【今週はこれを読め! エンタメ編】心が痛む"頂き女子りりちゃん"のノンフィクション〜宇都宮直子 『渇愛』

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2025年07月15日 12:01  BOOK STAND

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 中高年男性の恋愛感情を利用して金銭を騙し取ることを「頂き」と名付け、そのマニュアルを多数の女性たちに販売していた「りりちゃん」。彼女が逮捕された時、奪った金額があまりに高額なことと、そのほとんどをホストクラブに吸い取られていることに、驚いたり呆れたりした人は多いだろう。懲役13年という最初の求刑を聞いて、何か納得できない気持ちになった人もいるのではないだろうか。

 もちろん、彼女のやったことは犯罪である。だが、もっと許しがたいことをしてもすぐに刑務所から出てきたり、執行猶予になったりする者もいるのに......という気持ちは、そこそこの関心でニュースを追っていた私にもあった。それに加え、なんだか悔しいような気持ちにもさせられたのだ。年配の男性たち(おぢ)からお金を引き出す手練手管、自分の技術をマニュアル化できる頭の良さ、独自の言語センスや個性的なキャラクター......。その能力があれば、合法的なことでも成功できたんじゃないの? そういう道を見つけられず、犯罪者にまでなってしまったのって、りりちゃんだけが悪いの? そもそも、犯罪でもしなければ稼げないはずの大金を、資産家でもない若い女子に払わせるホストクラブってどうなってるの? 同情めいた気持ちと単純な好奇心からこの本を手に取ったのだが、どうにも心の痛くなるノンフィクションだった。

 著者は、『ホス狂い』(小学館新書)などの著作もある歌舞伎町事情に詳しいフリーランス記者である。詐欺マニュアルと豪快なエピソードでカリスマ的存在となっていた「りりちゃん」(渡邊真衣被告)のことを、逮捕される前から認識していたという。かつてりりちゃんがSNSで投稿していた「誰も知らない、私だけの物語」という言葉が気になっていた著者は、渡邊被告に接見を申し込む。面会時にはハイテンションに歌舞伎町事情を語る一方で、法廷では頼りなく小さな肩を振るわせ、何度面会しても本音がなかなか見えない。そんな渡邊被告に、著者は周囲の人に心配されるほど肩入れするようになる。百戦錬磨のジャーナリストを、拘置所のそばに部屋を借りるほど夢中にさせるって! その得体の知れない魅力のようなものに、私もハマっていったみたいだ。

 とは言え、著者も被告本人だけに構っているわけにはいかない。その不安定な言動に翻弄されつつも、関係者に会い取材を続けていく。「りりヲタ」や「ホス狂い」の女性たち、りりちゃんを支援してきた人々、複雑な関係にある母親、そして渡邊容疑者を信じたせいで人生が変わってしまった被害者......。ホストのために多くのお金を用意することが正義とされる歌舞伎町で、どうしようもなく孤独を抱えた渡邊被告が奪われる側から奪う側になっていった過程や、「マニュアル」の裏側にあるものの姿が、彼らの言葉から浮かび上がってくる。揺れ動く自身の心境をも題材にする著者の記者魂は、すごいとしか言いようがない。

 関心と好意が金銭でやり取りされ、多くの金を用意できる者が正義とされる特殊な街と、人を平気で騙す倫理観の欠如した女子の物語。そんなふうに思って流せたら気が楽になるかもしれないのだけれど、読み終わった私には、そうすることができない。歌舞伎町は、社会の縮図のような場所だと思う。りりちゃんが生きてきた場所は、私が生きている場所と同じ輪の中にある。奪われることからも奪うことからも完全に離れて生きていくことはできないと知っているから、りりちゃんという存在に惹かれてしまったのだろうか。

 「おぢ」たちにも、それぞれの人生があり、大切にしたいものがあったのだということを、渡邊被告は逮捕された後も理解できていないように見える。彼らの人生を壊してしまったことを心から申しわけなく思う日が、いつか来るのだろうか。奪い奪われる以外のやり方で、彼女が本当にほしかったものを手にすることできますようにと、私は願わずにいられない。

(高頭佐和子)


『渇愛: 頂き女子りりちゃん』
著者:宇都宮 直子
出版社:小学館
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