山中慎介が分析する、判定が議論になった那須川天心の試合 ターゲットとなる王者・堤聖也と比嘉大吾の激闘も語った

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2025年03月21日 10:21  webスポルティーバ

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山中慎介インタビュー 後編

(中編:中谷潤人は井上尚弥と戦う前に統一戦へ 山中慎介が他のバンタム級日本人王者のなかで「一番の強敵」に挙げたのは?>>)

 2月24日、WBOアジアパシフィック・バンタム級王者の那須川天心(帝拳) が、前WBO世界バンタム級王者のジェイソン・モロニー(オーストラリア) を相手に3−0(97−93、97−93、98−92)の判定勝利を収めた。試合後、判定を巡って議論も巻き起こったが、元WBC世界バンタム級王者の山中慎介氏はどう見たのか。

 さらに同日のWBA世界バンタム級タイトルマッチ、堤聖也 vs. 比嘉大吾は9ラウンドにダウンの応酬もあるなど激闘に。結果は引き分けとなったが、バンタム級戦線の"群雄割拠"を象徴する一戦についても山中氏に聞いた。

【判定が議論になるほど拮抗した試合になった理由】

――天心選手とモロニー選手の試合は拮抗していたようにも見え、3−0での判定勝利という結果について議論が起きましたが、山中さんはどう見ましたか?

「ラウンドごとの有効打を見れば天心のほうが多かったと思います。ただ、パンチをもらって効いた場面があったり、モロニーが明確に取ったラウンドもありました。ヒヤッとするような危ない場面が印象に残った分、採点に納得がいかないと感じる人がいるのも理解できます」

――ラウンドマストシステム(各ラウンドで優劣を付ける方式)だと、1ラウンドごとの差はわずかでも、結果的に得点差が開くことがありますね。

「そうですね。最終的に合計すると大きな差になって、『そこまで差があったか?』と議論が起きることはよくあります。天心は6ラウンドにはあわやダウンというシーンもありましたし、その印象が強かったことが、採点に対する議論につながったと思います」

――1ラウンド、天心選手はモロニー選手の右ストレートをもらって動きが止まりました。試合の入り方はいかがでしたか?

「試合開始直後から、モロニーとの距離が近いように思えました。モロニーは序盤から前に出て、右を打てば届く距離で戦おうとしていましたよね」

――モロニー選手は、前戦の武居由樹選手(WBO世界バンタム級王者)との試合では、距離を詰めることができずに判定で敗れました。今回は積極的に前に出ましたね。

「武居戦の反省を生かして、サウスポー対策をより徹底してきたんでしょう。それから、天心のパンチを実際に受けて『怖さはない』と見て前に出た可能性があります。元世界王者ですから、そのあたりの対応はうまいですね」

――天心選手は、モロニー選手に対してどんな対策をしていたのでしょうか?

「今回、天心のスパーリングを見ましたが、しっかり対策していたと思います。モロニー以上にガンガン前に出る選手を相手にスパーをして、そのなかでしっかり動ける状態を作っていました。その経験が試合でも生かされていましたね」

――モロニー選手が前に出て来ることも想定した練習をしていたと。

「そうですね。徹底的に練習していました。足を止めての打ち合いもそう。長いラウンドのスパーでは、パートナーが2、3人入れ替わる形でやっていました。その相手は、世界ランキング上位の選手たち。それを週4日間こなしていましたね」

【天心が狙うのはWBA王者の堤聖也か】

――天心選手は、立ち上がりは不安でしたが、うまく立て直しましたね。

「1ラウンドで右をもらって効かされた時、セコンドからの『落ち着け』という指示もちゃんと聞こえていたと思います。4ラウンドあたりから天心も足を使い始めて、リズムが出てきましたね。"らしい"動きが出て、流れが変わりました」

――足を止めての打ち合いや押し合いのなかで、あらためて体の強さも見えたように感じます。

「キックボクシング出身ならではの足腰の強さがありますね。押し負けないフィジカルがあって、近距離での強さも見せた。打たれ強さも証明した試合だったと思います」

――6ラウンドのピンチでは、尻餅をつきそうになっていました。

「それでもギリギリ耐えて、すぐに持ち直しました。体幹の強さ、ボディーバランスのよさが出たと思います」

――モロニー選手のプレスが強いなかで、天心選手は効かせるパンチを入れるのは難しかった?

「モロニーのプレスで天心が下がり、上体が少し高くなって前足に体重が乗り切らない状態になっていましたね。下がりながら前の手でタイミングよくアッパーをねじ込んでいましたが、効かせるというよりは、相手を止めるためのパンチという感じでした」

――新たな引き出しも見せたプロボクシングでの6戦目でしたが、天心選手がどのタイミングで世界に挑むのかが気になるところです。

「世界王座を狙う以上は、バンタム級4人の日本人の世界王者と同じ目線で見られることになりますから、"まだ6戦"とは言っていられなくなりましたね」

――天心選手には、世界のベルトを獲ってから武居選手と統一戦でやりたいという希望があるようです。となると狙うのは、WBA王者の堤聖也選手になりそうですか?

