プレミアリーグを席巻したデ・ブライネ マンチェスター・シティでの10年間で発揮した「ダブル10番」と破格のパス能力

0

2025年05月12日 18:20  webスポルティーバ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

webスポルティーバ

写真

西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第48回 ケヴィン・デ・ブライネ

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 今回は、今季でマンチェスター・シティを退団することになったケヴィン・デ・ブライネ。チームの黄金期の中心となった戦術的役割と、その破格の能力を振り返ります。

【シティのラストシーズン。リーグ終盤で好プレー】

 今季がマンチェスター・シティでのラストシーズンになる。10シーズンでプレミアリーグ優勝6回、FAカップ優勝2回、チャンピオンズリーグ(CL)も2022−23シーズンに念願の初優勝を果たした。

 PFA年間最優秀選手賞を2シーズン連続受賞。これはティエリ・アンリ、クリスティアーノ・ロナウドに次ぐ快挙だ。アシスト王は4度獲得。いずれもシーズン15アシスト以上を記録している。

 ケヴィン・デ・ブライネがシティに移籍して2年目にジョゼップ・グアルディオラ監督がやって来た。ペップにとってバルセロナでのキーパーソンがリオネル・メッシだったように、シティではデ・ブライネと共に栄光を築いてきた。

 昨季、ハムストリングスを負傷して5カ月間のリハビリを経て復帰したが、全盛期のパフォーマンスからは遠かった。デ・ブライネほどの選手でも、フィジカル的に完全でなければプレーするのが難しいのが現在のプレミアリーグである。

 ただ、今季リーグ終盤になってコンディションが戻ってきている。4月6日の第31節マンチェスター・ユナイテッド戦からは先発出場が続く。この間、シティはエースストライカーのアーリング・ハーランドを負傷で欠いていたが、4勝2分と好調を維持。第35節のウォルバーハンプトン戦ではデ・ブライネとイルカイ・ギュンドアンによるダブル10番システムが復活していた。

【「ダブル10番」を機能させた】

 偽9番の元祖は1940年代のリーベルプレートにおけるアドルフォ・ペデルネラと言われている。それ以前にも技巧派のセンターフォワード(CF)は存在していたが、インサイドフォワード(FW5人時代の外から2番目の選手)のCF起用という新機軸が認識された最初がペデルネラだったようだ。

 偽9番はペデルネラの後輩であるアルフレッド・ディ・ステファノが引き継ぎ、ハンガリー代表のナンドール・ヒデクチも有名な偽9番だった。その後もヨハン・クライフ、フランチェスコ・トッティ、リオネル・メッシと偉大な選手たちが偽9番としてプレーしてきた。

 本来はCFタイプでない選手がCFとしてプレーしたので「偽」だったわけだが、戦術的に偽9番を定着させたのがクライフ監督率いる「ドリームチーム」と呼ばれた時のバルセロナである。

 クライフ監督は、当時2トップ全盛でほぼ絶滅していたウイングを復活させた。両サイドにウイングを高い位置に張らせることで相手のディフェンスラインをピン止めし、その手前のスペースを利用した。ふたりのウイングで相手の4バックの位置を固定させているので、CFが下がればフリーになる。

 常に偽9番を使ったわけではなく、起用された選手もさまざまなのだが、最も効果的でそれらしかったのはミカエル・ラウドルップ。ただ、あれは偽9番というより「ダブル10番」システムだったと思う。

 MFを菱形に組む3−4−3システムだったので、トップ下がいた。9番が下がるというより10番を2人並べていて、ラウドルップのパートナーは主にホセ・マリア・バケーロだった。この形は1970年W杯で優勝したブラジル代表も同じで、偽9番は10番タイプのトスタン、さらに本物の10番にペレという組み合わせ。1982、86年W杯のフランス代表も同じでダブル10番はミッシェル・プラティニとアラン・ジレスである。

 つまり、4−2−3−1システムの1トップが偽9番の場合は、実質的にダブル10番になるわけだ。

 ハーランドが来る前の2シーズン、シティはダブル10番の最高峰とも言えるプレーを披露していた。

 2020−21シーズンは2年ぶりにプレミア王座を奪回、CL決勝進出。2021−22もプレミア連覇。偽9番はギュンドアンやデ・ブライネなど、ほぼすべてのアタッカーが起用されている。ベルナルド・シウバ、フィル・フォーデンなど多くの10番タイプを擁し、どこからでもパスワークで打開でき、誰でも得点できる。まさに偽9番(ダブル10番)システムの真骨頂と言えるものだった。

 今季第35節、久々に偽9番のデ・ブライネはプレスのスイッチャーとなり、プレスバックで奪い、ポケットへの進入、中間ポジションで受けてからの崩しと、復活を印象づける活躍をみせた。35分の決勝ゴールはデ・ブライネのプレスから始まってボールを奪い、デ・ブライネが受けて左へさばいた後、左サイドを突破したジェレミ・ドクのプルバックを待ち構えて決めている。

【破格のパス能力】

 偽9番あるいはダブル10番が最高に機能していたシティだったが、2022−23シーズンに英国史上最高額の移籍金でハーランドを獲得する。本格的な9番だ。

 このシーズン、シティは念願のCL優勝を含めてトレブルを達成。2023−24はプレミア4連覇。ハーランドは得点を量産して期待に応えている。

 ハーランドのゴールの多くをアシストしたのがデ・ブライネだ。

 変幻自在で非常によく機能していた偽9番ではなく本物の9番を据えた以上、得点チャンスは9番に集中する。ハーランドに得点させてこそ意味がある。ハーランドは破格のCFで、普通の選手には届かないボールに届き、頭を越えるはずのクロスをヘディングできる。追いつきそうにないスルーパスにも追いつける。この破格の能力を最大限引き出すには破格のパスが必要だった。

 ハーランドを迎えたことで、デ・ブライネの潜在能力も引き出されたと言える。どこへ出しているのかわからない高速クロスや、40メートル級のスルーパスなど、ハーランドに届いてはじめて意図がわかるようなパスを連発するようになった。

 何でもできるデ・ブライネだが、そのなかでも突出しているのがラストパスの能力である。押し出すようなインサイドキックで楽々と長距離に届けられる。パススピードと精度は抜群。それがハーランドを生かすために球威、アイデア、タイミングが研ぎ澄まされ、次元の違うレベルに達していた。

 デ・ブライネの退団とともに、シティは新たな時代を迎えることになる。残されたハーランドに破格のパスを届けられるデ・ブライネはいなくなる。偽9番に戻ることもない。ただ、能力の高い選手は多い。デ・ブライネの後継者が現れるか、あるいは別のやり方かもしれないが、来季のシティの動向が注目される。

連載一覧>>

    ランキングスポーツ

    前日のランキングへ

    ニュース設定