12万足売れた「歩くぬか袋」 米農家の社長、“門前払い”から大ヒットの執念

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2025年03月25日 07:31  ITmedia ビジネスオンライン

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鍋で米ぬかと靴下を煮込む鈴木氏

 「30分間、圧迫面接のようなものでした。終わった後、激しい頭痛と嘔吐感に襲われ、トイレで吐き気が止まらなくなりました」――鈴木靴下(奈良県三宅町)の代表取締役社長・鈴木和夫氏は、約15年前の大手量販店での商談をこう振り返る。


【画像7枚】「歩くぬか袋」シリーズの実際の見た目、伸縮性、女性・男性の着用イメージ


 2017年の発売から累計12万足を売り上げ、敬老の日ギフトランキング7年連続1位の「米ぬかソックス」。保湿性や消臭性、静電気防止といった機能があり、父の日や母の日の贈答品としても喜ばれている。実はこの商品が誕生するまでには、鈴木社長の苦難と執念の歴史があった。


●足元から広がる「米ぬか」の価値


 奈良県の法隆寺から車で10分ほどの場所にある小さな町。先祖代々農業を営みながら、靴下製造も手掛ける鈴木氏が開発した「歩くぬか袋」シリーズの米ぬかソックスは、発売から約6年で累計12万足を売り上げるヒット商品となった。


 この靴下の特徴は、米ぬか繊維の使用と足首を締め付けない履き心地だ。鈴木氏によれば、「繊維自体が保湿性を持ち、肌を乾燥から守る効果がある」という。また消臭機能や生地の抗酸化作用も実証済み。


 さらに「静電気が起きにくく逃がしやすい」という特性もあり、冬場に気になる静電気トラブルも軽減する。発熱性については「体から出る水蒸気が熱に変わる仕組み」で、汗ではなく体から自然に出る水分を熱エネルギーに変換。加えて、生地の滑らかさも特徴の一つだという。


 同シリーズの「締め付けない靴下」は1320円と一般的な靴下より高めだが、祖父母へのプレゼントとして支持され、「楽天の敬老の日ギフト」靴下部門にて7年連続ランキング1位を獲得。「お年寄りと若い世代をつなぐコミュニケーションツールにもなる」と鈴木氏は語る。


 現在は会社全体の売上約5億円のうち、この商品だけで年間1億円強を売り上げる主力商品に成長。ECサイトや百貨店での販売を中心に、全国から注文が入っている。


●小学校の思い出から糸づくりまで 50年越しの挑戦


 米ぬか繊維の発想は、鈴木氏の50年以上前にさかのぼる小学生時代の記憶が原点だ。「私の家は農家です。大学生の頃、親から頼まれて精米すると出る米ぬかを廃棄していましたが、もったいないという思いがありました」と鈴木氏。そんな時に思い出したのが、小学2年生頃の経験だ。「学校の廊下を親に作ってもらったぬか袋で拭くと、廊下がツルツル、ピカピカに光るんですよ」と当時を振り返る。


 1958年、鈴木氏が生まれた年に父親が子供用靴下の会社を創業。大学卒業後は家業を継いだ。25歳頃には「米ぬかで靴下を作れば足がすべすべするのでは」と糸の商社に相談したが、相手にされなかった。


 それから約20年の時がたった45歳の頃、「自分で手作りでも始めてみよう」と決意。鍋で米ぬかと靴下を煮込む素人実験は失敗続きだったが、地元の商工会を通じて紹介された和歌山県工業技術センターの谷口久次氏(当時、化学技術部長)との出会いが転機となる。同氏の指導で米ぬか成分の抽出方法を習得し、手作りの試作品が完成。使用者にアンケートを取ると、「足がすべすべする」という反応があった一方、「洗えば効果が落ちる」という課題も判明した。


 こうした課題を克服するためには、手作りでは限界があると感じた鈴木氏。そこで大阪の紡績会社オーミケンシを訪ねた。「なぜ米ぬかなのか?」など、熱心に質問されたが、鈴木氏の農家としての経験に共感した開発部長は協力を約束。米ぬか成分を練り込んだレーヨンを開発し、これを30%、綿を70%で混ぜた特殊な糸が完成した。


 念願の糸ができ上がり、いよいよ靴下の製品化に成功。しかし、その後に待っていたのは、さらに厳しい販売の現実だった。


●1足目の喜び 1200円で売れた靴下の価値


 「カバンに詰めて東京へ行き、渋谷、新宿、池袋、北千住、豊洲、川崎と回ったものの、どこでもなかなか相手にしてもらえませんでした」と鈴木氏は、次の苦難の道のりを語り始めた。東京の大手雑貨店を訪問しても、資料すら見てもらえなかったという。


