
また、全体数とされている6333人という人数自体、実際にはさらに多い可能性があると指摘されています。この数字には、医師が死因として「浴槽内での溺死及び溺水」と明記したものだけが計上されているためです。2013年度の厚生労働省研究班の報告では、入浴に関連した事故死者数は年間1万9000人と推定されています。この推定から考えれば、入浴に関連して亡くなる65歳未満の方も、実際には322人よりもさらに多い可能性があります。
若くても入浴中は危険な場合がありますが、特に年齢に関わらず注意が必要なのが「長風呂」です。分かりやすく解説します。
入浴で亡くなる主な原因として推定される「ヒートショック」「熱中症」
入浴に関連して亡くなる原因は、主にヒートショック、熱中症と推定されていますが、まだ完全に解明されたわけではありません。特に問題となるヒートショックは、急激な温度の変化によって交感神経が強く刺激され、血圧が急上昇することによって起こるものです。血圧の急上昇により脳の血管が破れたり、心臓の周りの血管が詰まるなどして、脳卒中や心筋梗塞などの疾患が引き起こされます。これらの疾患で意識を失うような事態が発生すれば、湯船で溺れてしまい、命の危険に直結します。
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若い方にも多い「谷型ヒートショック」のリスク
これまでは、血圧が急に上昇する瞬間に発生する「ヒートショック」が主に注目されてきました。しかし入浴をすると、体を温める効果(温熱作用)によって血管が広がり、3分もすると血圧は逆に下がってきます。特に湯船から立ち上がる瞬間に急に血圧が下がると、頭に血液が十分に回らなくなり、ひどい立ちくらみが起きて意識を失う方もいます。これは動脈効果と関係なく起こる現象です。まるで谷のように血圧が急に下がることから、筆者は「谷型ヒートショック」と呼び、近年、若い方にも注意を促しています。
湯船から出るときは、立ちくらみを起こしやすい条件が重なっているのです。座った姿勢から立つだけでも血圧は下がり、頭に十分な血液が回りにくくなります。入浴中は温熱作用によって血管が広がっているため、さらに血圧が下がりやすくなっています。長風呂をすると脱水が進み、さらに血圧が下がりやすくなることもリスクを高める要因のひとつです。
さらに、湯船に入っているときは体に水圧がかかっているため、特に下半身に対して締め付ける力が働き、血圧を維持しやすくなる面があります。急に立ち上がることで水圧による締め付けがなくなることも、血圧を急激に下げる危険因子です。
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長風呂による熱中症リスクにも注意を
熱中症も、入浴中の事故の原因の1つです。炎天下の屋外でなくても、長風呂で長い時間お湯に体をつけていると、当然体温が上がってきます。熱中症になると眠気やだるさが起こり、ぼんやりする、意識を失うといった症状が起こります。谷型ヒートショックと同じく、湯船の中で意識を失うと溺れてしまうため、命に関わる危険性を伴うのです。若い方でも長風呂は危険! ポイントを押さえて命を守る工夫を
以上のように、若い方であっても入浴時にはいくつかの注意が必要です。繰り返しになりますが、特に長風呂をする場合は血圧が下がりやすくなり、谷型ヒートショックや熱中症のリスクが高くなります。安全な入浴の温度は40度程度、湯船につかるのはのべ10分間程度です。温泉などで時間が分からない場合は、額に汗をかいてきたら、いったん湯船から出るように覚えておきましょう。
また、入浴前にはコップ1〜2杯の水分をとるようにしましょう。そして湯船から立ち上がるときには、若くても手すりにつかまりながら、立ちくらみが起きないようにゆっくりと立ち上がるといった工夫も大切です。ちょっとしたことですが、命を守ることにつながります。万一立ちくらみが発生した場合は、すぐに湯船の外にしゃがむなどして、頭の位置を下げるようにしましょう。頭に血液が回ることで、立ちくらみが改善することがあります。
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早坂 信哉プロフィール
お風呂・温泉の正しい情報を伝える 温泉療法専門医。浜松医科大学准教授、大東文化大学教授 などを経て、2015年より東京都市大学人間科学部教授(現職)。一般財団法人日本健康開発財団温泉医科学研究所所長も兼任。(文:早坂 信哉(医師))