"令和のコメ騒動"が波及 コメに続いて「日本酒ショック」がやって来る!!

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2025年06月19日 10:10  週プレNEWS

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いまだ収まる気配のないコメ不足。しかし、食用米高騰の裏で、日本が誇る酒にも危機が迫っていた! 猛暑による不作、害虫カメムシの大量発生、そして食用米値上がりによる酒米栽培の減少......日本酒ジャーナリスト、農協、酒蔵に取材し、日本酒に迫る危機を追った!

【写真】絶滅寸前から復活! コメを襲う害虫

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■記録的猛暑や害虫も酒米不足の原因に

6月4日、小泉進次郎農林水産大臣はコメの価格高騰を受け、食用だけでなく、日本酒などの加工用にも備蓄米の放出を検討中だと明かした。

その背景には、全国的な酒米不足への懸念がある。

日本酒の原料となる酒米は、食用米に比べて田んぼの面積当たりの収穫量が少ないため、食用米よりも高値で取引されてきた。しかし、最近のコメ不足により食用米の価格が酒米を上回る逆転現象が生じた。その結果、より利益の大きい食用米の生産にシフトする酒米農家が増え、今後、各地の酒蔵で酒米が確保できなくなる恐れが生じているのだ。

しかも、酒米を巡る危機は供給不足だけではない。酒米のトップブランドである「山田錦」の主要産地、兵庫県の酒米生産を支える「全農兵庫」の担当者がこう話す。

「現状、令和7年産山田錦の生産量はほかの品種に比べて安定しており、食用米の価格高騰の影響は少しはあるものの、それほど大きくはありません。むしろ、近年の記録的な猛暑のほうが影響は大きいです」

猛暑はコメに"高温障害"をもたらす。これを受けた酒米は硬く割れやすくなるため、精米した際の形がそろわないのだという。

「そのような酒米は品質を示す"等級"が下がり、販売価格も落ちてしまいます。山田錦は背が高く倒伏(とうふく)しやすい品種でもあるため、気候変動は大きな懸念事項です。さらに近頃は、稲に被害を及ぼすカメムシの大量発生も起きており、決して酒米の安定的な供給を楽観視できるわけではありません」


どうやらコメの価格が高騰する前から、酒米を巡る状況は厳しかったようだ。実際、食用米だけでなく酒米も値上がりしており、酒蔵の経営を圧迫している。

そのため、「雪女神(ゆきめがみ)」や「出羽燦々(でわさんさん)」などの品種を生産する山形県では、県産の酒米を使用する酒蔵を対象に、酒米の値上がり分の半額を補助する事業を実施。4000万円の予算を計上した。

同県の県産品・貿易振興課によると、「県内に49社ある酒蔵のうち、30社ほどから申し込みがあった」という。同様の取り組みは高知県や秋田県などでも行なわれており、酒米の値上がりが酒蔵にとって死活問題であることがうかがえる。

■日本酒が抱える長年のジレンマ

食用米の生産にシフトする農家が増えたことによる供給不足、気候変動、害虫の被害――。酒米の現状はまさに"三重苦"の様相を呈し、値上がりを招いている。

日本酒の業界を長年にわたって取材してきた酒ジャーナリストの松崎晴雄氏も、「これまでに業界が経験したことがないような危機」として、次のように語る。

「まず前提として、日本酒の市場規模は1973年をピークに、過去数十年にわたって縮小し続けてきました。輸入酒の増加による酒類の多様化、若者のアルコール離れ、食文化の変化など、さまざまな要因が重なり、日本酒の需要は落ち続けてきたのです。

その一方、酒造会社の試行錯誤により、日本酒の品質自体は昔よりも向上しており、売り方も幅広い年代をターゲットにしたものに改善されてきました。しかし、そうした努力が大きな消費増になかなか結びつかない。そういうジレンマを日本酒業界は抱えてきました」


