写真「自分はノンバイナリー。男でも女でもないし、男でもあり女でもある」
ある日突然、息子として育てていた子どもから、ノンバイナリーであることを打ち明けられたアミア・ミラーさん(59歳)。ノンバイナリーとは、性自認を男性・女性に当てはめない性のあり方のことをいいます。
アミアさんが我が子からジェンダーマイノリティであることをカミングアウトされたとき、抱いた感情は「理解したいけど、理解できない」でした。
世代によって異なる「普通」に悩まされながらも、自分の子どもを理解したいという一心で、LGBTQ+の本を読んだり、ジェンダー・セクシュアルマイノリティの子をもつ親の会に参加したといいます。
カミングアウトは当事者だけではなく、親にとっても大変な出来事。『ノンバイナリー協奏曲「もう息子と呼ばないで」と告白された私の800日』では、LGBTQ+当事者の子をもつ親としての本音が綴られています。
前編は、筆者のアミアさんにノンバイナリーをカミングアウトされたときの状況や心情について聞きました。
◆ノンバイナリー当事者の親の気持ち
――『ノンバイナリー協奏曲「もう息子と呼ばないで」と告白された私の800日』では、お子さんのアレックスさんから突然ノンバイナリーであることを告白された様子から、親世代が抱く気持ちまでリアルに描写されています。この本を書こうと思ったきっかけは何ですか?
アミアさん:アメリカ人の両親の仕事の都合で、私は日本で生まれました。アメリカへ帰って成人してからも、通訳などとして働いたり、日本とのつながりを30年に渡り持ち続けていました。この本を書いたのも、私の経験を通じて、日米の懸け橋になりたいと思ったからです。2012年、私はアメリカに住む子どもからバイセクシュアルであることをカミングアウトされ、2020年にノンバイナリーだと告白されました。カミングアウトを受けてからは、アレックスのことを理解しようと、ジェンダーやLGBTQ+にまつわるさまざまな本を読みました。そんな中で、ある時、日本における状況に目を向けたところ、当事者の親のために書かれた本は1冊も見つけられなかったんです。
カミングアウトを受けたとき、私はとても悩んだし孤独でした。そんな状況の中、多くのアライ(※)と出会ったことで、とても救われたのです。アメリカほどノンバイナリーやLGBTQ+に対する認知度が高まってはいない日本でも、私と同じようなつらい思いをしている親御さんもたくさんいるんじゃないでしょうか。そんな日本のみなさんへ向けて、この本を書くことに決めたのです。
※アライ…「味方」や「同盟」といった意味の英単語だが、この意味から転じてLGBTQ+を理解し、支援する仲間を意味する言葉でもある
――ノンバイナリーを理解するうえで、一番大変だったことは?
アミアさん:一番大変だったのは、人によって「ノンバイナリー」の定義が異なることに理解が追いつかなかったこと。ノンバイナリーとは、「2つ」という意味をもつ「バイ」を打ち消す言葉。つまり、男女のいずれかに当てはめることができないジェンダーをいいます。ノンバイナリーには「(男女)どちらでもない」という人もいれば、「両方」という人もいる。人それぞれ定義が違うため、それを理解するのに時間がかかりました。
私はノンバイナリーを理解しようと勉強することにしましたが、100%理解することは難しくて。子どもに直接、尋ねてみたこともありますが、「もうこの話はしたくない」と言われてしまい、理解したいのにできない状況にストレスがたまっていきました。
――アレックスさんは本書が出るにあたって、どのような反応を示していましたか?
アミアさん:アレックスから強く言われたのは、「当事者のカミングアウトがどれだけ大変かを伝えてほしい」ということ。
もちろん私も、そうした当事者の大変さや不安を想像することはできます。ただ、私は当事者ではないので、当事者も気持ちを完全にはわからない。カミングアウトした者同士、カミングアウトを受けた者同士は共感できるけど、立場が違えばそうはいかない。
なので、アレックスには「私があなたを100%理解できないように、あなたも私の気持ちがわかるわけではない。だから私のことを自由に書かせて」と伝えました。そして、私がこれまでに経験したこと、勉強してわかったこと、わからなかったこと、抱いていた悩みなど、すべてを吐き出すようにしたんです。
◆定義がないジェンダー「ノンバイナリー」
――もともと、アレックスさんがノンバイナリーであることには気づいていましたか?
