すき家の異物混入騒動、2カ月の沈黙が“最悪の結果”を生んだ理由

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2025年03月26日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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すき家が謝罪! ネズミ混入の味噌汁問題

 「ネズミ暴落」とでもいうべきか。


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 「すき家が味噌(みそ)汁の中にネズミの死骸が入っていた事実を2カ月伏せていた末に、ようやく認めて謝罪した」というニュースを受けて、ゼンショーホールディングス(HD)の株価が大きく下落した件のことだ。


 「自分に非がある場合は迅速に謝罪すべし」というSNS時代の危機管理セオリーをガン無視するかのような驚きの対応に、「牛丼チェーンのトップ企業がこんなバカな対応をするわけはないので、この騒動には裏がある」といぶかしむ人も少なくない。結果、一度は収まっていた「陰謀論」が再燃している。


 それは「何者かが株価操縦のために死んだネズミを店に持ち込んで、味噌汁にポチャンしたのではないか」というストーリーだ。


 その根拠とされるのは、「すき家」のバイト経験者の皆さんが味噌汁調理のオペレーション的にネズミの死骸が混入するなど「あり得ない」と指摘したことだ。


 すき家がプレスリリースで混入の事実を認める直前ということもあって、「X史上で最も間の悪い逆張りだな」と同情されていた。しかし、あまりに分かりやすい「ネズミ暴落」を目にして、「やっぱりなんか変だよね」とこれらの証言が再び注目を集めている。


 ただ、実際に企業の異物混入騒動の対応に関わったことのある立場で言わせていただくと、「オペレーション的にネズミが入ることはあり得ない」という証言はかなり眉唾だ。


●思い出される「丸亀製麺カエル混入騒動」


 「丸亀製麺カエル混入騒動」のときもこの手の証言は盛んに取り沙汰されたが、丸亀製麺があっさりとカット野菜からの混入を認めたように、飲食店で虫、カエル、ネズミが混入することはちっとも「あり得ない」ことではない。「オレの働いていた店では」といくら訴えても、それはその店に限った話でしかなく、世界中の飲食店で無数に報告されている「典型的な食品リスク」だ。


 なぜかというと、入室する際にクリーンルームを通らなくてはいけない半導体工場などと違って、飲食店は基本的に「オープン」だからだ。屋外から人間がバンバン出入りできて、道路、排水溝、天井裏から簡単に虫や小動物が入って来れる。いくら厨房がピカピカでも、味噌汁は真空パックで湯煎するだけでも、そこで働く人間が目視を怠れば、食品や食器に虫やら小動物が混入してしまう「死角」はいくらでもある。


 例えば「食品の異物混入」が社会問題になった2014年、国民生活センターには1852件の相談件数があった。中でも「小動物の死骸、羽根、フンなど」は21件あって、外食・宅配事業でも2件起きている。これはあくまでセンターへの相談だけなので、企業や店側がその場で対応したものを含めたら、この数はもっと膨れ上がる。


 しかも「すき家」は国内で1965店舗(2025年2月現在)もあり、店舗周辺の環境、厨房の衛生環境はバラバラだ。場合によっては、その店独自の動線やカルチャーもあるので、残念ながら「オレのバイト経験では」という体験談が残りの1964店舗全てに当てはまるわけではない。


 ただ、それでもなお「味噌汁にネズミが入るわけがないので誰かの陰謀では?」と考える人は一定数いらっしゃる。彼らが根拠としているのは、「公表まで2カ月もかかるのはおかしい」ということだ。


 この異物混入が起きたのは1月21日だ。鳥取南吉方店を利用した人が「たまかけ朝食」を注文したところ、そこで出された味噌汁に、黒い塊が浮かんでいた。撮影した写真を口コミとともにGoogleマップ上に投稿。その事実を「すき家」側がプレスリリースで認めたのは3月23日。丸々2カ月も寝かせている。


●なぜ2カ月間も公表しなかったのか


 このような対応は「すき家」「はま寿司」「なか卯」という多くのブランドを擁する外食業界最大手企業ゼンショーHDとしては「あり得ない」というのである。そのような見方をさらに強めたのが、プレスリリースにある以下の一文だ。


