画像提供:マイナビニュース福島県会津地方南西部の山間部に位置する奥会津。茅葺屋根など昔懐かしい景色が今なお紡がれている暮らしとして残っており、地域を流れる只見川は、雄大な山々を水鏡に映し、上流から流れてくる冷たい水の影響で夏には川霧の幻想的な景色を楽しむことができる、自然豊かな場所だ。一方で、少子高齢化や限界集落など、さまざまな課題を抱えている地域でもある。
そんな地域課題に臨むべく、NTT東日本と只見川電源流域振興協議会(奥会津振興センター)が協定を結び、実証実験など様々な施策を行っている。どのような経緯で協定を結び、どのように奥会津の課題に向き合っているのか、両者の方々に話を聞いた。
○■様々な角度から奥会津の振興に貢献
そもそも奥会津振興センターとはどのような団体なのか簡単に説明しておこう。奥会津五町村活性協議会と只見川電源流域振興協議会という2つの事務局を運営しているのが、奥会津振興センターだ。
それぞれ、奥会津五町村活性協議会は町村内の森林や空き家といった地域資源を活用するための取り組みを、只見川電源流域振興協議会は、只見川流域に存在する7町村における文化継承、交通、地域ガイド、教育に関するとりまとめや県との調整を行っている。そうした団体で奥会津の振興のため日夜業務にあたっているのが、今回お話を伺った方々となる。
例えば、渡部さんは、「私は福島県からセンターに派遣されて、3年目になります。事務局次長という立場で、局長の補佐や進捗、全体管理などをやっています。奥会津振興センターは、奥会津五町村活性化協議会、只見川電源流域振興協議会と、それぞれ5町村、7町村の広域的な事業となっておりますので、その取りまとめと、県との調整などを引き受けております」と話す。
また、金成さんは奥会津のブランディング推進事業や、広報発信としての奥会津フェス運営のほか、森林管理や空き家に関する事業を担当。栗田さんは、企画展の開催や、文化財などのデジタルアーカイブ事業を手掛けるなど、それぞれが違ったアプローチから地域課題の解決や、よりよい未来のために尽力している。
○■残さなければならない原風景と工芸文化
日本の美しい原風景が残るとは前述したが、どのような場所なのか改めて紹介しよう。奥会津とは福島県会津地方の西南に位置する7町村を含めた地域を呼ぶ。豊かな森林や只見川が織りなす景観は荘厳の一言だ。近年ではパワースポットとしても注目を集める「霧幻峡」など観光資源も豊富に存在する。
会津若松市出身だという、奥会津振興センターの渡部さんも金成さんも口を揃えて景観の美しさについて話してくれた。一方で、生まれも育ちも金山町だという栗田さんには、こうした環境も当たり前に感じるのだとか。「私は、生まれも育ちも金山町。景色の観光資源についても、川の景色なんかはごく普通にあったものなので、地元の人には価値あるものだという認識がないんですね」(栗田さん)
だが奥会津の魅力はそうした自然の美しさだけではない。冬の間は豪雪地帯となる奥会津だからこそ、家で作業のできる手工芸の文化も多く残っている。そうした地域性は都会にはない魅力の一つと言えるだろう。
栗田さんはこう続ける。
「三島町の編み組細工のように手工芸品なども奥会津にはたくさんあって、そういう価値にも仕事として関わるようになって気付きました。そうした文化の保存や継承に繋げていきたいと思っています」
そうした観光資源のほか奥会津の魅力を語る上では、地域住民の人間性や関係性にも触れる必要がある。
「みなさん、畑などをやられているので、余った野菜を近所に配ったり、雪が多いときには除雪を手伝ったり、そういう対面のやりとりがとても多い地域だと思います。顔の見える関係が根付いていると思いますね」(金成さん)
「何もないように思う地域かもしれませんが、そのことを住民の方がすごくポジティブに捉えているからこそ、文化として様々な発展があると感じます。センターには7町村が参加していますが、それぞれ文化が異なります。自分たちのプライドを持ちつつ、手を取り合って守ろうとしているところが、私はすごく好きですし魅力的に思ってもらいたいです」(阿部さん)
言葉を紹介した金成さん、阿部さんだけでなく、"顔の見える関係性"という言葉が取材中頻出した。こうした関係性も奥会津の文化であり守らなければならない文化と言えるだろう。
