▲作家の島田明宏さん【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】
毎年5月14日から20日は「ギャンブル等依存症問題啓発週間」なのだという。これはギャンブル等依存症対策基本法によって設けられたもので、同法が成立したのは2018年7月。ということは、この「ギャンブル等依存症問題啓発週間」は2019年から始まったのだろう。
「だろう」と書いたように、私はこんな週間があることを、さっき新聞広告を見るまで知らなかった。どれだけ周知されているのかとネットで検索してみたら、JRAのサイトでも取り上げられていた。
主催者として発するメッセージは、馬券を買ってください。でも、買いすぎず、ほどほどに楽しんでください、というわけだ。
メッセージを受け取る側の私たちは、非常に高度な自己統制能力を求められる。と言うと大げさだが、ほどほどに楽しむというのは、非常に難しい。外れると、負けを取り返すまでやりたくなるし、当たると、もっと当てて儲けたくなる。それがギャンブルというものだと承知のうえで遊んでいるからだ。
国民的作家として知られる吉川英治は、競馬場に行くとき、ズボンの右のポケットに一定額の馬券購入費を入れ、払戻しを左のポケットに入れていた。右のポケットに入れた元手は「楽しみ料」で、いくら減ったかは考えない。そのうえで、左のポケットに入れた払戻しを「儲け」と考えた。であるから、人に馬券の収支を訊かれたら、「負けたことはありません」と答えていたという。
とてつもない高額所得者でありながら、そうしてほどよく楽しむことができたのは、金銭以上に、気持ちに大きな余裕があったからか。
それはさておき、このポケットの使い分けは、所得に関係なく、誰にでもできる、いい方法ではある。今は、現金以外でも買えるようになっているが、購入額の上限を自分で決めておけばいいだけだ。
まあ、そんなふうにブレーキをかけることのできない人が依存症になるのだろうが、依存症ではなくても、ときどき遣いすぎてしまうという人は、「吉川英治流」を試してみてはどうだろうか。
さて、先日、LINEのビデオ通話で、日高の元生産者に取材した。ご主人が82歳、奥様が77歳と高齢なのに、話が面白かったもので40分ほどもお付き合いいただき、通話を終えてから申し訳なかったと反省した。娘さんが取り持ってくれたのだが、やはり、電話より、相手の目を見て話すと互いに伝わるものがずっと多くなる。
そのご夫妻からも、また、ゴールデンウィーク前に取材した別の牧場の顧問からも、さらに、今月から月刊「優駿」で連載が始まるノンフィクションノベルのためこの1年ほど話を聞いている牧場の代表からも、同じ名前が出てきて驚いた。
内田直幸という人だ。名前から「チョッコウさん」と呼ばれていたという。テンポイントの祖母クモワカは伝貧ではないと主張したひとりで、日本中央競馬会から日本軽種馬協会に移ったのち、伊達の高橋農場の場長になったようだ。前述した取材対象から聞いただけでも、3つの牧場の成立や発展に大きく関わっている。そのひとつはメジロ牧場という「大物フィクサー」なのだ。
まだいろいろな人に訊いたり、資料で名前を探したりしている最中なので、上記の内容に誤りもあるかもしれないが、まずは、何年に生まれたのかだけでも調べられたらいいと思っている。
書きながら思ったのだが、「チョッコウさん」というのは、物語のタイトルとして、とても面白いような気がする。こう呼ばれていたというだけで、いろいろな人に慕われていたことがわかるし、「直行」という文字と字義を想起させ、「これだ!」と決めた目標に向かって突き進んでいく姿が浮かんでくるようだ。
先に誰かが書いていないかと検索してみたら、物語はないようだが、坂本龍馬の縁戚で、画家の坂本直行も「チョッコウさん」と呼ばれていたらしい。坂本直行は1906年生まれだ。これまで取材した感じでは、内田直幸もほぼ同世代だと思われる。
今、JRAの理事を経て、先年、関連財団の理事長を退任した人と電話で話したところ、その人は「チョッコウさん」を知らないが、獣医師だった先輩に訊いてくれるとのこと。調べたところでその人には何のメリットもないのに、つくづくありがたいと思う。
競馬界のチョッコウさんは、どんな人だったのか。今度は写真が見たくなってきた。