くるくるくるくるくる――。
コンロに取り付けられたハンドルを回す。円を描くように回すたびに、ステンレスの筒の中の小さな粒が跳ね、ぶつかり、わずかな音を立てる。
「ん? 何のこと?」と思った人も多いかもしれないが、コーヒー焙煎機のことである。カセットコンロなどを扱う岩谷産業(以下、イワタニ)が開発したところ、コーヒー好きを中心に注目を集めているのだ。
商品名は「コーヒーロースター “MY ROAST”」(希望小売価格5万5000円)。応援購入サイト「Makuake」で販売したところ、850人以上が購入し、売り上げは4100万円を超えた(5月12日現在)。
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購入者からは「これまで手網で焙煎していたが、思うような風味を出せず挫折していた。1日も早く試してみたい」「カセットコンロで焙煎でき、テストスプーンでチェックできるのがうれしい」といったコメントが寄せられているが、そもそもイワタニはなぜ”畑違い”ともいえる商品を開発したのだろうか。
開発のきっかけは、設計などを手掛けた阿部周作さんの思い出が関わっている。大学時代、親から頼まれて近所の焙煎所へコーヒー豆を買いに行ったときのことだ。「待ち時間にコーヒーを1杯いただけるのですが、その焙煎したてのコーヒーがとにかくおいしかった」(阿部さん)
その記憶が心に残っていて、なんとかこれをカセットコンロで再現できないかと考え、開発がスタートした。3年前のことである。
●コーヒー焙煎機に商機は?
「イワタニといえばカセットコンロ」というイメージが強いかもしれないが、実は1990年にサイフォン式のコーヒーメーカーを発売している。
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お湯が沸騰すると、ポコポコと音がするフラスコ部分は、丸みを帯びたガラス容器を使用した「砂時計」のような形をしている。下にはアルコールランプがセットされ、加熱によって下の容器の水が上昇し、上部でコーヒー粉と混ざり、抽出される仕組みである。
パッと見たところ「理科室にあった実験用の装置を、家庭用にデザインした」感じである。見た目は悪くないので「好評だったのでは?」と思いきや、当時の反響はいまひとつ。しばらくして、終売に追い込まれた。
ブラックコーヒーのような“ほろ苦い”経験をしてきた中で、「コーヒー焙煎機をつくらせてください」と提案した際、社内ではどんな反応があったのか。
阿部さんが所属するチームは、同社がこれまで扱ってこなかった新しい商品を開発してきた。本格的な鉄板焼プレートや炎を楽しむ暖炉を発売し、いずれも想定を上回る売り上げを記録している。新商品の開発にあたって「自分たちが欲しいモノをつくろう」というモットーを掲げているので、「コーヒー焙煎機」の話がでてきたときも、チームメンバーから反対の声はなかった。
問題は、他部署である。「本当に売れるの?」「焙煎機なんて使ったことがない」といった声があった。それもそのはずである。コーヒーを飲む人はたくさんいる。しかし、自宅でサイフォンやドリップなどを使って、楽しむ人はぐっと少なくなる。ましてや、焙煎する人となると、さらに限られる。
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大きな池に魚が数匹しかないところで、糸を垂らすようなものである。購入者がいるかどうかよく分からないモノなのに、それを開発すると言われても、不安を感じて当然である。
●二重シリンダーに着目
ほぼアウェーのような状況の中で、阿部さんはどのようにして説得したのだろうか。その答えを紹介する前に、焙煎機が完成するまでのエピソードを紹介しよう。
そもそも、コーヒー焙煎機をどのようにしてつくればいいのか。素人の阿部さんはよく分からなかったので、書籍を読んだり、専門家に相談したり、展示会に参加したりして情報を集めた。そうした中で出会ったのが、富士珈機(ふじこうき、大阪市)という会社である。
富士珈機は「フジローヤル」というブランド名で、焙煎機などを展開するメーカーだ。焙煎機の特徴は、本体構造が「二重シリンダー」であること。焼きムラや焦げつきが少なく、喫茶店のオーナーやコーヒー豆を販売している専門店などで使われている。
いわばプロ向けの商品なので、サイズは大きい。最も軽いモノで25キロほど。イワタニは家庭での使用を想定しているので、小さなサイズをつくれないかと考えていた。「弊社はコーヒー焙煎機を開発したことがありません。専門の富士珈機さんに設計をお願いすれば、消費者から信頼されるのではないかと考えました」(阿部さん)
先方に打診したところ、話はとんとん拍子に。半年後に試作機ができあがったわけだが、最も苦労したことは何か。それは、焼きムラや焦げつきを抑えることである。
直火で焙煎すると、どうしても焼きムラができやすい。そこで導入したのが、フジローヤルのオハコともいえる「二重シリンダー」。内筒と外筒が二重構造になっているので、カセットコンロの火が直接豆にあたらない。熱の伝わり方のバランスがとりやすく、ムラのない焙煎ができる仕組みだ。
もちろん、二重シリンダーを導入したことで、すべての問題が解決したわけではない。均一に火が通るように、素材の選定、回転速度、熱伝導のバランスなど、細かな調整を何度も何度も繰り返したという。
●今後の売り上げ
先の疑問に戻る。社内から疑問の声が出てくる中で、阿部さんはどのようにして説得したのだろうか。その答えは、試作機の展示である。
「コーヒー関連のイベントで、試作機を展示しました。すると、多くの人から『いつ販売するんですか』『予約はできますか』といった声をいただきました。それまでは不安を感じていましたが、『大丈夫、この商品はいける』と思いました」(阿部さん)
大きな池に魚が数匹しかないのでは? といった懸念に対して、「いやいや、数匹ではなく、数十匹……いや、数百匹いるはず」という仮説を立てた。結果、マクアケでの数字である。
さて、試験的な販売で850人以上が購入したわけだが、今後どのくらいの売り上げを見込んでいるのだろうか。
「単純に比較するのは難しいですが、例えばチルドカップコーヒーの市場規模は700億円ほど。焙煎機を使っている人は、多く見積もっても、その1%程度ではないでしょうか。つまり、7億円が上限かなあと」(阿部さん)
焙煎機の“熱”はどこまで広がるのか。予想以上に売れたら、関係者の目が“くるくる”回り出すかもしれない。
(土肥義則)
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