ただし、こうした奥会津の魅力の陰には課題も残る。奥会津振興センターの渡部さんも「建物も山と一緒に生きているので、昔の大工さんが立てた木の家がたくさんあります。ただ空き家であったり、雪の重さで壊れてしまったりというところもあるので、どうにか残していきたいところです。"原風景"が残っている土地ですので、これをどう保存して活用していくかが今後の課題と考えています」と話す。
空き家問題だけでなく、日本でも有数の豪雪地域であることに起因するインフラの整備、観光資源の効果的な利用等、よりよい奥会津、そして地域住民の未来を考えると課題も山積みだ。そして、そうした課題に立ち向かうためにNTT東日本と奥会津振興センターが協定を結んだというわけだ。
○■NTT東日本担当者の想いが協定の背景に
では、どのような背景でNTT東日本との協定が始まったのか。NTT東日本 福島支店 ビジネスイノベーション部 まちづくりコーディネート担当の阿部さんはこう語る。
「もともとは電話の更改の希望があって、私が営業としてセンターにお伺いしたのが始まりでした。NTTが地域課題をいろいろな形で解決しているんですよ、というご紹介をさせていただいた時に、とても興味を持ってくださったんです。
ちょうどその時に、二次交通の施策を検討されていたので、カーシェアの実証実験を受注させていただいたのが今の関係性の入り口になったと思います」(NTT東日本 福島支店 阿部さん)
阿部さんが語るカーシェアの実証実験は、2023年7月から12月の第1回に始まり、2024年6月から12月の計2回実施しているもの。只見線沿線近辺にカーシェアリング車両を配置し、観光客の奥会津エリアにおける周遊性を高めることを目的に、ラウンドトリップ方式(借りたカーステーションと同一のステーションへ返却する方式)を採用。車両の予約もアプリで完結できるため、人を介すことなくすぐに利用が可能となる。第1回の際に実施した、利用者アンケートも上々だったという。
そうした第1回のカーシェア実証実験を経て阿部さんが感じたのは、「真の意味で地域課題の解決になれているのか」「もっと強固な連携が必要ではないのか」という想いだった。そうした阿部さんの想いに呼応する形で二者間での協定がスタートした。
○■地域の課題を解決するには人間関係が不可欠
奥会津の人間性について"顔が見える関係性"と先述したが、NTT東日本 福島支店の方々と奥会津振興センターの皆さんの関係性もまさに同じことが言える。
渡部さんはこう語る。「最初は阿部さん、今はもう、すっかり"阿部ちゃん"と呼んでいるんですが……。彼女が一生懸命考えていること、そしてすごく楽しんで業務に当たられていること。人柄が好きになって、そこから会社としてお付き合いができるか、というお話をしていきました。やはりNTTさんにはグループ会社の力もありますので、いろいろな繋がりの力があるところは非常に助かっています」
また、阿部さんも少し照れながら「会津若松からも車で1時間半くらいかかるんですけど、来るのが楽しい。最近は皆さんから"シイタケあるよ"なんて言われて取りに来たり……。景色も人も、大好きな地域だからこそ力になりたいんです」とはにかんでいた。
通常、企業を介しての協定であるとどこかビジネスライクになったり、お堅い印象もあるが両者の間にはそうしたしがらみがないように感じた。ただ、NTT東日本と言えばだれもが知る大企業。地域の方々に受け入れてもらうまで時間を要したとNTT東日本 福島支店の佐藤さんは話す。
「私たちNTTも"出入りの業者"という印象を与えていたのかもしれません。ですが、地域の課題を解決していくには、人間関係を作っていかないと進めることが非常に難しいです。だからこそ、阿部には非常勤としてセンターに入ってもらいました。今では地域のみなさんにも顔が売れてきていると思いますね」(佐藤さん)
○■NTT東日本の技術やノウハウを課題解決に
そうして、協定を結び人間関係を築いていった両者だったが、NTT東日本は具体的にどのような取り組みをしていったのか。
まずは、奥会津の課題がどこにあるのか、それを明確にしなければ解決できる・できないの話に至らない。阿部さんたちは、2泊3日のフィールドワークを慣行。7町村の各地を巡りながら、実際に地域の方々の話を聞いていった。こうした姿勢もただの"外部業者"で終わらなかった理由のひとつだろう。
そうしたフィールドワークや徹底したヒアリングの末、現在検討を行っているのが害獣被害への対策だ。山々に囲まれた奥会津は当然ながら、野生の動物も多い。観光資源にもなりえるが、逆に被害があることもある。だが人員不足もあり、あまり効果的な対策が打てていないのが現状だそうだ。
