
「NHK大河ドラマの第1作目は幕末の大老・井伊直弼の生涯を描いた『花の生涯』で、1963年に放送されました。当時は『大型時代劇』という名称で、大河ドラマと明示されるようになったのは70年代後期からでした」(テレビ誌ライター)
アカデミー賞受賞作も話題
そんな歴史ある大河ドラマに、前代未聞の出来事が起来た。5月11日に放送された『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の第18回、オープニングの画面下にこんなテロップが流れたのだ。
《番組の一部に性の表現があります》
これは注意喚起ということなのだろうが、これまでの大河はもちろん、NHKのドラマでこんなテロップが流れたのを見た記憶はない。
今回の大河は、後姿ではあるものの遊女の裸や、花魁の濡れ場があったりと、これまでの大河と違い“性的”な表現がところどころに見られていた。そもそも、江戸時代の吉原が舞台だから考えられることではあるのだが、第18回では尾美としのり演じる平沢常富(朋誠堂喜三二)が“腎虚”になり、下の“筆”が振るわなくなるなど、大人でなければ理解できない表現があったり、「喜多川歌麿は子どものころ、母親に男娼として働かされていた」といった、予想外の内容でまさに“大人”の時代劇となっていた。
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『べらぼう』は江戸時代の“出版王”がメインテーマだが、吉原と遊女、すなわち江戸時代に“性産業”が栄えた場所とそこで働く女性が、テーマの一角を占めていると言ってもいい。そんな異色の大河ドラマが人気を博している中、今年の第97回アカデミー賞で、『ANORA(アノーラ)』という映画が作品賞や監督賞、主演女優賞など5部門を受賞した。この映画は、性産業で働く女性が主人公だ。
「性産業も普通の職業」
映画の舞台はニューヨーク。若きストリップダンサーのアノーラが自らの力で幸せを勝ち取ろうと奮闘する姿を描いているが、折しも日本では、ソープランドで働く女性が主人公の邦画『うぉっしゅ』が公開され、高い評価を得ている。
『うぉっしゅ』の主人公は、“ソープ嬢”。主人公の加那はある日、母から電話で、一週間だけ祖母の介護を頼まれる。仕事のことを隠したまま、加那は祖母宅とソープ店を行き来して、二重生活を始める。認知症が進み、名前すら覚えていない祖母の介護に奮闘しながらも葛藤する加那。祖母と孫の結びつきをコミカルに描いた、ハートフルな人間ドラマだ。
同時期に、性産業で働く女性が描かれたドラマや映画が脚光を浴びているのは偶然なのだろうか。ベテラン映画記者に聞いてみた。
「昔から、職業に貴賤はないといわれていたにもかかわらず、性産業に従事する女性たちは差別を受けていました。しかし、近年では、普段は“昼職”に励みながら性産業にも従事するごくごく普通の女性が増えました。その結果、性産業も普通の職業なんだ、フラットに見ましょうという考えを持つ人が増えたということです。それは海外だけでなく、日本でも。いわば、時代の流れです。昔も性産業に従事する女性を描いた映画はありましたが、やはり“キワモノ”扱いで、メインストリームに上がることはありませんでした。ただ、現在は彼女たちの生き方をちゃんと見てみようとする映画人が出てきて、そこに焦点を当てることに世の中が共感し、賛同する人が増えたということではないでしょうか」
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3作品が注目を集めているのは、決して偶然ではないと分析する。
コロナ以降、サイドビジネスやダブルワークが許される企業も増えてはいるが、風俗などの性産業を選んだ女性が、会社にバレて懲戒解雇されたというニュースもたまに見かける。差別は完全になくなったわけではない。
社会に暗い影を落としてきた“職業差別”問題。しかし、時代の流れを読んだドラマや映画の登場で、社会の意識変革は大きく進み始めたと言えるだろう。