 「営業経験がなく、飛び込み営業だった私は苦労しました。大手量販店での商談は特に厳しく、30分間の圧迫面接のような状態で、外に出た途端、吐き気と下痢で歩けなくなりました」と振り返る。


 東京での営業に行き詰まり、鈴木氏は関西に活路を見いだした。神戸の三宮にある店舗から、知人の紹介で催事販売の機会を得る。「正月休みから来られますか?」と聞かれ、二つ返事で「行きます」と答えた。


 「妻と二人で売り場に立ちましたが、販売経験もなく、何を言えばいいのか、何をすればいいのか、全く分からない状態でした」と鈴木氏。そんな中、一人の女性客が1200円する靴下を手に取り、購入してくれた。


 「これが初めて米ぬかソックスが売れた瞬間でした。今では累計12万足も売れましたが、その最初の1足、自分が手作りした靴下をお金を出して買ってくれた喜びは、今でも鮮明に覚えています。それに勝るものはないかもしれません」と当時の感動を目を細めて語った。


●「売る」前に「証明する」 エビデンス集めへの執念


 販売の出発点は見つかったものの、本格的な事業展開にはまだ壁があった。そんな中、鈴木氏の娘である鈴木みどり氏が、大手航空会社の仕事から帰郷。「父が苦労している姿を見て手伝いたい」という思いからだった。


 みどり氏は営業同行のほか、楽天やAmazonなどのECサイト運営を独学で担当。新たな販売チャネルが広がり始めたが、鈴木氏が次に注力したのは意外にも「売ること」ではなかった。


 「東京の百貨店で門前払いを受けた経験から、『興味を持ってもらえない』『米ぬかだけでは説得力がない』という課題が分かりました。だからこそエビデンス集めが必要だったんです」と鈴木氏。


 肌試験などには1回300万円ほどかかり、自費で5000〜6000万円を投じたという。「売り上げはほとんどなく、お金ばかり使っていきました。でも、大手企業でも結果が出るか分からないものに稟議は通らないでしょう。他社では絶対に手が出せない領域だったからこそ、私たちだけの強みになった」と語る。


 このように地道にデータを積み上げていく中、思わぬ形で転機が訪れる。予期せぬ形で「米ぬかソックス」がテレビ放送されることになったのだ。


●テレビ放送で大ヒット 「米ぬか」と「締め付けない」の相乗効果


 転機となったのはNHK「鶴瓶の家族に乾杯」の放送だった。鈴木氏の友人が「米ぬかの靴下を作っている友達がいる」と番組スタッフに紹介したことがきっかけで、俳優の加藤雅也氏が会社を訪問。撮影中、工場に飾られていた「締め付けない、きつくない」という掛け軸がたまたま映り込んだ。


 「掛け軸がテレビに映っただけなのに、地元の役場に午前中だけで100件を超える電話が殺到したそうです」と鈴木氏。番組放送後は在庫が一瞬でなくなり、3〜4カ月待ちの状態に。


 「『米ぬか』だけでなく『締め付けない』という言葉が重なったからこそ、あれほどの反響があったと思います」と分析する鈴木氏。実は「締め付けない靴下」は、足首が通常の20〜22センチより太い30センチ以上あった父親のために特別に開発したものだった。この偶然の組み合わせが多くの高齢者の悩みに応えることになり、今も絶大な支持を得ている。


●「これからが本当のスタート」 米ぬか繊維の未来


 「今までは準備期間、これからが本当のスタート」と鈴木氏は力強く語る。テレビ放送での成功を足掛かりに、2023年4月には会社の前に直営店をオープン。「トラクターしか通らない田舎ですが、ここでしか買えない商品だからこそ、お客さまが来てくれる」と地元奈良へのこだわりを見せる。


 ECサイトと卸売りを中心としながらも「自分たちで作ったものは自分たちで売る」という思いから、自社販売に注力。今秋には肌着の発売も予定している。「既存のヒートインナーで悩む人たちに、かゆみや静電気の問題を解決する新選択肢を提案したい」と意気込む。


 「米ぬか繊維はここにしかない素材。糸や生地の販売から、タオル、ハンカチなどさまざまな製品展開、さらには海外市場まで可能性は無限です」と100億円企業を目指す鈴木氏。50年以上前の小学生の記憶から生まれた「米ぬかソックス」は、これからも多くの人々の足元を優しく包み込んでいくだろう。



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