【今週はこれを読め! コミック編】懐かしい草花たちとの再会〜紙島育『ののはな語らず』

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2025年07月15日 12:01  BOOK STAND

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 ページをめくるたび、幼い頃の春が戻ってくるようだった。脳裏に浮かんだのは、シロツメクサにオオイヌノフグリ、ホトケノザにカラスノエンドウ、そしてヘビイチゴ。誰にその名を教わったのかは、もう覚えていない。でも、季節が巡って見かけるたび、今もしっかりと思い出す。本作の主人公・友野(ともの)ののこと同じように、小さい自分にとっても、あの草花たちは年に一度出会える「友人」だった。

 ののこは古い日本家屋に一人で住んでいる。最近は、自宅の広い庭に下りては、自生する植物を眺めることが増えた。祖父の遺した『日本の野草』という本を片手に、名前と形を確認しては悦に入る。その姿は、草花を深く愛し、言葉にはならずとも彼らと会話を重ねた祖父の面影に重なる。

 仕事は古道具屋を営んでいる。店名の「ボロ」は、野草好きだった祖父の発案によるものだが、当時のののこは素直に受け入れることができず、お礼もうまく言えなかったのはほろ苦い思い出だ。

 本作はマンガサイト「webアクション」(双葉社)で発表されたのち、webコミックサイト「COMIC熱帯」(光文社)に場を移して連載された。一話読み切りの形式で、全12話からなる本書は、著者にとって初の単行本だという。だが植物はもとより人物の感情表現も実に巧みで、絵からあふれる魅力に何度も目を見張った。

 各話には毎回、四季折々の一つ以上の草花が登場する。知っている名もあれば知らない名もあるし、馴染みのある名前の別名に触れることもあった。たとえば第3話には、先述の「ヘビイチゴ」が登場する。かつて「あれを食べるとヘビになるよ」と言われたのが恐ろしくて、食いしん坊の私にしては、美味しそうな見た目の誘惑を何度も振り切った記憶がよみがえった。

 そして第5話に登場する「ナズナ」は、「そういえば『ぺんぺん草』と呼んでいたな」とか、第9話に出てくる「ネコジャラシ」に至っては、「エノコログサ」という立派な名があることを初めて知った。漢字では「狗尾草」と書くらしい。「なんで『ネコ』ジャラシなのに『狗』の字?」と思ったが、話の終わりに由来も含めて描かれていて、するっと腑に落ちた。

 なお紙の本を買われた方は、カバーをめくった下の表紙も見てほしい。そこに描かれた植物の中にも懐かしい顔ぶれがあり、初めて知ることのできた名前もあった。だから間違いなく、これからも彼らを知り、新たな友人を得ることができるはず。そう思うと、次の春の到来が待ち遠しくなった。

(田中香織)


『ののはな語らず (熱帯COMICS)』
著者:紙島 育
出版社:光文社
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