酒米の供給を巡る問題も、以前から認識はされていたと松崎氏は言う。

「そもそも気候変動や価格高騰が話題になる前から、酒米が潤沢に供給されていたわけではありません。農業全体と同様に、酒米農家でも高齢化や後継者不足といったことは生じており、食用米へのシフトどころか、農家そのものをやめるケースも目立っています。日本酒の需要を増やす以前に、その原料の作り手が減り続けているのです。

近年は海外でも酒米の生産が始まっていますが、外国産のコメを使ったり、海外で醸造されたりした場合は『日本酒』と名乗ることができません(SAKEと表記されるのが一般的)。そのため、酒米の輸入もできない。

このように酒米の安定的な確保は、もともと酒蔵にとって慢性的な課題なのです」

そうした苦境を酒蔵が抱える中で起こったのがコロナ禍だった。

「コロナ禍ではアルコール全般の販売が不振となり、日本酒の売り上げも大きく落ちました。酒を造っても売れないため、原料である酒米も減産となり、一部では食用に振り替えるといったことも起こりました。

そんなコロナ禍が終わり、『日本酒市場を本格的に活性化させていくぞ』と酒蔵が意気込んでいたところへ、追い打ちのように気候変動や価格高騰の波が襲ってきたというわけです」

松崎氏が続ける。

「酒米は食用米に比べ、育てるのに手間がかかる上に収穫量も多くはない、難しい作物です。

だから、酒米は食用米よりも高い値段で取引されてきたわけですが、今は食用米の価格が酒米を上回る逆転現象が起こってしまいました。

このような状況で農家に酒米を生産し続けてもらうには、食用米以上の価格で酒蔵が買い取るしかない。しかし、それにも限界はあります」

■酒米作りのコストも増加

原料の価格高騰は製品の値上げに直結する。仕入れや燃料費の負担増により外食産業が値上げを繰り返しているように、日本酒も値上げはもはや不可避と思われるのだが、それは困難だろうと松崎氏は指摘する。

「日本酒の需要が伸びているなら値上げもできるのですが、上述したように日本酒の市場規模は基本的にダウントレンドです。

有名なブランドは売り上げが伸びていますが、そうしたところも値上げによって、せっかくつかんだお客さんが離れていくのは怖い。

しかも、すでに日本酒業界では段階的な値上げを行なってきました。『これ以上は価格を上げられない』というのが正直なところでしょう。国や自治体が支援を検討するのも当然です」

では、当の酒蔵は現在の危機をどう受け止めているのか。話を聞いたのは、「酒造りは米作りから」という理念を掲げる、神奈川県海老名市の泉橋酒造。1857年(安政4年)創業の同社は酒米の栽培から精米、酒の醸造まで一貫して行なう"栽培醸造"を実践しており、農家と酒蔵の両方の顔を持つ企業だ。


栽培醸造部の高橋亮太氏がこう語る。

「泉橋(いずみばし)酒造では自社栽培のほか、地元農家、JAさがみ、神奈川県農業技術センターの協力の下、海老名市を中心に酒米を栽培しており、酒造りに使用するコメの80%以上を賄っています。

酒米はただでさえ栽培しにくい品種が多く、特に山田錦のような高級な品種は手間がかかります。ただ、酒米の品質は日本酒の味に直結しますから、良質な酒米の確保が欠かせません。だから、自社でコメ作りに挑戦することにしました。

もう30年近くは続けていますが、気候変動の影響はあるものの、基本的には質と量のどちらも安定した確保が実現できています。最近の酒米不足の影響も感じていないですね。ほかの酒蔵さんに比べると影響を受けにくい環境ではあると思います」

