掲載の本連載記事「IBMのAI戦略から探る『単なるAIユーザーにとどまらない、あるべき企業像』とは」を参照していただきたい。
村田氏は「複数ベンダーのAIモデルを用途によって使い分けたり、つないだサービス内の部品とAIがポリシーやルール通りに働いているかを管理、監督したりといったことができる。さまざまなデジタルサービスともAPIで連携できる」と説明した(図5)。
その上で、同氏は「これから多種多様なAIエージェントがどんどん出てくる。それらをプラグインの形で安全につないで生かすのが、IBMのAIプラットフォーム・サービスだ。当社は今後、このサービスに注力していく」と力を込めた。
AIプラットフォーム・サービスの構成で特に注目すべきが、AIエージェント共通基盤だ。村田氏のAIエージェントについての上記の発言はこのカテゴリーを指すが、会見で踏み込んだ説明はなかった。
AIエージェント共通基盤の要素で目を引くのが、「AIエージェントオーケストレーター」と記されている機能だ。この言葉についても説明はなかったが、日本IBMのWebサイトで調べたところ、「IBM watsonx Orchestrate」というサービスがあったので、その内容を以下に記しておこう。
「IBM watsonx Orchestrateは、コーディング不要で、事前構築済みの機能や対話型のチャット機能を活用しながら拡張性の高いAIエージェントおよびAIアシスタントの設計が可能だ。反復的なタスクを自動化する。問い合わせ対応だけでなく、一つのチャットインタフェースを介して、やりたいことを指示するだけで、『Salesforce』や『Microsoft Outlook』をはじめとするさまざまなツールやシステムとシームレスに連携し、多様な業務処理の実行が可能だ。業務効率をさらに向上させ、複雑なプロセスの簡素化を実現する」
AIエージェントオーケストレーターについてもこの説明とほぼ相違ないのではないかと推察する。
会見の質疑応答で、「AIプラットフォーム・サービスのような多種多様なAIエージェントを管理し活用するサービスについては、競合するITサービスベンダーやハイパースケーラーも同様のものを整備するだろうが、IBMとして勝算をどう考えているか」と聞いた。すると、村田氏は次のように答えた。
「勝算はもちろんある。おっしゃる通り他のベンダーも整備するだろうが、IBMが目指すのはAI領域だけでなく、企業の業務システム全体としてAIを最適な形で管理し活用することだ。従って、オンプレミスでもクラウドでもオープンなハイブリッドクラウド環境でAIを安全に活用できるようにするのが、IBMの大きな差別化ポイントになる。また、多種多様なAIエージェントを管理して活用するためには、システム全体をどうデザインしていくか。そして、どうインテグレーションしていくかが問われる。そのためにはハイパースケーラーを含めた広範なエコシステム作りが欠かせないので、さまざまなパートナー企業との協業にも注力する」
●AIエージェントをめぐる主導権争いが始まった
最後に、村田氏の発言も踏まえた筆者の考察を述べると、冒頭で記した多種多様なAIエージェントの管理、活用における課題に対応したソリューションとしては、今回IBMが打ち出したAIプラットフォーム・サービスが内容として現時点で最も分かりやすいと感じた。
IBMはかねてこうしたフレームワークを表現するのがうまい。しかし、「具現化したサービスは順次提供していく」とのことだが、AIエージェント共通基盤のところが整備される時期はもう少し先とみられる。
AIエージェントの管理、活用は村田氏が述べたように「広範なエコシステム作りが欠かせない」だろう。肝心なのは、多くのユーザーから支持されるサービスを提供できるかどうかだ。一方で、日本では日本IBMをはじめとしたITサービスベンダーが、ユーザーニーズを踏まえてどんな製品やサービスを積極的に担ぐかも注目されるところだ。
今後、この分野は業務・業種アプリケーションベンダー、ITサービスベンダー、ハイパースケーラーが、それぞれの立ち位置でソリューションを打ち出し、激しい主導権争いが繰り広げられることになるだろう。主導権争いとはすなわち、ユーザーの支持をどれだけ獲得できるかだ。IBMが今回打ち出したサービスは、その主導権争いが本格的に始まったことを表しているといえそうだ。
○著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
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