「中谷と西田が統一戦に動き出しましたし、絞られますよね。天心と堤が決まれば、面白い対戦になります。天心はすべてオーソドックスの選手を相手にしてきましたが、堤はスイッチできますし、オーソドックスにはオーソドックス、サウスポーにはサウスポーで戦うことが多い選手です。天心にとって初のサウスポー相手の試合になる可能性が高いですね」

――天心選手もモロニー戦後、次戦は「サウスポーともやってみたい」と発言しています。

「天心は、実はサウスポーのほうが得意とも言っていますね。堤はスイッチですから、純粋なサウスポーとはまた違いますが」

――堤選手は、歩くようにして左右を入れ替えて打ちますね。

「そうですね。相手からすれば、やりづらいスタイルだと思います」。

――天心選手と堤選手、相性はいかがでしょうか?

「これはわかりやすくて、堤が距離を詰めていけるかどうかに尽きます。あの無尽蔵のスタミナを生かして前に出続けて、打ち続けることができるかどうか。そこが勝敗のポイントになると思います」

【比嘉との激闘で、堤が逆境を跳ね返した「本当に大きな一発」】

――堤選手は2月24日、比嘉大吾選手と激闘を演じました。解説席から見ていかがでしたか?

「戦前から好勝負になる予想はしていましたけど、それ以上の名勝負だったと思います。9ラウンドのダウンの応酬なんて、マンガの世界のようでした。

 前半のラウンドは比嘉が、後半は堤が取った試合でしたね。立ち上がりは静かでしたが、比嘉がジャブを出すタイミングがよく、堤が前に出られなくなりました」

――4ラウンドの偶然のバッティングのあと、堤選手が前に出ましたね。

「堤は右目上をカットしましたから、4ラウンドが終わって試合を止められたら、それまでの採点で勝敗が決まる負傷判定になります。その場合、ポイントでは分が悪いと考えていたはず。だからこそ一気にギアを上げて前に出たんでしょう。ただ、それでも比嘉は冷静に、タイミングよくパンチを当てていましたね」

――ダウンの応酬となった9ラウンド、比嘉選手の左フックがヒットし、堤選手がキャリア初のダウン。その後、一気に決めにかかる比嘉選手が右アッパーを放った瞬間、堤選手の右ストレートがカウンターでまともに入りました。

「比嘉にとっては最大のチャンスですから、当然、前に出ますよね。でも堤は、そこを狙って完璧に打ち抜きました。スローで見るとよくわかりますが、堤は比嘉の動きをしっかり見ていて、ドンピシャのカウンターを放っています。ダウンした直後に、それができるのは本当にすごいです」

――前のめりに倒れた比嘉選手のダメージは相当大きかったでしょうね。

「両者1回ずつのダウンですが、ダメージは比嘉のほうが明らかに大きかったですね。レフェリーに止められてもおかしくないくらいでした。9ラウンド以降、堤は全ラウンドを取ってドローに持ち込んだわけですから、本当に大きな一発だったと思います」

――逆境から試合をひっくり返した堤選手の強さは、どこにあると分析しますか?

「一発のパンチの重さでしょうね。体勢を入れ替えても、しっかり体重を乗せて強いパンチを打つことができる。パンチのキレというよりは、重さ。スイッチしながら次々と強打を繰り出せます。そして何より、驚異のスタミナ。彼の多くの試合は前半ポイントを取られても後半に取り返しています。スタミナ、手数、気持ちが堤の強みですね」

――アマチュア時代から培ってきた経験も大きいですか?

「一見、変則的に見えますが、しっかりした技術がないとあの戦い方はできません。高校、大学とアマチュアで実績を積んだ賜物でしょうね」

――惜しくもベルトには届かなかった比嘉選手の今後については?

「武居戦に続いて惜しい試合でした。でも、あの試合を見たら周りがやめさせないでしょう(笑)。直近の2試合の内容を見れば、引退するのはもったいない。しっかりダメージを抜くことが最優先ですが、その後に、自分の気持ちがどうなのかゆっくり考えればいいんじゃないかと」

――中谷潤人選手の圧巻のKO劇も含め、ボクシングの面白さが詰まった2月24日の3試合、あらためていかがでしたか?

「これだけの選手が、すべてバンタム級というのもすごいですよね。かなり盛り上がった大会でしたし、ファンの間でも『次は誰と誰が戦うのか』という議論が活発になっています。あらためて、バンタム級がとんでもないことになっていると実感しました」

【プロフィール】

■山中慎介(やまなか・しんすけ)

1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。

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