
大谷翔平がロサンゼルス・ドジャース移籍後では初めて二刀流選手として出場し、復活の道を歩み始めた。それは大谷個人だけではなく、21世紀のMLBで初となるワールドシリーズ2連覇を目指すチームにとっても、その戦術に大きな影響を及ぼすことを意味している。
ドジャースは、「二刀流・大谷」をどのようにアドバンテージとして利用していくのか。
前編:「二刀流」大谷翔平の復活とドジャースの野望
【ロバーツ監督「半分はファンの気持ちで」】
ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平が6月16日(日本時間17日)、本拠地ドジャースタジアムで行なわれたサンディエゴ・パドレス戦に「1番・投手兼DH」で先発出場。ロサンゼルス・エンゼルス時代の2023年8月23日のシンシナティ・レッズ戦以来、663日ぶりに投手としてメジャーのマウンドに立ち、1回28球を投げて2安打1失点。打者としては2打席連続の適時打を含む4打数2安打2打点と活躍し、チームの6対3の勝利に貢献した。
「二刀流」といえば大谷----ドジャースのユニフォームを着て1年半が経過し、ついにその本来の姿をファンの前で披露した。試合後は報道陣の取材に応じ、当初はライブBP(実戦形式の投球練習)でイニング数を増やしていく計画だったが、実戦で積み上げていく形を選択した理由について、次のように説明した。
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「チーム状況も加味して、僕にとってもプラスになると判断しました。ライブBPでイニングを伸ばして、ある程度4回、5回投げられるようになってから試合に入るというパターンと、今日のように短いイニングで試合のレベルでそれなりの強度で投げるというふたつの選択肢がありました。今回は後者を選んだという形ですね」
この日の登板では、最速100.2マイル(約161.3キロ)を記録し、99マイル(158.4キロ)以上の球もほかに4球あった。「なるべく抑えて95〜96マイル(152〜153.6キロ)で投げたいなと思っていましたけど、試合のレベルでマウンドに立つと、どうしても球速が上がってしまうのかな、と。最後の(ザンダー・)ボガーツ選手との対戦では、リラックスして投げられたと思います」。
全体的に感触は悪くなかったようで、「結果だけを見ればいいピッチングだったとは言えませんが、今日、投げ終えて"次も投げられそうだ"という手応えがあったのは、一歩前進かなと思います」と、安堵の表情を見せている。
今後については、「術後に100マイル近い球速で投げたのは初めてなので、まずは明日以降の(腕の)反応を見たいです。1週間に1回投げながら、少しずつイニングを伸ばしていけたらと思います」とプランを明かした。
ドジャースのデーブ・ロバーツ監督も、「すばらしかった。1点は取られたが、ボールの質はとてもよかった。特に直球で100マイルを記録したのは驚きだった。私は95〜97マイルくらいを想定していたので、アドレナリンが出たんだろう」と言う。
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何よりロバーツ監督が驚かされたのは、二刀流としての大谷の姿を初めて間近で見たことだった。投球を終えた大谷は休む間もなく、すぐに打者としての準備に入った。「現実とは思えなかった。マウンドからそのままネクストバッターズサークルに向かって、バッティンググローブやエルボーガードをつけて、水すら断ってすぐに打席に向かっていった。私は半分ファンのような気持ちで見ていたよ」と、目を丸くしている。
【二刀流・大谷がもたらすロースターの柔軟性】
さて、大谷の「二刀流」復帰は、ドジャースにとって単なる話題性にとどまらず、チームの編成や戦略全体を根本から変えうる存在となる。特に注目すべきは、大谷がMLBで唯一の「二刀流登録」選手として、他球団にはないロースター構成の柔軟性をもたらす点である。
通常、MLBではアクティブロースターに登録できる投手は13人までと制限されているが、大谷は打者と投手を兼ねる"二刀流選手"として例外扱いされており、14人目の投手として登録が可能となる。これは編成上の"+1"に相当し、投手が手薄になりがちなシーズン後半において、極めて大きな意味を持つ。
現在、ドジャースはタイラー・グラスノーやブレーク・スネルなど、複数の主力投手を負傷者リストに抱え、先発ローテーションが手薄な状況にある。そうしたなか、大谷がまずは1〜2イニング限定の「オープナー」として復帰し、徐々にイニング数を伸ばしていくプランは、ローテーションの穴を埋めつつ、主力投手の回復を待つための時間稼ぎとしても有効だ。
さらに、大谷の存在によって投手枠が一人増えることになり、ブルペンの負担軽減にもつながる。すでに30試合以上に登板しているタナー・スコット、アレックス・ベシア、アンソニー・バンダらの登板過多によるリスク回避にもなる。
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ありがたいのは、"オオタニ・ルール"の存在だ。かつては、先発投手が指名打者(DH)として出場した場合、投手が交代すると同時にDHとしての役割も失われていた。しかし、2022年の公式戦からは、先発投手が降板した後もDHとして打席に立ち続けることが可能になった。今季、大谷はすでにDHとして25本塁打(リーグ2位)、73得点(1位)、OPS1.039(リーグ2位)というトップレベルの成績を残している。このルールを活用することで攻撃力を損なうことなく、大谷を投手としても戦力化できる。
【試されるフリードマン編成部長の手腕】
筆者が最も注目しているのは、エンゼルス時代と異なり、世界一を目指すドジャースのフロントが、この"二刀流アドバンテージ"をどう生かしていくかという点である。アンドリュー・フリードマン編成本部長を筆頭とする首脳陣の戦略と手腕が、まさに試される。
大谷は16日の試合では1イニングのみの登板だったが、本人が明かしたように、今後は週に1度登板しながら、少しずつイニング数を伸ばしていく計画だ。理想を言えば、オールスター後には、2022年にサイ・ヤング賞投票で4位に入ったシーズンのように、先発として毎回6イニング前後を投げられる状態に戻ることだろう。
しかし、約2年のブランクがあることを考えると、それは現実的な目標とは言い難い。フリードマン編成本部長は、大谷の投手復帰前にこう語っていた。
「短期的な視点で見れば、我々にも彼を早く戻したいという気持ちはある。しかし、当初からこれは"次の9年間にわたり、彼が投手として投げられる状態を作るためのプロセス"だと捉えてきた。だからこそ、最初の年は長期的な視点を優先し、焦りすぎないことが非常に重要だ」
さらに彼はこう続けた。
「投打の両方をこなすことが、どれほど大変なことか想像もつかない。リズムに乗り、身体がその負荷に慣れていれば違うのかもしれないが、翔平が最後に本格的な"二刀流"を実践してから、かなりの時間が経っている。そもそも、あのレベルで両方をこなせる選手など、これまで存在しなかった。
だから我々としては、右腕の筋肉を作り上げるだけでなく、"打つ・投げる"両方に耐えられる全身の持久力も同時に養い、なおかつ彼の打撃に悪影響を与えないようにしたい」
したがって、大谷は通常の先発投手のように毎回6イニングを目標とするのではなく、戦略的に1〜2イニングだけを投げる「オープナー」として登板する日、あるいは複数イニングを投げる日など、柔軟に起用法を変えていくことになるのではないか。首脳陣は、投手・大谷が10月のポストシーズンに万全な状態で臨めることを最終目標としている。
近年のMLBでは、ポストシーズンは、試合間にオフ日がより多く設けられていることもあり、創造的で柔軟な投手起用が実行される傾向にある。ドジャースはその戦略を、レギュラーシーズン中から試せる。すなわち、相手打線に対する"仕掛け"を、ポストシーズンを見据えて前倒しで導入するのである。
つづく