
前編:佐々木尽 世界戦直前インタビュー
日本中量級ボクシングの大一番が間近に迫っている。WBO世界ウェルター級2位の佐々木尽(23歳、八王子中屋)が6月19日、東京・大田区総合体育館で同級王者ブライアン・ノーマン(24歳、アメリカ)に挑む。佐々木が勝てば、これまでシュガー・レイ・レナード、フロイド・メイウェザー(以上、アメリカ)、マニー・パッキャオ(フィリピン)といったスーパースターたちが戦場としてきたウェルター級で、史上初の日本人世界王者が誕生することになる。
ノーマンはプロデビュー以来27勝(21KO)無敗2無効試合という強豪。予想はやはり王者が優位というものが多いが、19勝(17KO)1敗1分の佐々木はどう戦い、どこに勝機を見出そうとしているのか。
決戦直前の17日、佐々木との単独インタビューでじっくりと話を聞いた。
【最終会見で「"俺のほうが強いな"って」】
ーーいよいよ初の世界戦直前ですが、調整はいい感じで来ていますか?
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佐々木尽(以下、JS) : はい、かなり順調です。体重調整もいい感じですね。今までで一番いいと思います。栄養士さんをつけてもう3年経つんですが、どんどん慣れてきていて、(減量も)徐々にうまくなっていると思います。そういった面でも成長できているんでしょう。
――今回は大イベントの主役を務めていますが、17日の最終会見はいかがでした?
JS : 楽しかったです。いつも減量のおかげで憂鬱だったり、我慢するストレスが結構あるんですけど、今回は全然きつくないんですよ。緊張しているのかもしれませんが、空腹とかがまったく気にならなくて、欲がなくなっている感じです。全然食べてなくても、そういったことがどうでもよく感じられるんです。早く戦いたい、という緊張感があるだけ。
これまでになかった感覚なので、初めての世界戦をそれだけ重く感じているんでしょう。試合のことしか考えていないので、過去一番集中できていると思います。
――王者ノーマンとフェイスオフもこなし、睨み合いはかなり長かったですが、印象はどうでしたか?
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JS : すばらしい選手っていうのはわかっているんですけど、正直、オーラは感じなかったですね。相対した瞬間、"俺のほうが強いな"って雰囲気を感じていました。(フェイスオフでは)向こうも結構ずっと見てきましたけれど、こっちはずっと目を逸らさないつもりでいました。そうしたら、ノーマンが先に目を逸らしたんです(笑)。
――会見の際、興行主催者の大橋秀行会長(大橋ジム)は「これほど自身でプロモートしてくれる選手はいない」と佐々木選手のことを話していました。"過去の自分を超えるため"と自身の等身大パネルふたつを倒したパフォーマンスも好評でしたね。
JS : あの発想は面白いかな、と自分で考えてやりました。相手の(モチーフにした)何かを殴るとかはあるじゃないですか。でもそれだと印象は悪いし、見ていても気持ちよくはないじゃないですか。そこで考えて、"過去の自分を殴る"なら誰も気分悪くならないし、いい雰囲気で面白いかなと思ったんです。このように誰もやっていないことをやっていきたいですね。
――地元八王子では応援メロンパンも売り出されていて、ぜひ食べてみたいと思っている人は多いんじゃないでしょうか?
JS : 試合当日、会場で売られていますよ! メロンパン、俺も1、2カ月くらい前に食べて、めっちゃ美味しかったです。お勧めなので、ぜひ会場で食べていってください(笑)。
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【井上尚弥の応援ポスト、30年前の竹原慎二に勇気をもらう】
――いよいよ大一番の時が来ました。3月、ラスベガスまでノーマンに挑戦状を渡しに行き、実際に実現させた大舞台です。ここに辿り着くまでの過程で印象に残っていることはありますか?
JS : (挑戦状の)インパクトは結構あったと思いますね(笑)。ただ、今は試合に集中しすぎていて、記憶喪失かと思うくらいにほかのことが飛んでしまっているんですよ。いろいろなことがあったんですけど、正直、あんまり覚えていないんです。それだけ世界戦に集中できているということだと思います。
――約2年前(2023年7月)、テレンス・クロフォード対エロール・スペンスJr.という世界ウェルター級の4団体統一戦をラスベガスの大会場の一番上の席から見ていました。時は流れ、同じウェルター級の世界戦に臨むことが感慨深く思えたりしませんか?
JS : いつかああいう舞台に立ってやると考えていましたし、やってやると思ってきました。今回の試合はあそこまで大きなものではないですけど、それに近づける第一歩かなと思っています。ついに来たかな、という感じですね。
――日本ボクシング界のエース、井上尚弥選手がX上で佐々木選手に「歴史を変えてくれ!」とメッセージを送っていたのは見ましたか?
JS : はい、見ました。すごくうれしかったです。おかげで試合を見てくれるファンの人も増えるのかなって。井上選手のファンも見てくれるんじゃないかと思うので、本当にうれしいです。
――井上チャンピオンと話したことはあるんですか?
JS : 少しだけですけど、あります。以前、「LEGEND」っていうチャリティエキシビジョンで(2大会連続)五輪代表の岡澤セオン選手とスパーリングをしたんですけど、自分が大橋ジムに行った時、「あのスパーリングは面白かったよ」と言ってもらったことがあったんです。その時のことはよく覚えています。
――今回、井上選手をはじめとする世界王者たちの系譜に名を連ねるチャンスが来たわけですが、一方で勝てなかった時への不安も佐々木選手は正直に話してきました。負けることへの怖さはかなりありますか?
JS : めちゃくちゃ、ありますね。そういった怖さを感じた時は、とにかく「練習を早くしたい」と思っていました。怖さだったり、負けるイメージが浮かんできたりすると不安になってしまうんで、そういった時は練習して、自信をつけるようにしました。
心配を打ち消すためにもノーマンの試合や練習の映像はこの2カ月間、毎日見ていました。細かい動きをスローモーションにして見たりとか、癖とか、いろいろ分析したんです。
――ノーマン戦は一般的に不利と見られていますが、そういった下馬評で臨んだ試合という意味で、1995年に竹原慎二さんがWBA世界ミドル級王者ホルヘ・カストロ(アルゼンチン)に勝った一戦と被るところがあるように思います。竹原さんが日本人初の世界ミドル級王者になったタイトル戦のことはご存知ですか?
JS : リアルタイムでは見てないですが、もちろん知っていますし、刺激になるのでハイライトを見たりもしています。倒した瞬間の盛り上がりとかすばらしいですよね。
竹原さんが感じていたものは、今、自分が感じている気持ちよりもずっと重かったのかもしれません。だから尊敬する気持ちはありますし、ああいう試合を見ると自分でもできるんじゃないかといったメンタルに持っていけます。本当に勇気がもらえますよ。
つづく
●Profile
ささき・じん/2001年7月28日生まれ、東京都八王子市出身。八王子中屋ボクシングジム所属。高校時代から本格的にボクシングを始め、2018年にプロデビュー。2023年1月にWBOアジアパシフィック・ウェルター級王座を奪取し、2024年5月にはOPB東洋太平洋ウェルター級王座も手にし、2冠王者に。2025年1月までにそれぞれのタイトルを5回、2回防衛を果たして返上。6月19日にWBO世界ウェルター級王者のブライアン・ノーマンに挑戦することになった。これまでの戦績は21戦19勝(17KO)1敗1分。