アミアさん:私が見る限りだと、ジェンダーのことで悩んでいるようには見えませんでした。アレックスが住むシアトルは若者が多く、LGBTQ+当事者が当たり前に周りにいる街です。なので、大人になるにつれアレックスの知識が増え、当事者の友人と関わるなかで、ノンバイナリーとして生きる選択肢が現れたのかなと思っています。
――ノンバイナリーはとても流動的なジェンダーであると感じました。
アミアさん:特にノンバイナリーは流動的です。人によって男性的・女性的な装いをする人もいれば、着る服やメイクなども違う。それぞれの表現が異なるのがノンバイナリーです。アレックスはネイルをするのですが、男の子として育ててきた子どもに「新しいネイルサロンを見つけたから、一緒にネイルしに行こう」と言われる日が来るなんて思ってもいませんでした。
ですが、実際に一緒にネイルをするととても楽しくて。私には固定観念がありましたが、本人が楽しければそれでいいと思うようになりました。
――日本では歌手の宇多田ヒカルさんがノンバイナリーをカミングアウトしたことで、「ノンバイナリー」という言葉が取り上げられる機会が増えました。アメリカでノンバイナリーという言葉が知られるようになったきっかけはありますか?
アミアさん:アレックスが住むシアトルは、Amazon、Microsoft、ボーイング、Adobeといった大手企業の本社が集まる都市です。そうした企業で働こうと、大学を卒業した多くの若者たちが集まるので、若者的な新しい考え方が浸透します。カミングアウトをする当事者の多くが20代ですし、SNS上や街中でノンバイナリーやLGBTQ+の存在は当たり前のように受け入れられているのでしょう。
◆ノンバイナリーが直面する課題
――とてもオープンな印象を受けましたが、本書ではノンバイナリーの4割が自殺を考えたことがあると書かれています。アメリカにおいても、いまだにノンバイナリーやLGBTQ+に関して課題は多いと考えていますか?
アミアさん:私とアレックスがそうであったように、世代による認識の差は大きく関わっていると思います。特に信仰心の篤い親のなかには、保守的な考え方をもつ人が多いようです。それから地域差もあります。シアトルは比較的安全といえる場所ですが、そこから1時間ほど車で移動しただけで、非常に保守的な考え方の地域もあり、ノンバイナリーやLGBTQ+が受け入れられてはいないようです。
最近では、トランスジェンダーの男性が誘拐され、拷問を受け、最終的に命を奪われるという事件もありました。アメリカの差別的な行動はわかりやすく暴力的で、考えの違う者同士が対立したときに危険な目に遭うことがあります。だから、どこに自分自身の身を置くかは慎重になるべきです。
――日本ではSNSでの誹謗中傷が多い一方で、アメリカは直接的な行動が多いのですね。
アミアさん:アメリカは行動に移すことにとても大胆な国です。その大胆さが、一方でノンバイナリーやLGBTQ+の自殺率の高さにもつながっています。なので、自分のことを理解しても、周りから受け入れられるかはわからないですし、家族や学校、コミュニティから自分の安全が脅かされることを恐れる当事者は多くいます。
SNS上での攻撃もありますが、最近は変化が見られます。それは、批判してきた人に対して「私たちも受け身ではいられない」「舐めんなよ」と対抗する人も見られるようになったこと。あなたがそう言うのなら、それらを世間に広め、会社の上司に知らせ、場合によっては解雇してもらう。今まではマイノリティに対して一方的に攻撃的な意見が多かったのですが、これからは反撃していく番です。とてもかっこいいと思いますし、ついにここまで来たと感じています。
――最後に、今のアミアさんがお子さんからカミングアウトを受けたとしたら、どのように声をかけてあげますか?
アミアさん:カミングアウトされてからの800日の経験があるので、今なら「本当の自分を発見できて良かったね」と素直に言えると思います。今でもノンバイナリーの定義が人によって異なることに理解できないこともありますが、子どもが幸せなら私も幸せです。
<取材・文/Honoka Yamasaki 撮影/市村円香>
【Honoka Yamasaki】
昼間はライターとしてあらゆる性や嗜好について取材。その傍ら、夜は新宿二丁目で踊るダンサーとして活動。Instagram :@honoka_yamasaki