 「なお、当該店舗は発生2日後に保健所のご担当者様に現地確認をいただいた上で営業を再開しました」


 行政も確認して営業再開したのならば、このタイミングで「ご心配をおかけして申し訳ありませんが、実はこんなことが……」と公表するのがベストだったのに、なぜそれをやらなかったのか、という指摘が相次いだのだ。


 実際、先ほど例に挙げた「丸亀製麺」の場合、SNSで「シェイクうどん」にカエルが入っている画像が注目を集めてから、翌日に公式Webサイトで謝罪している。


 外食業界最大手の企業とは思えない「異常な対応」から深読みして、「実は2カ月間も公表できなかったのは、これがただの異物混入ではなく、すき家を貶(おとし)める勢力と戦っていたからではないか」という壮大なストーリーを唱える人もいる。


 ただ、残念ながらこれも危機管理を生業(なりわい)とする人間からすれば、それほど不思議な話ではない。ゼンショーHDのような日本を代表する大企業であっても、こういう常軌を逸した対応をして大炎上することはよくある。


 もちろん悪意があってやっていることではなく、現場の人々はみな「良かれ」と思ってやっている。こうしたネット上の口コミやSNS発のリスクの場合、インプレッションやリツイートという「数字」で危機管理対応を決定する大企業は多い。すると今回の「すき家」のような問題は起きがちだ。


●理由は「2カ月間バズらなかったから」


 大企業で危機管理やSNSマーケティングをしている人はよく分かると思うが、ネットの口コミやSNS上に自社の悪口、商品やサービスに対する問題、顧客からのクレーム、社内のスキャンダルなどが書かれた投稿は、山ほどあるはずだ。


 しかし、当たり前だがその全てには対応しない。インプレッションやリツイートが少ないものは「静観」するのが基本だ。例えば、企業の不正を告発するような投稿があったとしても、それを20人くらいしか見ていなくて全く拡散されていなければ、ほとんどの企業は「静観」する。間違っても「SNSの投稿について」なんてプレスリリースは出さない。


 食品や外食の異物混入も実は同じだ。皆さんもSNSを見ていただければ分かるように、「○○に虫が入っていた」「XXにゴキブリが」などという投稿とともに写真をアップする人はわりと多い。いまだにスシローのしょうゆ差しペロペロ少年のように、回転寿司でガリをバクバク食べるような愚かな動画も流れている。


 しかし、そのことについて渦中の企業はわざわざプレスリリースを出さない。インプレッションやリツイートという「数字」が自社の危機管理対応の基準に満たないので「静観」しているのだ。


 今回の「ネズミ味噌汁」もその可能性が高い。先ほど述べたように本件情報の出所は1月に投稿されたGoogleマップ上の口コミだ。しかし、このとき炎上していなかったので「すき家」としては静観していた。報道によると、そのまま時が過ぎて、このGoogleマップの投稿に多くの人が注目したのは3月に入ってからだ。そして、『NEWSポストセブン』が「すき家」に対して取材を申し込み、その回答と同時にプレスリリースを配信した、という流れだ。


 「すき家」としてはあくまでインプレッションやリツイートという「数字」を参考にして、「静観」を続けていた。つまり、「なぜすき家は2カ月も公表しなかったのか」というと、「この2カ月間ネズミ混入写真がバズらなかったから」なのだ。


●発表が遅れたもう1つの可能性


 「企業リスクをSNS上の数で判断するなんてことがあるのか」とにわかに信じられない人も多いと思うが、普通に「ある」。というより、今やそれが大手上場企業では普通だ。筆者が本格的に企業危機管理に携わるようになった15〜16年前までは、投稿や口コミの内容を見ながら「これはマズくない?」「どうやって対応する?」と社内で議論しながら、外部のコンサルなどのアドバイスを参考にしつつ対応を決めたものだ。


 しかし、SNSの普及でSNSマーケティングが一般的となり、投稿の広がり方や反応などのデータが可視化できるようになると、SNSリスクの対応も「数」が目安になる。どんなリスキーな投稿内容であっても、「ほとんど見られていない」のであれば、「リスクの低い投稿」と判断されるようになった。今回の「ネズミ味噌汁」も、3月下旬まではそうだったのではないか。


 そして、このようなSNSリスクの対応方針に加えて、もう1つ可能性があるのは「決算対策」である。


 ご存じのように、ゼンショーHDは好調だ。2月12日に発表した2024年4〜12月期の連結決算によると、純利益が前年同期比56%増の341億円。同期間では2年連続で過去最高を更新した。