とはいえ、コメ作りには苦労が絶えないと高橋氏は話す。

「泉橋酒造では昔ながらの製法にこだわり、純米酒のみを醸造しています。だから、酒米の品質が気候変動によって変化していることを念頭に置いて酒造りしています。

当社では『楽風舞(らくふうまい)』という神奈川県の品種も栽培しているのですが、これが特に高温障害の影響を受けやすく、頭を悩ませています。

しかも、市場では酒米の価格が上がっていますが、それは量が足りないからだけではないんです。単純に栽培にかかるコストも年々上がり続けています。農機具や燃料、そして肥料などの資材も泉橋酒造がコメ作りを始めてからずいぶんと上がりました。

もし、このコメ不足がなかったとしても、酒米の値段は上がっていたのではないか、と現場目線では感じます」

■新たな活路は日本酒の海外展開

酒米の作付けは5月から6月にかけて行なわれるため、本記事の取材時には今年の分の作付け量は集計されていない。もし、今年の作付け量が例年よりも少ないことが明らかになれば、酒米のさらなる値上がりは避けられないだろう。

それでも製品の価格は上げられないのだとしたら、日本酒という文化の活路はどこにあるのか。前出の松崎氏が次のように語る。

「すでに国内の需要を劇的に伸ばすことは難しいと、多くの酒蔵は理解しています。そこで、新たな可能性を見いだしているのが海外輸出です」


近年、日本酒の輸出は増加傾向にあり、昨年の輸出総額は約434億円、数量は3.1万klで、金額も数量も前年を大きく上回った(日本酒造組合中央会発表)。輸出金額の1位は中国で、アメリカ、香港と続く。背景には世界的な和食ブームや、酒蔵の積極的なPR活動などによる認知向上があるという。

「日本からの輸出だけでなく、現地で酒造りを行なうケースも徐々に増えています。

例えば、ニューヨークでは株式会社獺祭(だっさい)が酒蔵を建て『獺祭Blue』を造っていますし、『八海山(はっかいさん)』で知られる八海醸造も現地の酒蔵と資本提携しています。今や海外市場の開拓はこれからの日本酒業界にとって欠かせないものとなっています」

とはいえ、原料である酒米の供給が安定しなければ、海外市場を見据えることもできない。前出の泉橋酒造の高橋氏は、「こういうタイミングだからこそ、酒米栽培の基盤を整備すべきでは」と話す。

「酒米の価格が不安定なままだと、酒蔵も酒造りを安心して行なうことができません。酒米の供給が足りないのは農家の担い手が減っているからで、担い手が減っているのは、仕事として大変だからです。農家の人たちがコメ作りを続けられる環境を整えなければなりません。

また、農地の整備も必要です。海外市場に向けて生産量を増やそうとしても、田んぼをすぐに増やせるわけではありません。容易ではありませんが、細分化されている農地の集約化、老朽化した用水路の整備といったインフラ整備がまずは必要となるからです。

このように課題は山積していますが、それらの対策をしなければ、酒米不足は根本的には解決しないだろうと個人的には思っています」


松崎氏もうなずく。

「こうした問題はすぐに解決できるものではなく、短期的には酒米不足はなかなか改善されないでしょう。

しかし、日本酒業界は以前からずっと、多くの問題を抱えながらも頑張ってきました。市場規模が縮小し続ける中でも、さまざまな工夫をしながら生き残ってきたのです。だから、この危機もなんとか乗り越えてほしいと心から願っています」

2024年12月5日、日本酒を含む日本の「伝統的酒造り」は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の「無形文化遺産」に登録された。伝統的に培われた技術が各地の風土に応じて発展し、自然や気候と深く結びつきながら日本文化で不可欠な役割を果たしてきた点が評価されたという。

そんな世界に誇る日本文化だが、空前のコメ不足で、その構造的な問題が明らかとなった。日本酒は今、正念場を迎えている。行政としても業界としても対応は急務だが、われわれ消費者としては、ひとまず「買って、飲んで応援」をしていくしかない。

取材・文/小山田裕哉 写真/PIXTA 写真提供/泉橋酒造株式会社

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