「奥会津は地域柄、害獣被害が非常に多いのですが、対策するにはどうしても人員が足りません。そこにICT技術を使ったり、NTTさんで保有している機材を活用したりして解決できないかという検討も行っています」(金成さん)
これこそ、まさにNTT東日本と協定を結んだ意義ということだろう。また、デジタル×観光についてもNTT東日本の技術やノウハウを活かそうと検討している。
「スタンプラリーのデジタル化も検討しています。スマホを持っていない人がほとんどいない時代になりつつありますから、デジタルスタンプラリーにすることで各町村の負担を減らしつつ、観光客の方の周遊の動きを高めていけるのではないかと期待しています。高齢化が進む地域ですので、NTTさんにサポートしていただきながらデジタル技術も活用していきたいです」(栗田さん)
人口減少を背景にした高齢化は奥会津の課題にもなっているが、NTT東日本との協定でデジタル化へのハードルが下がっていくと渡部さんは期待する。
「(NTT東日本との協定により)デジタル化へのハードルはどんどん下がっていくと考えています。阿部さんがセンターに入ってくださったことによって、NTTさんからのいろいろな提案や課題のマッチングが非常に進みやすいところがあると感じています」(奥会津振興センター 渡部さん)
○■"大企業らしい"で終わらせないために
先述したカーシェアリングの第2回目のデータについても現在収集中で、興味深いデータも集まっているという。NTT東日本が持つ様々な技術が奥会津の未来を創っていくというわけだ。最後に今後の展望についても伺った。
「やはり私たちだけでは、どうしても行政目線になってしまう。連携協定をしてくださっているNTTさんの新しい目線でさまざまな提案をしていただけることを期待しています。
思い付きですが、高齢化が進む地域なので、自動運転技術を使った車の運転もいいかもしれません。情報や人と繋がるという部分でも、過疎地域だからこそ、デジタルでも繋げて、リアルでも繋げるような技術のモデル地域として奥会津が先進地域になるというのも模索していきたいところです」(渡部さん)
「少し中長期的な目線でも検討しています。外部目線の計画とはいえ、実働されるのは奥会津の中の人たち。地域の人と目線を合わせながらしっかり作っていきたいです。人と人として会話できるようになって初めて、実はこう思ってた、と話せるようになって、共通課題を認識して取り組むことができるようになるので……。もちろんビジネスではありますが、そういう人の巡りあわせの中で取り組めていることは、本当に良かったなと思っています」(阿部さん)
「ひとつのことで2度も3度も実のある繋がりを作っていかないと地域全体は回っていかない。事業をひとつのものとして捉えるのではなく、事業同士が繋がっていって、それを継続していくことで5年くらい時間をかけて、地域のみなさんに良かったな、と思ってもらえるようなことに、私たちはチャレンジしていきます」(佐藤さん)
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筆者が印象的だったのは、"大企業らしい取り組み(ビジネスライクで顔が見えない関係性)で終わりたくない"というNTT東日本の想い、そして、センターの方々の地域をよりよくしたいという熱い矜持。協定はまだ始まったばかりだが、両者の目には希望溢れる未来が映っていることを感じる取材だった。
宮崎新之 宮崎 新之(みやざき よしゆき) 大学卒業後に勤めていた某職から転職し、編集プロダクションへ。ライブや演劇などを中心としたフリーのチケット情報誌の編集者となる。その後、編集プロダクションを辞めて大手出版社の隔週情報誌編集部に所属、映画ページを担当。2010年よりフリーランスに。映画をメインにエンタメ系の編集ライターとして、インタビューや作品レビューなどで活動中。 著者webサイト ◆これまでの仕事歴 LAWSONTICKET with Loppi(ローソンチケット) / TOKYO★1週間、KANSAI★1週間(講談社) / ケーブルテレビマガジン(JCN) / web★1週間(講談社) / マイナビニュース(マイナビ) / SPA!(扶桑社) / TVぴあ(ウィルメディア) など この著者の記事一覧はこちら(宮崎新之)