 この勢いを支えているのが、主力の「すき家」であり、特に既存店が好調である。


 しかし、もし1月21日に発生した「味噌汁にネズミ混入」を丸亀製麺のように翌日にプレスリリースで公表してしまったら、この勢いにブレーキがかかってしまう恐れがある。


 企業価値の最大化をミッションとする経営陣としては、どうにかそれを回避して既存店の好調さを3月までキープしたい。そうすれば、2025年3月期下期決算も最高の形で終わることができるからだ。


●経営陣による「賭け」


 ここからは筆者の勝手な想像だが、思い悩んだ経営陣はネットリスク担当者を呼び付けて、こんな質問をしたのではないか。「このGoogleマップの投稿は、どれほどリスクがある?」


 担当者は先ほど申し上げたように、インプレッションやリツイートという客観的な「数字」を報告する。つまり、1月21日時点ではネットやSNSで注目されていないので「リスクの低い投稿」だと。


 そう言われた経営陣は「危険な賭け」に出たのではないか。それは、この問題をそのまま公表しないでおくということだ。


 もし「賭け」に勝てば、そのまま情報の海の中に埋没していく。「すき家」の既存店は3月まで好調をキープして、最高の形で今期を終えられる。もし「賭け」に負けて大炎上、既存店の売り上げが落ちても、それが後ろにいけばいくほど今期決算への影響は小さくなる。


 実際、衝撃的な「ネズミ入り味噌汁画像」が投稿された1月の客数は前年同月比102%、2月も同104%とほとんど影響は見られない。2月の売り上げも、同114.8%と好調をキープしている。この成果は「すき家」が混入の事実を速やかに公表しなかったからこそ得られたものともいえる。


 今回のネズミ騒動を受けて、株価は下落したわけだが、3月もあと1週間で終わりだ。3月の既存店売り上げのダメージはそこまで大きくない。つまり、2025年3月期下期決算へのダメージは最小限に抑えられた。


●典型的な「組織の病」


 「そんなもん2カ月も寝かしていたことで、企業イメージは地に落ちたわけだから、ダメージを広げているはず」と思うだろう。おっしゃる通りだ。


 しかし、経営陣の中には売り上げに大きく直結するような「不祥事」を「ひとつの期」の中にうまくおさめたいという考えの人もいるのだ。


 もし1月にネズミ混入を公表していたら、2月と3月の客数や売り上げが落ち込んで、2024年10〜3月の期をまたいで次の期にまで影響が及んでいた恐れもある。これは経営者としては避けたいところだ。ひとつの不祥事について2期にわたって言及すると、投資家に対し、その影響があまりに長引いて、経営陣が問題に対処できていないのではという悪い印象を与えてしまう。


 しかし、3月まで公表しなかったことで、2024年10〜3月の期への影響は限定的となり、本格的な悪影響が出るのは次の期からとなる。つまり、「既存店の売り上げが落ちたのは、2025年3月末に公表した異物混入の影響もある」という投資家への説明は、一度で済む。


 しかも、タイミングよく他の企業不祥事や世間を揺るがすニュースが入ってくれば、今の消費者はすぐに「ネズミ味噌汁」など忘れてしまう。株価は瞬間的に大きく落ち込むが、既存店にそこまで影響がないと分かればもともと人気のある銘柄なので、リカバリーにそれほど苦しむこともない。


 メディアや消費者はこのような不祥事が起きたとき、「なぜすぐに公表しない!」「消費者をバカにしているのか!」と怒りをあらわにする。だから当然、われわれのような危機管理のプロも「公表」を強く勧める。


 しかし、現実は必ずしもそうならない。「公表したいのは山々ですが、わが社の事業戦略的にはこのタイミングは最悪で」とか「トップがどうせボコボコに叩かれるのならば、決算が終わった後にしろと強く申していて」などさまざまな「オトナの事情」が優先され結局、伏せられたり隠蔽(いんぺい)したりする。


 そういう「組織の病」を間近で見てきた立場で言わせていただくと、メディアや評論家が唱える「なぜ牛丼チェーンのトップ企業が2カ月も公表が遅れたのか」について、驚きはほとんどない。


 むしろ、そういう大きな組織だからこそ、2カ月も不祥事の公表が遅れてしまったのではないか。


(窪田順生)



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