※写真はイメージです カーディーラーで整備士として働く佐藤宏樹さん(仮名・30代)は、日々さまざまな客と接している。大半の客は礼儀正しく穏やかだが、時として「迷惑客」と呼ばれる人々に遭遇することがあるという。
◆店内に響く怒鳴り声
ある日、佐藤さんがショールームで客対応をしていると、突然、店内に怒鳴り声が響き渡った。声の主は、常連客のAさん(仮名・50代)だった。ティアドロップのサングラスをかけ、頭には剃り込みが入ったAさんの姿は、初めて対応するスタッフを尻込みさせるほどの威圧感があった。
「@*?$だから、&%*¥だろお!」
Aさんの怒鳴り声は何を言っているのか分からないほどの大きさで、店内は静まり返った。どうやら車のオーバーヒートで来店し、高額な修理見積もりに激怒していたようだ。
「たかが修理に、こんなカネかからないだろ!」
若手の営業マンをひたすら怒鳴りつけるAさんの様子を、整備士の佐藤さんは呆然と見ていた。
◆態度が一変、“可愛いおじさん”に
しかし、その場に古株の営業マンが現れると、Aさんの態度は一変した。
「おひさしぶりです、どうしたの大きい声を出して」
「いやー、まいったよ。車が止まっちゃってさー」
古株の営業マンとの会話を終えたAさんは、罵声を浴びせていた若手営業マンに対して、「悪かったね。ごめんねー」と謝罪の言葉を口にした。
実はAさんは身長160cm前後で、ニコニコしていれば“可愛いおじさん”という印象すらある。佐藤さんは、人間の態度がここまで急激に変化する様子を目の当たりにし、言葉を失った。
◆車のサビを無料で修理しろ!
佐藤さんにとって印象的だった迷惑客は、ほかにもいる。
Bさん(仮名・50代)は、車の細部にまでこだわる神経質な客としてスタッフ間では有名で、エンジンオイルの量を0.1リットル単位で指定するほどだった。
そんなBさんが予約なしで来店したときのことだ。
車の下回り(エンジンやサスペンションなど、車体の下部の部品)のサビについて相談してきた。
「車の下を覗いたらさー、なんか茶色くなってるから見てくれる?」
佐藤さんが車をリフトアップして下回りを点検すると、運転席の足元付近に10cm程度のサビが広がっていた。これを伝えると、Bさんは激怒した。
「普通さー、車の下回りなんて塗装されてるから錆びないでしょ、作っている段階で塗装ミスがあったんじゃないの〜? リコールだろ、こんなの」
要するに、Bさんは無料で修理しろと言うのだ。
「お車に関するリコール内容をお調べしましたが、塗装に関するものはありませんでした。おそらく、飛び石などから塗装が小さく剥がれてしまい、そこからサビが広がったと思われます。Bさんのお車の下回りは防錆処理などを施していないため……」
佐藤さんは丁寧に説明を試みたが、Bさんは納得せず、上司を呼ぶように要求してきた。結局、工場長や店長まで巻き込む騒ぎとなったが、リコールは認められなかった。
「そもそもリコールはメーカーが決めることなので通るはずもなく、塗装保証に関しては新車購入から1年〜3年程度の場合が多いため、10年経っているBさんの車は保証のほとんどの期限が切れてしまっていました。
もしも店側が費用を負担するとなった場合、今後は“言えばやってくれる”状態となってしまうため、無料での修理はお断りし、他でみてもらうように促して帰ってもらいました」
◆以前よりも笑顔が増えた
佐藤さんは、“無理な要求をしてくるようならキッパリとお断りしよう”と心に決めていたが、数週間後、Bさんが再び来店した。今度はどうなることやら。しかし意外にも……。
「あのー、以前見てもらったサビの修理の見積もり出してもらいたくて」
どうやら他の修理店でも相手にされず、結局は佐藤さんの店に戻ってきたようだった。その後、Bさんは見積もりに納得し、板金修理と防錆処理を行うことになったとか。Bさんは満足した様子で、今でも定期的に来店しているそうだ。神経質なところは変わっていないが、以前よりも笑顔が増えたという。
怒鳴り散らす客が突然謝罪し、頑固な客が態度を軟化させる——。カーディーラーの店内で、スタッフたちは今日もさまざまな客と向き合っている。そこには、人間関係の機微が凝縮されているのかもしれない。
<取材・文/日刊SPA!取材班>