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「減税になったらうちにとっても大きなビジネスチャンスになるのでは」。そんな風に期待を寄せるビジネスパーソンも多いのではないか。
国民民主党は政府に「消費税率一律5%に引き下げ」を要請。立憲民主党も枝野幸男元代表が「無責任なポピュリズム」と批判していたが、党内で食料品の消費税を「ゼロ」にすべきとの声が挙がっている。これを受けて、自民党・公明党も「減税」を政府に求めていく方向だという。
追い風になっているのが「トランプ関税」だ。米国が日本に相互関税をかけようとしているのは、消費税を非関税障壁と見なして廃止を求めているからだ――。という一部の見立てが独り歩きし、トランプ大統領が日本に対して「消費税、米の関税、ガソリン税、自動車重量税をやめれば、相互関税をやめてやる」などと要求した内容の“まとめサイト”が拡散された。その結果、トランプ大統領を「救世主」として崇(あが)める人も現れた。
一方で、この消費税減税の動きを「無責任」として批判している人もいる。MMT(現代貨幣理論※)が世界的に否定されている今、財源のない日本が消費税減税に踏み切れば、1317兆6365億円(2024年度末時点)という「国の借金」はさらに膨れ上がる。これを決める政治家の多くはあと10年、20年もすれば鬼籍に入る。一方、これから生まれる子どもたちは、この先何十年もこれらの借金を背負って生きていかねばならない。2050年には人口1億人を切る国で、それはさすがに酷ではないかというわけだ。
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もちろん、「ザイム真理教」(※)を批判している人々からすると、こういう話自体が「洗脳」であり、日本の借金は「ゼロ」だ。そのため消費税増税を否定的に述べている政治家や経済評論家は「増税派」「ザイム真理教の信者」と厳しく批判され、SNSでは「増税議員には投票するな!」と早くも落選運動がスタートしている。
「財務省解体で全て解決」を熱心に信じているという意味では実は彼らも「信仰」に近い。そういう意味では夏の参院選を前に、「ザイム真理教VS. 減税信者」の全面衝突が早くも始まった形なのだ。
●日本経済のためにすべきことは
では、もし仮に「消費税減税」があった際、ビジネスパーソンはどんな事業戦略に取り組むべきか。
「そんなもん減税で消費増になるのは確実なんだから、これを大きなビジネスチャンスととして捉えて、ガンガン攻めていくべきだろ」という声が聞こえてきそうだが、個人的にはそこまでの「消費増」は期待できないと思っている。
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消費税を減税・廃止して手取りを増やせばアラ不思議、みるみる日本経済が復活を遂げました――。というサクセスストーリーは以前から盛んに語られているが、日本経済を30年以上にわたって分析してきたデービッド・アトキンソン氏は以下のように指摘している。
常識的な人は「賃金が上がって手取りが増える」状況を肯定し、消費を増やします。賃金が増えていないにもかかわらず、巨額の累積財政赤字を抱える国において減税によって手取りが増えた場合、多くの人は「どうせ後でまた増税されるだろう」と考え、貯蓄を増やすだけです
確かに、いくら減税したところで給料が上がるわけではない。まともな社会人は「よっしゃ! 消費税がゼロになったからバンバン金を使うぞ」とはならない。むしろ、平均給料が30年以上も上がっておらず、韓国にも追い抜かされた現実を踏まえれば、労働者世帯の多くは「生活防御」に走る。つまり、減税で転がり込んだ金を貯蓄するのだ。
●消費税の「時限的引き下げ」をしたドイツの事例
4月4日、衆議院財務金融委員会で財務省が示した所得階層別の税負担率によれば、年収500万円以下の2人以上世帯の消費税負担率は4.6%なので23万円となっている。
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では、年収500万円以下のご家庭の方にお聞きする。自分の年収が変わらない中で、消費税ゼロでこの23万円が懐に転がり込んだとして、いきなりそれで豪遊や高額な買い物をするだろうか。
恐らく多くの家庭が、アトキンソン氏の言うように、子どもの教育費や住宅ローンなどに備えて貯蓄に回すのではないか。実際、われわれは米が足りないと聞けば、他人の迷惑などお構いなしに「買いだめ」に走っているではないか。
つまり消費税が減り手取りが増えたとしても、それが「経済の循環」につながるとは期待できないのだ。
という話をすると、「確かに個人の消費は限定的だが、消費税減税をすれば企業の経済活動が活発になって、結果的に消費増につながる。そんなことも分からないのか」というきついお叱りが飛んできそうだが、実はそれが「幻想」であることをドイツが身をもって証明している。
ドイツは国民民主党が主張している「消費税の時限的引き下げ」を実際にやった。2020年7月1日から12月31日までの半年間、日本の消費税に当たる付加価値税の標準税率を19%から16%、軽減税率も7%から5%へと引き下げた。外食についてはさらに長く2022年末まで減税措置を継続した。
では、これで経済が循環したのか。分析したところ「効果はほとんどなし」だったという。
●ほとんどが消費につながらない現実
東京財団政策研究所・研究主幹の森信茂樹氏が書いた「欧州の消費税減税はどう評価されているのか」という記事を引用する。
引下げの効果についてシンクタンクの評価を見ると、消費税の引下げによる消費増の効果は限定的で、期待された効果は得られなかったと結論している。その主な原因は、引下げ分の一部が企業の手元に残ったことを指摘している。(Ifo 2021年「Has the Reduction in Value-Added Tax Stimulated Consumption?」)
また英国ガーディアン紙(2020年7月14日付)は、「多くの企業は消費税引下げ分をポケットに入れる予定だ。ナショナルギャラリーは減税分を美術館の修復に充てる予定だ」と伝えている。
「消費税の引き下げ」によって多くの企業はその引き下げ分の利益を手にした。しかし、その多くは市場の消費増につながることなく、内部留保などで手元資金として確保されてしまっている。これも冷静に考えれば当然だ。自力で上げた業績による利益ではないため、その使い道には慎重にならざるを得ない。
つまり、個人にしろ法人にしろ先の見えない時代、天から降ってきたあぶく銭を豪快に使うケースは少なく、ほとんどは個人や法人の「貯蓄」に回って、経済への波及効果は限定的なのだ。
●給付金がバラまかれた日本はどうだったか
これは日本でも過去の「バラマキ」を見れば明らかだ。例えば、コロナ禍で時短営業や休業を強いられた飲食店の従業員を救済せよ、ということで多額の予算が付いて給付金や協力金がばらまかれた。しかし、その金は現場の従業員にまで還元されず、ほとんどが経営者のポケットに入り「事業運転資金」に化けた。これも天から降ったあぶく銭が貯蓄に回ったパターンである。
というわけで今、政府内で浮上しているのは「マイナポイント付与」だ。これまでも「現金バラマキ」は何度も行われてきて、個人の貯蓄を増やす効果は認められているが、消費増や景気の刺激にはなっていない。
消費税減税も政府が財政出動して国民に還元しているという広い意味では「公金バラマキ」の一形態である。「減税信者」の皆さんは否定するが、欧州の「消費増効果なし」という結果からも、そう捉えるのが妥当ではないか。
「消費税減税は大きなビジネスチャンスになるぞ」と期待を寄せる企業も多いだろうが、ビジネスパーソンの皆さんはぜひともこういう客観的なデータも考慮して、事業戦略の参考にしていただきたい。
(窪田順生)
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